今日の死にかた占っchao!
赤松と佐竹が見た予言は、
『古賀 正芳:5月28日 午前11時52分
死にかた:ベアハッグで潰されchao!』
「ベアハッグってなんだよ…。これじゃあ、あいつだけ死なないんじゃん。やっぱ、あいつがやったんじゃね?」
「赤松、駅前だよ、駅前! あっこ、熊の像が立ってたろ?」
「それだ! あいつを駅に引き摺ってってやる!」
「……おい…! いい加減にしろ、オマエらぁ!! 」
「なっ、タカオくんはどっちの味方なんだよォ!」
「クッソ! どけ!」
「タカオくんっ!」
「あっ、古賀がいねぇ!」
「ホントだ、どこに行きやがった、あいつ!」
高尾の背中を愕然とした思いで見送った赤松と佐竹は、しゃがみこんで啜り泣く墨染と三人、コンビニの前に取り残されていた。古賀が居ないことに気付いたは良いが、その頃にはもう、どこへ行ったのやら見当もつかない。
「どうする?」
「手分けして探すしかねぇ!」
「タカオくんは駅に向かったぜ? 俺は駅に行くわ」
「くそ、おれは会館に戻る。墨染、おまえどうする?」
返事をしない墨染に舌打ちし、赤松は会館へ走った。佐竹も去り、一人になった墨染は呟く。
「拓哉ぁ…」
涙で色褪せた恋人の名前を…。
高尾は佐竹を強引に振り払って走った。合図は通じた。古賀はどこへ逃げる?
スマホを確認し、舌打ちする。古賀の死の予言まで、あと25分…。
(とにかくこいつらから離れねぇと電話もできやしねぇ)
高尾は駅に向かう。古賀がどこにいるとしても、まずは赤松たちと離れることだ。最悪の事態が起きて古賀が駅まで連れて来られたとしても、熊の彫像の前で待ち伏せていれば、必ず先手を取れる。
後は…高尾相手に「古賀は俺が守る」だなんて言い放った、藪というヤツが上手く古賀と合流してくれれば…。
寺の息子である高尾は、滅多にやらない神頼みとやらをしたのだった。
「藪、頼みがある…」
「ああ、高尾からのメッセージ見て急いで来たんだ」
「その高尾なんだよ、問題は。アイツを早く家に帰さねぇと…。だが、とりあえず俺もここから離れなきゃ…」
「よし…! じゃあ学校か駅へ行こう!」
「………駅だな」
ちらっと見えた高尾の予言…あれはヤバイ。
出た時刻は午前11時52分…か? 車の事故だ…外に居ると確実にヤバイ。
現実なんて、誰かが「これはこうだ」と認識するからこそ現実になる。観測者が居なければ何者も存在しないと同じことだと言ったのは誰だっけ? 予言も同じ、死ぬ筈だから死ぬ。けど、『死にかた』の破り方は時間!
予言の時間に、死亡理由にある出来事を完全に遠ざければ死なない! つまり、高尾の場合、車との接触を避ければ勝ちだ。
……冴島も、橘も。救えたかもしれなかった。
だからこそ、高尾は死なさねえ!
俺は藪に肩を支えられながら、タクシーを探した。このところ棺桶暮らしだったから、歩き詰めはキツイんだ。走るなんて無理。
「見つけたぞ古賀ぁ!」
「げ。藪、タクシーは?」
「あ、おーい、こっちこっち!」
藪が大きく手を振り、タクシーを拾った。ゆっくり停まってドアが開くと、藪は俺を押し込んだ。タクシー特有の匂いが俺を包む。
「先に行け!」
「分かった!」
赤松はかなりのスピードで追ってきていて、確かに藪の足止めがないと車が出せなさそうだ。
「すみません、駅まで」
「はいはい。ロータリーで? それともビル?」
「どっちでも良いです! …ああ、ロータリーで!」
タクシーが動く頃には、赤松と藪が揉み合っていた…。俺は高尾の番号を、震える手で呼び出した。繋がらない…。腕時計は11時35分。何で電話に出ないんだ、高尾!
高尾が熊の前に着いたのは11時42分だった。時間の確認のためだけに見たスマホだったが、そのおかげで古賀からの着信に気が付いた。最初の発信時刻は11時35分となっている。三件続けて掛かってきた電話に、高尾は思わず笑みをこぼした。
古賀のスマホを使って赤松か佐竹が掛けてきたとして、一度で出なければ他の番号で掛けなおすだろう。そういう意味では、古賀は安全だった。
高尾は古賀に折り返した。
どこかに隠れていてさえくれればいい。時間が過ぎ去るまで、隠れて居ればいいのだ。あのふざけた占いの時間が来て古賀が見つからなければ、赤松たちも諦めるだろう。
「もしもし、高尾?」
「おう、無事みたいだな」
「オマエ、ちょっとの間トイレにでも隠れてろ!」
「はぁっ!? オマエこそ隠れてろやぁ!」
「何でだよ!? もう、いっそ屋内ならどこでも良い! 車に気を付けてくれよな。おもちゃ売り場とか覗くなよ?」
「覗くかぁっ!! オマエこそクマの…!」
がしゃんっと破滅の音を立てて、高尾の手から弾き落とされたスマホは地面にキスをした。あまりに情熱的過ぎて、それだけで死んでしまったようだ。
「…佐竹ェ!!」
高尾の横に立っていたのは、肩で息をしている佐竹だった。どちらもお互いを今すぐ殺したそうな、憎々しげな表情を浮かべている。
「タカオ…くんっ、何で、あいつ、かばうんだよ!」
「かばってねえ」
「ってんだろ!! あいつが橘を殺したんだぞ…!」
「ちげぇよ。ありゃ事故だったんだ」
「んなの信じねぇ! 幼馴染だからって、橘よりあいつを取るのかよ!?」
「落ち着けよ、佐竹…。何言ってんのか分かんねぇよ!」
「切れたっ!?」
それからは、高尾の番号に掛けても繋がらなかった。ったく、アイツは今どこだ?
