57.運命の出会い
まだ街に入ったとこだってのに、どっと疲れてしまった。
『なんじゃ、やけに疲れているな。門番にトラウマでもあったか?』
がっくりと肩を落として猫背で歩く僕にレイさんが後ろからそんなことを言っているが、僕は無言で首を振った。門番にトラウマってなんやねん。僕には犯罪歴も後ろめたいこともなにもない。門番に特に思うことはないのだ。ただ、ステータスが……。
『いや、日本ではおぬしのような少年があのようなごつい親父にやりこめられる書物が流行っていると聞いたことがあってのぉ』
レイさんがトラウマとか言い出した理由がわかったけどわかりたくなかった!
日本の腐った世界が諸外国にも知られていたなんて! そりゃHENTAI扱いもされるわけだよ!
なんだかさらに疲れてしまった。
門を入ってすぐの中央通りの最初にある広場のベンチに立川さんは座って待っていた。
気配は追っていたので、場所はわかっていた。立川さんが僕の姿を認めただろうところで僕は駆け足で立川さんのもとに寄っていった。
「お待たせしました」
「また門番か?」
横浜の拠点でも冒険者ギルドカードを提示した際に、はじめのころはこういうことがあったので、立川さんも僕のステータス表示の件を知っている。門を通るだけなのに時間が無駄にかかったのもそれだと容易に予想できたのだろう。
僕は簡単に予想されてしまう僕の悲惨な状況にがっくりすると同時に、立川さんに肯定の意を伝えるため、僕は大げさに肩を落とした。
『宿を探しに行こうぞ』
レイさんの一言で立川さんはベンチから立ち上がって、地面にさすようにして抱えていた大剣を背負い直した。しっかし、僕にはレイさんの気配が感じられるからいいけど、まったく感じられない立川さんにとっては透明になっているレイさんは視覚的に見えないだろうし、本当に唐突に声が聞こえる感じになっているんじゃなかろうか。
それなのにぴくりとも驚いた様子を見せないで堂々としているあたり、さすが立川さんだ。
これこそ本当に《強者の余裕》というやつだな。びくびくとしている必要はないのである。僕だってそんなマッチョな漢の思考の持ち主になりたかった。せめてその男前顔面くらいはほしかった。
いや、僕のようなひょろひょろで貧相な体に立川さんのような精悍な男前な顔がくっついていたら違和感しかないな。うん、全身がうらやましい。
でも気配が感じられないというのは、僕のような最弱にとって恐怖でしかない。だって逃げられないから。
……いまのままでも仕方ないのかな。
きっとありのままの僕が素敵って言ってくれる文系年上系お姉さまがいるかもしれないもんね! 古典に出てくるような包容力抜群ででもちょっと意地悪で、でも色気たっぷりなおねえさんが僕を待っている。そういうお姉さんは僕のようなへぼへぼ人間の方が支えてあげなくちゃと思ったりするわけなのだ。そうに決まっている。
と、そんな馬鹿な考え事をしているうちに、さっさと立川さんが中央通りを奥に進んでいってしまっていた。
「宿は中央通りを進んでいくとだいたい看板を出しているそうなので、まあこの道を進んでいけば大丈夫だと思います」
歩き出した立川さんを追いかけながら、僕は宿の場所について説明する。
僕に憑いているレイさんももちろん僕にくっついてくる。
『冒険者の多い街じゃな。わしの死んだ頃にはまだこれほど冒険者という存在は大きな存在ではなかったので驚く光景じゃ。しかし、これだけ冒険者がいて宿は余っているかのぅ』
透明のまま僕に話しかけてくるレイさん。
僕の耳元でささやいてくるから、立川さんには聞こえていない。そして周りの人にも聞こえない。
これで僕が突然話し出したら危険な人に見えるんだけど……。ちょっと溜息を吐きながら、いかにも立川さんに話しかけているかのように答えを口に出す。
「宿の空きも一応一部屋二部屋くらいなら常時あるみたいですよ。ここを拠点にしている冒険者の多い街ですし、設備も付随して充実しているみたいです。冒険者は金遣いが荒いですからね、いい商売になるのでしょう」
「お前もいまは冒険者だろうが」
……そうでした。
レイさんが僕に話しかけてきたのであろうことは当然予想できていたのだろう、立川さんは黙って僕の話を聞いていたのだが、最後になってつっこまれてしまった。
これで僕も立派な冒険者とか言ってたばっかなのに、ちょっと自分を棚に上げていた。
『シミズはケチだが乗せられやすいからな』
後ろでレイさんが何か言っているが、無視だ、無視。
なんのことだかわからないもの。……道中パスタだっておいしかったでしょ?
と、テクテク中央通りを歩き始めたところだった。
「きゃ!」
道の向こう側から歩いてきたショートカットの女の人がこちらを見て顔を青ざめて悲鳴を上げた。
「へ?」
幸いにも周囲が雑踏に溢れていたので僕たちが注目されることはなかったが、腰を抜かして僕を指さしている。……なんで? これじゃ僕が何かをやらかしたみたいじゃないか。
僕なにもしてないよ!?
いや、よく見ると僕じゃなくて、僕の後ろをみているんじゃないか?
僕は彼女の視線を辿って、自分の後ろを振り向いた。そこには何もない。強いて言うなら、透明人間化したレイさんの気配くらいしかない。今は姿を消しているので僕には目視はできないけど、気配を探ると彼は首をかしげているようだ……。
「ゆ……幽霊が……!」
女の人は聞こえるか聞こえないかくらいの音量で呟いた。声が震えている。その視線は、確実にレイさんと目が合っているようだ。……え? え。なんなの、もしかして……。
「見えてる……?」
僕は思わずつぶやいた。
「みえてます!」
彼女はぶんぶんと首を振りながら答えた。




