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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
終章 追い求め、追い求め
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54.レイさんの力

  車を慎重に倉庫から取り出して、乗り込む。

 もちろん運転手は僕だ。もう少し経って、目的地が見えて来たら立川さんに交代するかもしれないけど、この間の旧国道跡の件で立川さんの方向音痴が判明したからね。信用ならない。

 レイさんに代わってもらうにしても、ポルターガイスト現象で運転するのは非常に難しいらしいし、骸骨に憑依してもらって運転してもらったとしても骸骨が自動車を運転しているなんてとんだホラーである。いや、そもそもポルターガイストで動かしてもらっても誰もいないように見えるのに車が動いているという幽霊船ならぬ、幽霊車状態になる……。ままならないものだ。


 立川さんは助手席に座って、遠くの山向こうに視線を馳せている。

 ずっと後ろにくっつかれているのも(僕は気配を感じるので)うっとうしいので、レイさんには背後霊状態をやめてもらって、後部座席に座ってもらっている。といってもちょっと浮いているのだけど。座っているポーズで浮いている、といったほうが正しいのかな。

 僕たちが先ほど旅立った、河内さんに連れられてやってきた港町は、ヨーロッパの南東側に位置するイタリアという地方のとある港町である。目指すは、スペイン地方のあたり。

 アバウトになってしまうのは仕方ない。

 レイさんの証言によるところだけになってしまうからね。ただ、南西の方にずーっと進んでいって、声が聞こえる方向が変わった、とか、大きくなった、とか『人間を殺せ』という声の聞こえ方に変化があればそれで判断ができる。

 それで、僕たちはとりあえずスペイン地方を目指すことにしたのだ。

 ヨーロッパでは一番南西側にある地方だからね。余裕をもって立てた旅の計画は合計二日間の車の旅である。ぶっ飛ばせば18時間でたどり着ける距離らしいが、ぶっ通して走らせるにはわずか乗組員が少ないからね。普通、パーティーというのはもうちょっとメンバーを抱えているものである。

 まあ、どうやら日本のように森に侵食されてはいないようだから、少しは道もマシかもしれない。ただ出てくるモンスターは日本のものと比べてやたら強いらしいし、さらには実態を持たないタイプのモンスターや飛翔タイプのモンスターなども多いので僕たちにとっては非常に相性が悪いけどね。


 新規に加入したレイさんに期待するとしよう。ゴーストは魔法が使えることもあるらしいし。


 そのレイさんはというと、何処からか取り出したアコーディオンで楽しげに曲を弾き始めていた。三拍子のリズム。

 楽しげなのにどこか哀愁を感じるのは、レイさんの表情が熱をはらんでいるように空中を見つめているからだろうか。

 微妙に立川さんが膝でリズムを刻んでいるのが、僕にはこわすぎる。似合わないとか口が裂けても言えないけど。


『通り過ぎる風の乙女が私の頬を撫で、緑の草原に花を咲かすのさ

 可愛い彼女、少しとどまって、僕と一緒につぼみを開いてみないかい』


 な……ナンパの歌……? それっぽく言っているけど、これってナンパの歌だよね? ……チャラい。

 意外と恋の歌らしきものであったらしい。ヨーロッパに古くから伝わる旅の歌とか弾いてくれるのかなとかちょっと期待していたのに。ラブソングとか。

 しかもチャラいラブソングとか。ただのナンパの歌を情緒たっぷりに歌わないでほしい。無駄に綺麗な歌声もむかつく。

 イケメンは滅べばいい。

 きっとレイさんほどのイケメンなら、生前幾多のナンパを成功させていったのだろう。いや、ナンパの必要すらなかったのかもしれない。女の子の方から寄って来たに違いない。……立川さんのように。


 くっそぉお!!


 僕だって女の子と出会ってやる。うまいこと、今度のパーティーメンバーの追加は綺麗なお姉さんにしてやる。静かに決心した。

 知っている。立川さんんは、僕みたいな特殊な人間かよっぽどの事情がないとメンバーを追加しないであろうことも。そして、冒険者には圧倒的に女性が少ないことも! 居ても寄生プレイか接待プレイだってことも!

