杉野
昼どきだというのに、ドアチャイムを鳴らす訪問者があった。俺は母親と一緒に、昼食を台所で済ませてしまおうと配膳しているところだった。
「あら、どなたかしら」
「いーよ、俺が出る。先に食べてて」
どうせ俺はほとんど食べられないし、あんたこれからパートでしょうが。はよ食え。
「はーい、どなたですかぁ」
「杉野と申します…」
くぐもった声がドア越しに、最寄りの警察署の名を伝えてくる。…俺はこいつを知っている、筈だ。
「お久しぶりです」
「…古賀くん、覚えていてくれましたか。杉野です」
そうね、若い方の杉野さん。今日は一人きり、か? 刑事じゃないからペアでの行動は義務じゃないんだろうか?
「今日は一人ですよ」
「あ、そうですか…」
泳がせた視線から俺の考えを読んだのか、杉野さんは言った。この間はおじさんばっかり喋ってて、あんまり印象に残っていなかったんだけど、お兄さんもなかなかどうして、優秀らしい。
「あ…、中、入りますか?」
「よろしければ…」
要件をさっさと切り出さないのは、きっと、立ち話で済ませられない何かがあるんだろうな、と招き入れてみれば、思った通り。しかも上がり込む気満々だった。喫茶店とかさぁ…。
…母親がまだ居るんだよなぁ。出直して貰えば良かったかな、やっぱり。
「正芳…?」
「あ、母さん、えっと…」
「どなた?」
「初めまして、私、杉野と申します」
警察と聞いて、母親の表情が固くなったが、今回はただの書類仕事、前にした証言の確認だということで安心したみたいだった。
「ほら、パート遅れるよ?」
「え、ええ、そうね。でも、やっぱり…」
「大丈夫だって。お茶出しくらい出来るよ!」
「お構い無く。本当にすぐに失礼しますので」
母親を追い出し、杉野さんと二人きりになる。このお兄さん、にこりともしないからやり辛いなぁ。
「とりあえず、麦茶で良いですか? 長く、なるんでしょ?」
「さあ、長くなるかは…」
俺次第?
どゆこと?
俺が出した麦茶を啜ってから、杉野さんは切り出した。
「まず、そのうちここにも話が来るでしょうから、私からお知らせしましょう」
「はぁ…」
「今朝、君のクラスメイトの、橘くんが亡くなりました…」
「は…?」
橘って、あの、橘!?
「な、んで…」
口の中が急速に渇いていく。まさか、あいつ…。
「そう、あの、アプリです。私は見つけられませんでしたが…。これを見てください」
そう言って、仏間の卓上に杉野さんが出してきたのは、スクリーンショットか何かを印刷してきたらしいもの。画素が荒いがちゃんと読める。
『橘 拓哉:5月26日 午前05時09分
死にかた:お水飲みすぎchao!』
「……っ、あの、馬鹿。それで、死因は?」
「溺死です」
だろうな。
「君はこれが本当にアプリのせいだと思いますか?」
「分からない。だが、実際にこうして死んでる。……『吉備津の釜』、か」
「なに…?」
「くそ、遅すぎた!」
「古賀くん?」
「呪いは、解けない。だけど、死の予言を回避するなら、出来るかもしれない…!」
「君は何を知っているんで…」
「古賀ぁあ!!」
「高尾?」
庭に面したデカイ窓から、デカイ男が乱入してきた。黒のタンクトップに下はジャージ。ずかずかと裸足でやってきて、俺を押し退けるようにして杉野さんと睨み合う。
「誰だてめぇは!?」
「君こそいったい…」
「幼馴染みだよ! 悪いが外してくれや」
「それは…」
「家の中に未成年者一人と、知らねぇヤツ。110番すっぞ?」
「高尾、杉野さんは警察だよ」
「あぁん? じゃあ、何の用か聞かしてもらうぜ」
「………」
「………」
何なの、この空気。
二人とも、何なんだよ。
「とにかく、話はもう終わりましたよね、杉野さん。高尾も、もう帰ってくれ」
「チッ…」
「いや、話はまだ終わっていません」
「え?」
杉野さんが、俺を見据えて言った。
「今日の午前5時頃、君はどこに居ましたか?」
「え……」
「君は、今、一番事件の核心に近い。警察は君の関与を疑っているんです」
「は…? ちょ、ちょっと待ってくださいよ…」
え? 俺が疑われてんの?
「コイツは出掛けてねぇよ。ずっと家に居た」
「君には聞いていない…」
「俺のウチがコイツんチから丸見えなように、コイツんチの道もウチから丸見えだ」
「しかし、裏とか…」
「よじ登って畑を通るか? その時間なら隣のババアが畑に出てるし、誰か見てんよ」
「彼には動機がある。被害者を殺すと仄めかしたのを聞いている人間が居るんだ」
「あんなん、橘が勝手にそう思って言いふらしてただけだろ。俺はその場に居たぜ」
「ぐ…しかし、古賀くん程の武術の腕なら…」
「この顔を、この体を見てもいっぺん言ってみろ! ンなガリガリで何が出来る!」
高尾と杉野さんは、しばらく無言だった。…俺、橘を殺したと思われてんのか…。
「杉野さん、あんた、俺がアプリにかこつけて身近な人間を殺して回ってるって、言いたいわけ?」
「そうは言っていません。しかし、君は何かを知っている。知っていて黙っているのではないですか?」
「いや…。全部話したよ」
「しかし…!」
「帰れよ、オマエ」
「高尾、黙って」
「チッ…」
「俺には確かに、殺すチャンスはあった。けど、俺は殺してないし、殺した人間も知らない。橘は可哀想だけど、不幸な事故だったんだと思います」
「そんな…。次にまた同じようなことが起こったとして、君はそう言えるのですか?」
「アプリなんてやらなきゃ良いんですよ。そしたら事故は起きない。誰かが『死にかた』をやろうとするなら、俺は止めます。あんたも、止めなきゃいけない立場の人間ですよね?」
「…………」
しかし、杉野さんの答えは、俺が期待していたのとは違った。
「オマエ、屑だな」
高尾、今回ばかりは俺も同感だ。