考えてみてもアイツの居そうな場所、しかも、今のアイツの居そうな場所なんて分かんないぞ。落ち着いてよく考えろ…アイツは最後に何か言ってなかったか?
クマ…。そうか、小学生の頃よくクマの像の前で待ち合わせしたっけ!
駅中なら確かに車にはねられることはないよな。高尾は俺と合流するつもりだったのかもしれん。まだ俺に出た占い結果、聞いてないしな、俺。
「ええと、行き先はそのままロータリーで良いんですけど、えっと、何で進まないんですかね?」
「さぁねぇ…。事故でもあったかね」
「!!」
突然のメッセージ通知音にスマホを見ると、前に無理やり追加された橘からのものだった。内容は――
「おいおい、勘弁しろ…」
送られてきたスクリーンショットは二枚。墨染のものと、古賀のもの…。
時刻は11時45分…。
佐竹と高尾は睨み合いを続けていた。佐竹は「古賀をここに呼び出せ」と言い、高尾はそれを撥ねつける。
「もう、さ、他に誰も納得するような答えがないんじゃん? タカオくんは信じてないんだったら、何で邪魔するんだよ…」
佐竹は泣きそうな声で呻いた。
「…オマエらが納得するかなんて知らねぇな。だいいち、古賀が来たら赤松と二人でボコるんだろーが」
「………」
「チッ」
佐竹が答えられないのは、佐竹はともかく赤松はきっとそのつもりだろうからだ。お互いやりきれない気持ちのまま時間ばかりが過ぎていく。
高尾は、人を食ったようなとぼけた表情で立っているクマに蹴りを入れた。そこへ、
「佐竹ぇ! なにしてんだ、おまえ!」
「赤松! お前こそ、古賀はっ?」
「ハァッ、ハァッ、あいつタクシーで、こっち来たろ…」
「きてねぇ」
「藪! どういうこった!」
「…駅、向かうって…。来てねぇの?」
「チッ、ケータイ貸せ!」
高尾は藪から奪うようにスマホを受け取り、古賀の番号を呼び出す。それを見た赤松は疲れきった体でそれを阻止しようとし、佐竹もまた同様に、そして藪は高尾を二人から守ろうと体を割り込ませる。はたから見たら男子生徒が騒いでいるようにしか見えない。
長いコール音…
(クソ、早く出ろ…。駅から離れろ、正芳…)
ようやく繋がる。
「おい、俺だ!」
『…高尾!?』
「…高尾!?」
「っ!?」
通話の声と重なるもう一つの声…。
「古賀ぁあ!!」
赤松が吠えた。
俺がようやくクマの像まで来たとき、そこには揉み合う男子生徒たちが居た。藪からの電話に出ると高尾が、そして赤松が叫んだ。
おいおい、もう時間が無いぞ。
高尾のも俺のも残り一分切ってる。
「おい、とりあえずここから離れろ! 話は聞くから! なっ?」
「てめぇ…」
赤松が俺に向かうのを、高尾がシャツを掴んで止める。頼むから早くここから離れ……
ブー――ッと、けたたましいクラクションが鳴り響き、振り返るとクマのマークの配送車がこちらに向かってきていた。…運転手、突っ伏してやがる!?
凄いスピードの配送車は、ロータリーを真っ直ぐに、曲がるべき場所のガードを破って高尾たちの方に…!
俺は高尾を、藪を助けようと飛び出した。あれは俺の死の予言だ! 誰も巻き込ませない…!
冴島が泣きそうな顔で制止しようと手を振るのが横目で見えた。…ごめんな。
地面を蹴って、高尾に触れようとしたその時、高尾は逆に俺を投げ飛ばした。宙に浮かぶ感覚。それは一瞬のことだったに違いないのに、何故かゆっくりと全てが見えた。
藪は高尾の腕で吹っ飛ばされ、俺とは別方向に倒れている。高尾と赤松、佐竹は、固まっていた…。そして、時間が元の速さに戻って、配送車が………。
高尾…!
馬鹿野郎が…!
俺は、頭上に影を感じて見上げた。高尾か?
違う。
それはゆっくりと倒れてくるクマの彫像だった。誰かの悲鳴が遠くに聞こえる。
…ああ、予言は、覆せない。何故って、俺が自分で死地に飛び込んだからだ。
クマに抱かれて、俺は痛みも無く青空を見上げていた。体から何かが零れていくのが分かる。
「高尾…冴島…ごめん」
腕時計のアラームが、11時52分を告げていた。