葬儀
橘の通夜には親父と母親だけ参加した。高尾から聞いた話によると、橘はじいさんの畑の裏にある消火用水池の中に居たそうだ。ゴミを取る棒つき網の柄を握りしめていた格好から、落とした網を拾おうとして足を滑らせたのではないか、ということだ。
これは事故だが、そうは思わないヤツも当然居る。赤松、佐竹、墨染…。アイツらは『死にかた』アプリの存在を、そして俺が橘をその件で脅かしたのを知っている。俺が橘に『死にかた』をやらせて、その結果通りに殺したんじゃないか、という筋書きだ。それは杉野という警察官も同じ考えらしい。
「ねぇ、正芳…。ちょっと、話があるの…」
「なに? 何でも言ってよ」
話とは、「転校しないか」ということだった。
うん、まあ、知ってた。
昨日の夜、高尾が迎えに来たのも両親が親戚連中とこの事について話し合うから、高尾の家に預けたんだって。結局泊まらなかったんだけどさ。
とりあえず、明日の葬儀に顔を出したら、ひとまず新幹線で二時間の距離にある爺ちゃんの家にお世話になることになった。
爺ちゃんには明日電話するとして、高尾と藪に何て言うかだな。藪は明日会うとして、高尾は…。
ライバルで、幼馴染みで、いつも気付いたら一緒に居た。馴れ合ってたわけじゃない。ただ、いなくなると思うと調子が狂っちまう。
「何て話しても怒られそうだ…」
がさりと、ベッコウ飴の包みを開けて、口に放り込む。何とも香ばしいような良い匂いがして、甘さが優しく心を慰めてくれる。
「そう言えば、飴の礼も言ってねぇや」
明日、明日言おう。
葬儀が終わったら、話をしよう。大事な話だ。
俺は冴島からもらった腕時計のアラームをセットして、布団に潜った…。
冴島、本当に幽霊とか死後の世界があるなら教えてくれ。俺は、どうしたら良い?
朝、俺は制服に身を包んでいた。橘の通夜は家だったが、葬儀は学校の生徒や先生が来るからと、学校の最寄り駅の近くにある会館で行うことにしたらしい。橘の親父さんの計らいだとか。
高尾は早くから出て、赤松やらと待ち合わせるとメールが入っていた。高尾が三人を抑えてくれるらしい。その間に帰れ、ということだ。
母親が一緒に行くと言って聞かないので、タクシーで会館まで運んでもらった。藪と上手く合流出来れば良いんだが。きょろきょろしていたら、向こうから見つけてくれた。
「おい、こっちこっち」
「おう、おはよ」
「早すぎだろ、もうちょいギリギリで来りゃよかったのに」
「ん。まぁな。でも、最後まで居られないかもしんないし」
「…そっか」
お前がそんな顔すんなよ。
俺は、藪の肩を抱いて、ポンポンと叩いてやった。俺よりデカイ男が情けない面すんなよ、俺が泣かしたみたいだろ。
危惧していた事態は起こらず、葬儀は滞りなく行われた。遺影の中のあいつは、はにかみ笑いをしていて、あんな顔見たことないと思ったら、なんか鼻が痛くなった。
橘の棺は打ち付けられていて、直接顔を見ることは出来なかったけど、ちゃんと焼香したから、お別れになったろう。
母親は近所の人に挨拶を、藪はトイレに行った。もうすぐ焼き場へのバスが出る。先公たちは生徒を誘導して、帰らせようとしていた。
「てめぇ! よくも顔出せたな!」
「………」
誰だっけ。高尾の取り巻きだ。なら、赤松か佐竹かどっちかだな。
「こんなトコで騒ぐな」
「なにを!?」
俺は無言で二軒隣のコンビニを顎で示した。そこなら先公がいないからな。先にコンビニの店先に足を向けると、そいつは慌ててついて来た。
「待てよ! 佐竹? おれだけど、横のコンビニ…」
