56.改善を求めます
一時間後、僕たちはやっと門番の人の前にたどり着いていた。順番だ。
やっと中に入れる。
いやしかし街に入るためだけに一時間もかかるとは、少々予想外だった。大昔にあった『テーマパーク』とかいう施設では、ひとつのジェットコースターとかいうぶんぶん振り回される車みたいなものに乗るために二、三時間は待つことが当たり前だったらしいけど、ちょっと理解できない心情だ。
だって、僕なんて街に入るために一時間並んだだけでげんなりしているからね。
しかし、ジェットコースターってそんなに面白かったのかな。時速とか見るに僕の全力疾走どころか立川さんの全力疾走にも遠く及ばないから、僕としては速度感を楽しむと言われてもという感じである。いや、でも前時代にはステータスも魔法もなかったんだもんな。
生身の人間には速さを得る身体能力がない時代なら、ただ速いというだけで面白いのかもしれない。
「兄さんは冒険者だな。入場料10ユーロを頼む。一応、ギルドカードの提示も」
門番のおっさんが僕の前に立っている立川さんを見て言った。
立川さんはもうとっくに並んでいるうちに用意していた10ユーロを門番のおっさんに渡すと、胸ポケットから出した冒険者ギルドカードを掲げながらさっと門の奥に進んでいった。
よし、次は僕の番だな。
僕はユーロ硬貨を手に前に進んだ。ずっと握りしめていたから僕の手の体温でぬるくなっている。
「お、お前は……商人見習いか?」
おっさんが僕を見た瞬間、失礼なことを言った。
なんで僕が商人見えるんだ! しかも見習いとか!
百歩譲って新聞記者に見えたなら許すけど、リュックだって冒険者用のものだし、それに僕だってもう野性味溢れて勇敢な冒険者の面構えをしているはずだ。それなのに、商人とか。それも見習いとか。
僕は自分が若干ジト目になりつつあるのを自覚しながら、むんずと握っていた10ユーロを押し付けるようにおっさんに手渡した。
「僕も冒険者ですよ! さっきの立川さんのパーティーメンバーです!」
「ハアッ!? 嘘をつくならもうちょっとマシな嘘をつくことだ。俺ぁ、もう二十年はここで門番をしてるがお前みたいに軟弱そうな冒険者は見たことねえよ。魔法使いならまだしも、オメエ杖も持ってねえじゃねえか」
このやろう。
僕はわなわなと震えながら、門番をにらみつけた。
僕が軟弱そうって! 知ってる! 知ってるけど、気にしてるんだから言わないでくれないかな。
そしてなんでそんな自分の判断に自信を持ってるんだ。二十年やってるからって、イレギュラーのひとつやふたつあるだろ。それに、身分証を提示しなきゃいけないからどのみちそんな嘘をついたところですぐにバレる。なんでそんな無意味な嘘を僕がつく必要があるんだ!
僕は憤慨しながら、おっさんに迫った。そして怒りに任せて、握った拳をおっさんの顔めがけて突き出した。ひゅっという風切り音が聞こえる。
「……!!」
びくりと跳ねながら目を見開くおっさんの顔、寸止めさせた僕の拳にはカードが握られていた。
「冒険者ギルドカード、です」
にらみつけながら僕はできるだけ低い声を出した。おっさんは僕の手からひったくるようにカードを奪うと、慌てて目を通している。
「冒険者ランク……C!?」
オモテ面を見たおっさんが声を裏返して叫んだ。
僕はドヤ顔で胸を張る。ふふん。小田原からの一連の河内さんの依頼にプラス先日の《マミー》事件で、ついに! 僕の冒険者ランクはCになっていたのである!
これで僕もできる冒険者の仲間入り。大手を振ってドヤ顔で冒険者であーると自慢できるランクなのである!
「見たかおっさん!」
僕は滾るテンションのまま高笑いをした。
「お……おっさん……」
おっさんは何だかショックを受けているようだが知ったこっちゃない。軟弱そうと言われた仕返しだ。心狭いとか言わないでください。僕にはプライドもないので気の向くままに仕返しでもなんでもできちゃうのです。
しかし、おっさんはギルドカードをまだまじまじと見ている。立川さんのときには普通にチラ見しただけだったっていうのに僕のはそんなにじっくり見るなんて差別じゃなかろうか。もしかして偽装だとか疑われてる?
偽装なんてするわけないじゃないか。冒険者ギルドカードの偽装なんて重犯罪したら生きてけないぞ。だって冒険者ギルドを敵に回すだけじゃなく、各国でも追われることになるのだ。そんなことするバカなぞいない。
そんなことを考えているうちにおっさんは僕のギルドカードをぺらりと裏返してじっくりと観察していた。……そ、その面は……!
「攻撃力……ゼロ……?」
おっさんが呆然と呟いた。
だから見られたくない。裏面のステータス表示はどうにかなりませんかね。
隠せる機能はあれど門番に隠していたら怪しまれるし、それは得策ではない。門番には守秘義務があるからまあそのへんはいいんだけど、でもその門番には僕の攻撃力がばれちゃうんだよ? そしてそのたびに……。
「お前、苦労したんだな……」
そう、こうやって憐みの視線を受けることになるのである。
「はい……」
僕はがっくりと肩を落とした。
いっそ最初からギルドカードのステータス表示はないものとすればいいんじゃないでしょうか。




