6.てへぺろって言葉を使いたい
登録を終えた僕たちは早速森に入ってきていた。
日はまだ真上と言ったところか。森に入って動作確認するくらいの余裕がまだまだある時間帯であった。
情報収集のために朝早くから市場に行ったのが裏目に出てしまったらしい。
「何をする予定なんですか?」
僕は隣を上機嫌で歩く男前に尋ねた。
「この辺りは『悪鬼』が多いらしいから、お前の詮索能力を測ろうかと思って」
「悪鬼ですか」
僕はそう呟きながら、うんうん頷いた。悪鬼は、薄い赤色の肌をした鬼である。 日本中に居る妖怪系のモンスターだ。
というか日本に居るのは外来種以外は妖怪なんだけどね。
一応、国際規格で人間を襲ってくる化け物の総称が『モンスター』ということになっている。だから、日本に古来から居ると伝承されているモンスターは『妖怪系』と分類されることになる。ヨーロッパやアメリカの方では、悪魔系ってやつが居たりする。
要するに地域ごとに昔から居るやつがなんとか系とされるわけである。
これも世界中に拠点を構える冒険者ギルドが決めたことだ。僕はランクこそGだが、記者という職業上、他の低ランク冒険者なんかより多くのモンスターの情報は知っているつもりである。
だから、この近くのモンスターであればどんな系統のでも無茶振りに応えられる自信があったのだが。
悪鬼は本当にもう日本中に沢山いるので、一般人にも知れ渡っているようなモンスターだ。ちょっと残念である。ヨーロッパでいうゴブリン的立ち位置のやつなのである。つまり有象無象。
でも数が多いので、それこそ詮索能力を測る上ではこれほど分かりやすいやつはいない。
「ああ。遭遇したところで一瞬で片がつくしな」
立川さんが背中に背負った大剣の柄を握りながら言った。
回転率がよければ検証結果も集めやすいということだろう。
「わかりました! しかと見ていてくださいよ!」
僕は意気込んで拳を握った。察知すべきは、悪鬼。小さな鬼の形をした気配である。
《気配察知》
僕のこのスキルは何とLv.4である。世間一般ではLv.2になるだけで達人と言っていいくらいなのだ。化け物と言っていいくらい僕は気配を察知できる。
この《気配察知》というスキルは大まかに言えば周囲の気配を察知するスキルである。まんまだ。
Lv.1の頃は周囲の敵対生物しか察知できなかったが、今はもうそんなことはない。
半径10kmくらいの気配は察知できるし、しかも各個体の識別だってできる。大体の形がわかるのだ。さすがに個人の特定をできるほどの精度ではないけれど、それこそ森の中で冒険者を尾行するときなどなど、このスキルは僕みたいな記者にはぴったりの……って違った。もう僕の職業は冒険者なのだった。
隣を歩く男前、立川さんとパーティーを組んで活動していくのだから。
もう僕はGランクカードを申し訳程度に作成しておいたペーパー冒険者じゃない。すでに駆け出し冒険者の仲間入りを果たしたと言って間違いはないだろう。
Eランクで低迷してるような自称職業冒険者のゴロツキの兄ちゃんに『やーいこの雑魚! そこのGランクちゃーん! なんで生きてるんですかぁー? ああ! そうか。水道管の中でも生きていけるゴキブリランクだからかぁーふははは』なんて言われなくても済むのである。
あの割れアゴめ。僕は忘れちゃいないぞ。覚えてろ。
とか何とか考えているうちに僕のスキルの範囲内に鬼が入ったようだ。南の方から小さめの人型をした何かの気配を感じる。
「立川さん、こっちです」
僕は立川さんを先導し意気揚々と歩き出した。
◆
「お前、これ鬼は鬼でも『天邪鬼』じぇねえかよ!」
立川さんの鋭いツッコミが僕を襲った。必死でその裏拳をしゃがみこむことで回避した僕は、冷や汗を流しながら、僕が察知して追いかけてきた気配の持ち主を見やった。遭遇した鬼は鬼は鬼でも、薄い赤の肌を持った悪鬼ではなかった。薄い青の『天邪鬼』というモンスターに出会ってしまった。