 でもどこかに僕を待ってくれている綺麗なお姉さんがいるはずなんだ。そう信じている。


 ふと振り返ると、遠くにさっき出発した港町が点のように見えた。

 オレンジ色の瓦屋根がつながって、ただのオレンジになっている。向こうでは海に光が反射して、きらりと光った。



 ◆



 夜に近づく前に野営の準備を始めてしまう。

 暗くなってからでは、器具の設置などは厳しいものがあるからね。

 僕は簡易かまどを作った。……こういうと大層なものな感じがするけど、拾って来た石を円く並べて、中心に空間を開け、そこに燃料を入れて火をつけ、石の上に鍋を乗せるだけの代物だ。立川さんはと言うと自動車の後ろのハッチを開けて、そこに座っている。

 宣言通り、僕が料理担当だ。運転は僕がするんだし、料理くらいしてもバチあたらないと思いませんか? ああ、思いませんか。そうですか……。


『んー! いいにおいがするのぅ』


 ちょうどパスタを鍋に投入したところで、宙に漂っていたレイさんが、鍋の上にとどまったかと思うと嬉しそうに声を上げた。


「まだパスタを入れただけですけど」


 そういいながらも、自分でつくっているものにいい匂いがすると言われて嬉しくないはずがない。ちょっと顔がにやけてしまうのだった。

 そこ、パスタは既製品だからまだお湯沸かしただけだろとか言わない。僕も分かっている……。

 ソースの入った袋も鍋に投入する。あったまったら取り出して、破って茹で上がったパスタにかけたら完成だ。とっても簡単だね!

 正直僕は攻撃力ゼロであるはずなのに、袋が破れることが自分でも不思議でならない。袋に攻撃を与えていることにはならないのかな? 日常生活を送るうえで非常に助かってはいるけど、攻撃の定義が気になるところだ。僕の持論は、袋は最初から破られるように作ってあるから攻撃に当たらないというところで落ち着いた。


 それにしても、ゴーストって匂いも感知できるもんなんだな。

 死んだらどんな感じなのかまったく想像できないけど、少なくとも匂いだけは生前と同じように体感できるらしい。無味無臭とか、生きていく……ゴーストになったら生きてはいないのか、……日々暮らしていくうえでとんでもない苦痛である。ちょっと安心なのかな? いや、僕が死んだ場合はきちんと火葬されてサラサラの灰になることは日本の法律で決まっている以上、ゴーストになることはないだろうけどね。


『わしも久々にパスタが食べたいのぅ』

「……食べれるんですか?」


 指をくわえて鍋を食い入るように見つめるレイさんに思わず聞いた。よだれ垂れてるし……。

 ゴーストってご飯食うの? 聞いたことないんだけど……。


『ニオイだけは味わえるので、わしに捧げてくれればなんとなく味わった気にはなれるの』


 それってお供え物ってやつですね。

 においだけって余計お腹減るような気がするんだけど、幽霊はお腹がすかないらしいし、本当に嗜好品になるんなら匂いだけでも十分ということなのだろうか。

 まあそこのところを生者である僕が気にしてもどうにもならない。

 よだれを垂らしてみっともない表情になっているレイさんに、出来上がったパスタをお供えすることにした。せっかくのイケメンが台無しなことになっているので、どうせならずっとそのままの顔でいてもらいたいところだったが、僕はそこまで鬼じゃない。きっとカタコンベにずっと封印されていたであろうレイさんが久々のしゃばで匂いだけでもとか言っているんだから、そこで断ったら僕が悪人である。こう言うと、非常にやばいお薬な感じがするけど気のせいだろう。


 レイさんの前にお皿を置くと、レイさんはさらに顔を近づけてスーハー深呼吸していた。

 パ……パスタのもとは白い粉(小麦粉)だけど、これは白い粉じゃないから大丈夫。


 ただひとつ言えることとしては、成人男性がする行動としては、どう見ても絵的にアウトということである。



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