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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編・エッセイ

今日のニュースです 女性の頭部が発見されました

作者: 及川りのせ

 九日目。

 朝のニュースはどれもこれも右腕のことで持ちきりだった。発見者は住所不定の六十代男性。昨晩、廃棄の弁当目当てにコンビニ近くのゴミ捨て場を漁っていたところ、バスタオルにくるまれた成人のものと思われる右腕に遭遇といった具合にだ。

 テレビのアナウンサーは畏まった表情で原稿を読み上げている。腐敗が進んだその腕に血が通わなくなってからおよそ一週間との見立て。

 馬鹿馬鹿しいわ。こんなんじゃあまだまだ見つかりそうもなくて溜め息を吐く。猟奇的殺人事件の予感と漏らしてしまいそうなくらいの開放感に酔っていた。



 十六日目。

 頭の中は多幸感でいっぱいだった。今ならなんでも出来る気がする頭は感受性もビンビンで、壁越しの井戸端会議がよく聞こえた。

 このマンションの住人――三名分の声が聞こえてくる。

「向こうの河川敷で左足が見付かったって」

「この前の腕と関連があるんでしょ? バラバラ殺人なんて不気味よねえ」

「最近不良がたむろしてるゲームセンター、物騒な薬物が出回っている噂よ。そういう人たちが怪しいわ」

「あそこの小学校は今日から集団下校ですって。見回りの警察官も増えるなら少しは安心ね」

 安心だなんて笑ってしまう。ケラケラ笑う自分の声が脳内でリフレインして、さらにハッピー。壁一枚向こうに化け物がいると知ったらこの人たちはどうなってしまうんだろう。この事件が解決する時には、私はもうここにいないだろうし知ったことじゃない。

 少しだけ気分が落ちる。迫りくる喪失感に身じろいで、もっともっと刺激が欲しくなった。もっともっと気持ちよくなりたいの。



 十八日目。

 わざわざ通学路に置かれた右足は登校中の小学生集団の目に触れた。この頃になるとしたり顔の専門家が番組の一幕を繋いでいる場面によく遭遇する。

『骨格から判断して先日発見された左足と同一人物のものである可能性が極めて高いです』

 よく出来たフリップが発見された部位を指し示している。また右腕も同一人物のものと仮定するならば身長は一五〇センチ台後半というところまで明らかになっていて、確かにその点については事実と相違なかった。今日は凄く不安な気持ちだ。

『遺体を殺害現場とは別のところに遺棄するというのは、犯行を隠すためによく取られる手段です。事実、先の二件についてはゴミ捨て場や河川敷の草むらなど臭いが出ても比較的目立たないところでした』

 馬鹿馬鹿しいわ。私の左手に針が刺さっていく。シリンダーの中身が徐々に注入されていき、不安なんて飛んじゃうほどのハッピーを味わった。でもまだちょっと足りないの……。

『稀に見る残虐な手口から、計画的かつ極めて大胆な快楽殺人を思わせます』

『連日の報道を受けて犯人には焦りが出ています。右足は随分と杜撰な処理になっているように見受けられます。通学路は人通りも多いですからね』

 馬鹿馬鹿しいわ。焦ってるなんて余計なことを言うな、言うな、言うな!

 目がチカチカしてきて喉が渇いてきた。首をふって水のある場所を探す。ここ数日は刺激がどんどん足りなくなっていて、入れ替わりの虚脱感ときまったときの多幸感の狭間を泳ぎ続けている。ストローでコップの水を飲む。そして失禁。それがすごく気持ちよくてまたケタケタと笑っていた。



 二十五日目。

 そろそろ潮時のようだ。ついに左腕も発見されてしまった。私は部屋の中で静かに発狂する。なんで見つけるんだと怒り狂った。


『被害者の身元については現在まで、警察が調査中とのことです。今回発見された左腕は腐敗が進んでいないため指紋の鑑定を急ぎ――』

『まだ発見されていない頭部、胴体部分についても引き続き捜査を進めるとのこと――』

『内臓というのは他部位と比べ腐敗が進みやすいです。殺害から三週間以上経過していることから、手術痕があったとしても胴体から身元を判別することは難しい状況でしょう。そのため早急に頭部の発見を――』


「まだなのよ! 早く見つけて!」


 我に返った私は叫ぶ。叫びながらへその辺りから流れ込む幸せの種を再び噛みしめた。



 二十八日目。

 テレビではこの猟奇的な事件の犯人像を好き勝手に喚き散らしていた。

『左腕は民家の軒先に置かれていたことから、犯人の強い自己顕示欲と異常性が感じられます』

『遺体を持ち運びやすくするため、胴体などはさらに分割して遺棄された可能性も……』

『近年問題視されている違法ドラッグですが、まだまだ規制が追いついていないのが現状です。こういった異常な事件を未然に防止するためにも一刻も早く――』

『警察は未だ発見されていない頭部および胴体を……』

『犯人には早く被害者の方に、せめて身体全部を返してあげてと言いたいですね』


「身体全部だって? 馬鹿馬鹿しいよなあ? 俺、まだ全部奪ってねえよなあ?」


 虚脱に襲われ微睡んでいた頭に鋭い声が突き刺さる。

 今日は腰からだ。注射針が深々刺さり、ぼんやり浮遊していた思考がスパークする。私を悩ませ続ける疼痛も飛散する。


「まだ、奪ってねえよなあ?」


 そうなの、まだなのよ、早く見つけて。頭と胴体はまだ死んでないの。だから早く見つけてよ。

 キラリ光る切っ先に押し付けられる死の恐怖と痛みは、今までで一番強烈な幸せの種が芽吹くと同時に全てを吹き飛ばしていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こわい!!! [気になる点] ないです [一言] 素敵なホラーでした!
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