61.本能と理性
お久しぶりです。しゅではじまりつで終わる期間が終わりましたので、更新再開です。
お待たせしてしまって申し訳ありません。
更新停止期間が長く空いてしまったので、ここで前回までのあらすじを書いておきます。
『人間を殺せ』とすべてのモンスターに呪いをかけている声の主を探して、ヨーロッパまでやってきた清水たち。ついに理性を持ち言葉の通じるモンスター「レイ」と出会った。レイの情報をもとに順調に『声の主』探しがはじまるかと思いきや、それは現存する都市でヨーロッパ最西端スペイン地方マドリードでの出来事であった。レイの姿が見える、霊能力のある女性記者に出会ってしまったのだ!
彼女は清水たちに取材を申し込んできたが、立川は断ると同時に席を立ってどこかへ行ってしまった。清水は立川を追いかけて街を走った。
こんな感じです。
壁にもたれて僕を待っていた立川さんは、変な顔をしていた。
苦虫を噛み潰した上で、道端の糞を踏み潰してしまった、みたいな顔だ。
つまり、ものすごく嫌そうな顔をしていた。ジェシカさんの取材をソッコーで断固拒否して出てきただけある。そんなに嫌なのか。僕は《隠密》の効果を切って立川さんの前に姿を現した。すぐに視線が合う。
僕が後ろを追いかけてくることなどお見通しだったのだろう。しかしイライラした表情のままで僕を見ないでほしい。
その怒りが僕に向いていないとわかっているのに寿命が縮まりそうだ。
「立川さん……」
恐る恐る話し掛けると、立川さんは苦い表情のまま口を開いた。
「俺は頭は良くねえが、人を見る目には自信を持っているんだ。――アイツは信用できない」
心底嫌そうにしている。よく見れば鳥肌まで立てているし……。
出会ってまだ数分も経っていないうちにこれとは、野生の勘か何かなのだろうか。
僕には大手の新聞社に勤めているらしいから少々やっかいだなというくらいにしか思えない。それどころか、美人さんだなとか思っていた。
でも、ここまで嫌そうにしている仲間を放って、取材を受けようなんて簡単には言えない。こんなんでも僕らは一応パーティーメンバーだ。だからといって断れば、きっと彼女は簡単にレイさんのことを記事にするだろう。そうなれば彼の運命も、僕らの未来も明白だ。そのことを立川さんにはきちんと伝えた上でどうするか共に考えるのが筋というもの。
「でも立川さん、簡単には断れませんよ。たぶん彼女は大手の新聞社の人みたいですし、レイさんのことを記事にでもされたらお終いです」
「……そうなん、だよな」
立川さんもわかってはいたらしい。
だからさっきあんなに苦々しい表情になっていたのかもしれない。
わかっていても嫌だということだろうか。しかし、ヨーロッパから逃げてもゴーストを町につれこんだ冒険者なんて事件、すぐに世界中に知られてしまう。冒険者である以上、カードで居場所は特定されてしまうし、冒険者としてクエストをクリアしなければ収入も得られない。僕も今更記者に戻るなんてこともできないし……。
「色々考えてみたんですが、やっぱり取材を受けるしかないと思います」
つい黙りこんで長考してしまっていたが、顔を上げて立川さんを見ると立川さんもちょうど僕を見ていた。そして僕の発言にうなだれるように肩を落とした。
およ? 諦めたようなそのポーズに僕は意外に思ってしまう。
「ンだよその目は」
僕がきょとんとした顔でまじまじと立川さんの顔を覗き込んでしまったからだろう。立川さんがガンをつけてきた。
「い、いえ、ナンデモアリマセン」
慌てて首を振って否定すると、立川さんは深い溜息を漏らした。
「理屈はわかってんだよ。ただ、ものすごくあの女が胸糞悪くて、こう、本能的に嫌なだけで。だから、取材を受けるべきってのは、理屈じゃ賛成なんだよ。オレも」
本能で嫌って……。
ガチで野生の勘的なものだったんですね。
珍しく悩んで落ち込んだような様子を見せる立川さんを見て、僕は何だか嬉しくなった。別に僕がドSだとか、性格が悪いからではない。ただ、いつもポーカーフェイスで全然動揺しない立川さんが苦手な人種に出会っただけでここまでへこたれている姿が面白……意外で、人間らしさを感じられたからだ。
「じゃあ、こうしましょう」
僕は人差し指を立てて、提案した。
◆
立川さんには何とか同意を得られたところで、ジェシカさんの気配をさぐると、変わらずさっきの喫茶店に居るようだった。
これは都合がいい。
直接話せるなら話が早い。嫌なことは先に済ませておくべきなのだ。
「じゃ、僕はジェシカさんのところに行って来ますね」
「俺は宿をとっておく。くれぐれもよろしく頼む」
『わしはシミズについていくことにするのぅ』
立川さんと別れて、レイさんとともに歩き出す。
道行く人を見やりながら考える。僕たちが取材を受ければレイさんのことを黙っていてもらえると勝手に考えていたが、そういえばジェシカさんはそのことを直接口に出したわけではなかった。間接的に脅された段階だったじゃないか。
ああ、やっぱり腹黒いのかも。
つまり、交渉してみないことにはどうなるかわからないってことだ。
そう思い至ると、歩みを進めるごとに心拍数が上がっていくような気がしてきた。
街中でレイさんに話し掛けるわけにもいかない。僕は何だか手持ち無沙汰というか、何かしていないと焦燥感にかられて心臓が擦り切れてしまいそうだったので、携帯を取り出した。
「あ」
思わず立ち止まる。携帯には新着メールが一件。件名は『ジェシカです』とわかりやすい一文。
本文を開くとアドレスと電話番号が記されていた。
『どうした?』
レイさんが聞いてきたので、軽く携帯を持ち上げてアピールする。
『ほう、携帯電話か』
僕ってばうっかりしていた。
僕には《気配察知》があって、ジェシカさんがそこにいることがわかっているが、彼女にしてみれば僕が突然訪れることになる。ついさっき会ったばかりとはいえ、きちんと連絡をしておくべきだろう。それに彼女がいつまでも同じ場所にいるとも限らない。
メールの本文に書かれた電話番号をタッチして、直接電話をかける。
一回のコール音の後、すぐにジェシカさんが出た。早い。流石記者である。
「あ、もしもし。先ほど喫茶店でお会いしました、清水です」
『ハァーイ。随分と早い連絡だったわね。それで、取材、どうかしら?』
そして直球である。
僕は静かに息を吸った。
「ええ、その取材、お受けします。つきましては今から先ほどの喫茶店でお会いできませんでしょうか」