仲間を呼んでやがる。仲良いね。
…高尾は、どう出るか。自力で解決出来るように祈ろう。
程なくして俺に声を掛けてきた赤松、呼び出された佐竹、墨染、その後ろに控えるようにして立つ高尾…。その目は「なんでバックレなかったんだ」と俺を批難していた。
「おい、橘に謝れよ、ヒトゴロシ野郎!」
「殺してねぇよ」
「あん?」
「だから、殺してねぇだろ、ただの事故だ」
「このっ、こいつぅ…!」
「よせ、墨染…!」
俺に掴み掛かりそうな女子生徒を、高尾が引き留めて赤松たちの後ろに戻す。
「なぁ、このアプリ、これが原因で橘死んだんだろ? これ、おまえが仕組んだんじゃねぇの?」
「違う」
「はっ、どうだか。おまえの所為だと思ってるやつは多いぜ?」
「俺の友達も死んだ。俺がそんなことする筈ないだろ?」
「嘘だっ、ホントはタカオくん殺すつもりが、間違って冴島コロしちゃったんでしょ? それで、次はアタシらもコロすんだ! 拓哉から始めたんでしょ? そうなんでしょ?」
「…その女、病院連れてった方が良いよ」
「なんだと!?」
「てめぇ!」
親切に助言したのに、取り巻き連中を怒らせてしまった。何なんだ、いったい。
「おまえの所為じゃないってんなら、ここに名前入れてみろよ、死神野郎!」
赤松の馬鹿が、スマホを見せてくる。画面は『死にかた』の名前入力フォームだ。…ちっ、ド低脳どもが。イライラする…。
「…なぁ、関係ないだろ、それ」
「怖いのかよ? びびってんのかよ!?」
「はぁ…。俺がそれに名前入れて、死んだら無実で、死ななかったら犯人ってコトだろーが。とんだ魔女裁判だな、このイカレポンチ」
「なっ…!?」
「良いぜ、入れてやんよ。その代わり、俺が入れたらお前も入れろよ?」
「えっ…ヤ、ヤだよ!」
「腰抜けが…」
俺がスマホを受け取ろうとすると、馬鹿が一歩下がる。佐竹は迷っているみたいだ。
「ほら」
「近づくな、“死神”! お、おれが入れてやる!」
「はぁ? 俺の名前なら自分で入れる! 貸せ!」
「チッ、オマエら、もうヤメロ!」
高尾が俺たちの間に入ってきた。そのゴツい腕で無理やり退がらされる。
「こんな下らねえコト、もうどうだっていい。ほら、これのこったろ? 俺が入れてやるよ」
「やめろ、高尾!」
「タカオくんっ!!」
止めようと手を伸ばした時には既に、占い結果を表示する音がしていた。高尾は、俺たちに画面を見せた。
その文字は、赤かった…。
「こんなもん、嘘っぱちだ」
「だとしても…。ばかやろう」
高尾は、画面を消してスマホを制服のズボンに仕舞った。平気な顔しやがって。
「んで…なんでタカオくんまで…!? こいつが悪いんだよ!? 拓哉、こいつのせいで死んじゃったんだよ!?」
「事故だったんだ…」
高尾が墨染の肩に手を乗せる。と、墨染が急に何かに気付いたみたいに、自分のスマホを見た。顔色が変わる。
「うそ…うそ…ヤだっ!!」
投げ捨てられたスマホがカタンッと音を立ててアスファルトに落ちる。明るい画面に、『死にかた』の占い結果が映し出されている。
赤い…。
「墨染、お前っ!!」
「だって、だってぇ…」
高尾に両肩をぐっと持たれて、墨染は泣きじゃくっていた。赤松と佐竹が、落ちたスマホを拾い上げている。高尾の目配せで俺はゆっくり後ずさった。コンビニの敷地を出て、会館に向かう。藪がまだ居るか、それとも母親がタクシーを拾ってくれているか…。
コンビニを気にして歩いていたので、進行方向から歩いてきた誰かとぶつかる。
「古賀!」
藪だった。




