5.とんがり
そんなわけで僕たちがやってきたのは、冒険者ギルドである。
「立川さん、代理で登録に行っていただけないでしょうか」
ガラス製の扉の前で僕は青ざめた。
覚悟した上でやって来たのだが、やっぱり怖いものは怖いのだ。ギルドは敵地である。
そんな僕に立川さんはにこやかに微笑んだ。その目は子どもに向けるように種類の微笑ましげである。
やめろ。苦手なピーマンを食べられないでいる幼稚園児を見るような目つきで見るんじゃない。
でも、冒険者ギルドには足を踏み入れたくないんです。お願いします。神様仏様立川様。
僕は1歩後ずさりながらも、祈るように立川さんを見つめた。
「だめだ」
神よ。僕を見捨てるのですか。
にこにこした表情のまま、無常にも立川さんは僕の願いを切って捨てた。
引きずられるようにして僕は冒険者ギルドへの侵入を果たしてしまったのであった。
「いらっしゃいませ。本日のご用件は?」
マニュアル通りの挨拶をこなしてくださった受付嬢は、マニュアル通りの笑顔で僕たちを見た。
「パーティの登録をしてほしい」
数日たっても僕の書いたあの立川さんの記事にはよほどインパクトがあったのか、ギルドに入ったっきり集まりまくっている視線に僕はビクビクしているというのに、立川さんは余裕の表情でそんな台詞を言い放った。
さすが《強者の余裕》。動じないです。
近くに居た他の冒険者にはばっちり聞こえてしまったようで、その一言でギルド内にはざわめきが広がる。同時に僕に突き刺さる視線。
ひぃいっ! やめて怖いです! 僕なんて弱さを買われて雇われた無名の記者ですから!
噂の新人に釣り合うような強さとかまったく持ち合わせていないんで、そんな期待の目で見ないでください!
「承知いたしました。では、こちらの申込用紙に必要事項をご記入ください」
そんなギルド内の状況に気付いているのか、いないのか。にこやかな表情を一切崩すことなく、受付嬢は申込用紙とやらを差し出してきた。
「わかった」
立川さんも動じない。
それだけ言うと、受け取った用紙に黙々と記入しはじめてしまった。
その間、ずっと僕たちに突き刺さる視線。
いたたまれないいたたまれないよ!
僕は今すぐにこの場を飛び出しておうちに帰りたい欲求を必死で押さえつけて受付前にたたずんでいた。
「パーティー名は何にする?」
「た、立川さんにお任せします」
そんな僕に対してマイペースに話しかけてきた立川さんに震える声で返事する。
その答えに了解したのか、にっこり笑ってうなずくとさっさとパーティー名の欄を埋めてしまった。どうやら考えてあったらしい。
「こちらでよろしいですか?」
受付のお姉さんは申込用紙を受け取ると、口を開いた。最終確認かな。
どうせだったらもう少ししゃべってくれても良かったのに。
ボブカットでメガネをかけたシャープな美人さんだ。にっこり笑って話していれば、男なら誰しも目を奪われるだろう。そうして、僕に向かっていた視線を回収して、更に沈黙の気まずさを少しでも拭ってくれれば良かったんだ。
これだからマニュアル人間は。
八つ当たりと分かりつつも、僕は脳内で文句を垂れ流す。
「ああ、パーティー名は『add and halve』で間違いない」
碌に申込用紙を見れていなかった僕に聞かせるつもりか、周囲の冒険者たちに教えるつもりか。楽しげに立川さんは受付嬢の問いに答えた。
Add and Halve. ――足して2で割る、か。
なるほど、僕らにぴったりの名前だ。
「では、お2人のギルドカードのご提出を」
受付嬢に言われて僕たちは同時に胸ポケットからギルドカードを取り出した。
ここに、尖りに尖りまくった個性派パーティー『add and halve』の設立と相成ったわけである。




