病院
学校で習わされた人工呼吸…何度やってみても、冴島の胸は動いてくれなかった。胸板に耳を当ててみても、心音が、とれなくて…。
肋を折る勢いでやれと言うけど、そんなん、無理だよ…。俺の非力な腕じゃさ。
「さえ…? なあ、起きろよ…」
呼び掛けてみても、無駄だって分かってた。だって、冴島の見開いた目が、まるで、ガラス玉みたいな……
救急車が来て、大人に囲まれた冴島が蘇生を受けているのを、俺は少し離れた所から見ていた。救急隊員が首を横に振っても、やっぱりな、としか思えなかった。
言われるがままに冴島の鞄から鍵を出し、他にも自分の荷物や冴島のスマホを持ち出した。ストレッチャーで運ばれる冴島に付き添い、救急車に乗る。冴島の母ちゃんが勤めている病院の名前、覚えておいて良かった。
それからのことは、実はあんまり記憶にない。ただただ、質問されてそれに答えてただけだ。
『彼は何をしていたの?』
「飯食ってDVD見て風呂に入ってた」
『お酒は?』
「飲んでない」
みたいな。
他にも色々聞かれたかもしれん。
病院に着いたら、冴島の母ちゃんが居て、泣きながら冴島に駆け寄っていた。俺が謝ると頬をブッ叩かれた。「アンタのせいで!」って言って、他の看護師さんに止められていた。
ストレッチャーは奥まで運ばれて行ったけど、俺は入り口近くのベンチに座らされてついて行けなかった。当然だな。
看護師だか事務員だかが、学校や俺の家に電話すると言っていた気がする。鞄から取り出したスマホは……冴島のだった。
画面が光り、つい指でスライドさせてしまう。
そこには………。
『お家デートで初キッス! chu-chu』
頭が真っ白になったかと思った。
そこに映っていたのは『今日の告白 flying date』の占い結果…。
何がお家デートか! 何がキスか!
占いなんか、するんじゃなかった!!
『フラインデー』も、『死にかた』も、こんな下らんアプリ作った奴は死ねば良い! こんなのやらせた俺も死ねば良い!
あいつ嫌がってただろーが!?
何が交換条件だ!!
「あー――――!!」
叫んでスマホを床に叩きつけ、ぐしゃぐしゃに踏みつけていたら、誰かに寄ってたかって抑え込まれて、その後の記憶がない。
多分、薬で眠らされたんじゃないかな。
次に目を開けたときには、既に昼と言って良い時間帯だった。明るい日差しと病院の白い天井。…せめて自分の家だったら、「なぁんだ夢だったのか」的な現実逃避も出来たのに…。
「正芳、起きたの…」
「うん」
「…鞄の中身、あんたの持ち物以外は出しておいたからね。それから、冴島くんのことだけど」
「母さん、悪いけど。一人にしてくれる?」
「……用があれば呼んでね」
母親は静かに出ていった。
何なんだろうな。何でこんなことになったんだろうな。
分かることはただ一つ。冴島を殺したのは俺ってことだ。直接殺した訳じゃない、幽霊だか予言だとかも信じない、でも、怖がってたあいつに俺は無理強いした。それが冴島の死を引き起こしたんだ。
「冴島…」
今は何を言っても嘘になりそうで、俺は口をつぐんでベッドに潜った。病院のベッドは、いやに四角ばって反発してきた。
昼飯が出てきたけど、妙に味気なくて半分以上残してしまった。もう退院しても良いと説明されて、母親が手続きに行っている間に、警察の人間を名乗る二人が来た。
「刑事さん…?」
「残念ながら、違うんだなぁ」
私服警官だったからてっきり刑事かと思ったけど、違ったようだ。おじさんと、若い人で、主に喋っていたのはおじさんの方だった。
制服で来るとびっくりさせるかと思って私服で来たらしい。母親がいないことで迷っていたみたいだったけど、俺は早く済ませたくて事情聴取を受けた。
「ふむふむ、特に変わったことは無かったんだね」
「はい」
若い方は何だか胡散臭そうな物を見る目で俺を見ていたけど、おじさんはずっと丁寧だった。
「ところで、冴島君が亡くなったとき、彼のお母さんにおかしなことを言ったらしいね」
「何の話ですか?」
「ほら、言ったんだろう? 『俺のせいだ』って」
空気が急に軋んだ気がした。
「母親に聞かれたくないんで、外に出ませんか」
「……じゃあ、そうしましょかね」
病院の中庭には、幾つか人影があったけど、話を聞かれる心配はなさそうだ。
「詳しく話さないと、分かってもらえないかもしれないんで、長くなっても良いですか?」
「もちろん」
俺は放課後の出来事を詳しく話した。…あの女らしき影のことだけは黙っていたけど。さすがに警察に話すにはオカルトに過ぎる。
「だから、俺があいつを怖がらせたせいでショック死したんじゃないかと思うんです。例えば風呂上がりに、急にあのアプリのことを思い出して、ちらっと見た何かを幽霊だと思ったとか…」
「う~~ん…」
「それは、有り得ないとは言えないが、あの若さで心臓も全く悪くなかったし、ちょっと考えすぎ…」
「杉野くん」
「あ、すみません」
おじさんは唸った。俺の言うことを否定して良いのか悪いのか、決めかねているみたいに。若い人はすっぱり否定してきた。
でも、それ以外は考えられないだろ。『死を呼ぶゲームソフト』とか、そんな古臭くて化石みたいなノリ、今時ないって。
死を呼ぶアプリ? 幽霊?
ばっかじゃね?
「まあね、君が友達を亡くして、責任を感じる気持ちは分かるよ。けどなぁ…何とも言えないが、君はやるだけやったよ」
「……そんなの」
「自分を許せない、かな? もっと何か出来た筈だと、思っているんじゃないかい」
「………」
「本当に気に病んでいる人間に、気に病むなと言っても意味はないが、それでも、『君のせいじゃない』と、言わせてもらおう。
だからな、変な考えを起こすんじゃあないぞ?」
「?」
「お母さんを悲しませるようなことはするな。君が責任を感じているなら、ちゃんと大人になって、友達の墓に線香でもあげてやんなさい。
そのときになって初めて、自分が許されたかどうかを問うことが出来るんだ」
「…はい」
おじさんは、よっこらしょ、と立ち上がって、スーツの膝を手で払った。
「ああ、そうだ。これは言いにくいことなんだが、冴島君の葬儀には、出ない方がいい。寂しいだろうが、彼のお母さんが、ちょっとね…」
「ご忠告ありがとうございます」
「!」
俺が頭を下げると、おじさんは肩を一つ竦めて、「まぁ、好きにしなさい」と言って帰っていった。可愛くないガキですんませんね。
この作品はフィクションです。現実の救急隊員さんは患者さんがもう蘇生しないと思っても首は振らないでしょう。また、蘇生しなかった場合には救急車には乗せることはありません。
しかし、「ご遺体を救急車で運ぶかは現場の判断による」ことと、「未成年者の場合、長く心停止していても蘇生する可能性がゼロではない」ことから、この作品では救急車で病院まで運ぶ描写としています。