「申し訳ありません……!」
僕は土下座する勢いで謝った。
何たって、この天邪鬼、やっかいなモンスターなのだ。別にすごく強いというわけではない。やっかいなのはその性質なのだ。名前から想像がつくだろうか。
天邪鬼という単語は、わざと人に逆らう人やひねくれ者を意味する。
そして、その言葉の意味を引き継ぐようにモンスター天邪鬼は、攻撃と癒しを反転する性質を身に着けている。
つまり、今からいくらこの天邪鬼を殴ったところで、天邪鬼にダメージを与えることはできず、それどころか癒していくばかりになるわけである。
そんな天邪鬼を倒す方法として、一般的なのは回復魔法。
しかし、僕も立川さんも魔法は使えないので。
「ポーション代のぶん働いてもらうからなぁ!」
立川さんは鞄から、HP回復ポーションを取り出すと、そう叫びながらそれを天邪鬼に投げつけた。
「イヤァーンッ!」
その一発で、天邪鬼は変な断末魔を残して倒れた。弱い。
◆
それからはしばらく悪鬼を乱獲していた。空が赤く染まってきた時間になって、やっと街に戻ってきた。その頃には僕はもうへとへとだ。
別に体力がないわけではない。この疲れは精神的なものだ。自分でもわかる。
戦いの中に身を置くのは思った以上に精神を削る。今まで散々傍観してきたから、命のやり取りをする、その雰囲気には慣れたと思っていたのに。どうやらそれはうぬぼれだったようだ。
実際にやってみると、思っていたのと全然違った。
まあ、と言っても攻撃力ゼロの僕には素早く目の前で動きまくって注意を引くくらいなんだけどね。
かっこよく言えば、超回避特化型の盾役である。
「どうした死んだ目をしているぞ。はじめての戦いでやられたか。ふむ。ここは、優しい先輩冒険者の俺が慰めてやろうか」
「……人を悪鬼の集落のど真ん中にいきなり投げ飛ばした張本人が何を言って……」
思わずジト目になったが、そんな僕に一切頓着せず立川さんは笑った。
僕の役割は詮索だけらしいと安心していたのだが、甘かった。そんなに立川さんは優しくなかったようだ。この似非紳士め。無駄に男前め。
僕に任せられたのは。詮索と錯乱。
この速度を生かして敵の注意を引けということらしい。鬼だ。攻撃力ゼロのか弱い僕に任せられたその役割は、ほぼタンカーと同じものであった。
当然、ビビッて後方に下がった――逃げたとも言う――僕を笑顔で追いかけてきた立川さんは、僕の襟元を掴むと、何を思ったか全力投球してくださったのだ。それも敵の集団のど真ん中に。
こうして僕は強制的に最前線――というか完全なる敵の陣地にて戦いに参加することを余儀なくされた。僕の心労もわかろうと言うものだろう。
初心者まるだし、ゴミランクで最弱のGランクにひどい仕打ちである。
何が優しい先輩なのだか。
じっと立川さんを睨むも、彼はにこにこと笑っているだけであった。
くそぅ。
いつかぎゃふんと言わせてやる。笑っていられるのも今のうちだからなっ!
「言っただろ。ポーション代だ」
ぎゃふん。
恨みの篭った僕の視線を涼しく流していると思ったら、そんなわけだったでござる。
そんなわけで僕はぎゃふんと言わせるつもりが言わされてしまったのである。人生でも顔面偏差値でも僕は立川さんに大負けしているわけだ。……顔面は関係ないか。
ひがむのは止めておこう。むなしくなる。
「明日は何を狩るかねえ……」
立川さんは実に楽しそうだ。人生エンジョイしてる。
これ以上負けた気分になるのも嫌なので、僕も冒険者ライフを楽しむこととする。
「割のいい仕事があるといいんですけどねぇ」
飲んだエールはキンキンに冷えていた。夜はまだ長い。




