50.かんじがちがう
少し経って腕の衝撃から立ち直った様子のリッチに、僕たちは顔を見合わせた。話し掛けるならこのタイミングだろう。
「それで、待つっていうのは?」
立川さんが前に立ち、切り出す。
床に手をおき嘆いていたリッチが顔をあげた。空っぽの眼窩と目が合う。その視線は立川さんの大剣に移った。表情は動かないはずだが、なんだか恨めしげにその剣を見つめているような気がする。
『……わしが理性をもち、人間を襲わぬ状況に在れるからじゃな』
気を取り直したらしい。一拍あけて普通に返事が帰ってきた。
「やはり……いたのか」
立川さんが嬉しそうに呟いた。
『と言っても、昨日は少々しくじったがの。地盤の陥没に対処しきれず、《マミー》どもを外に出してしまった』
「それについては問題ない。俺が処理した」
『それは良かった』
「しかし、お前はどうしてしゃべることができる?」
いつになく立川さんが饒舌に話をしている……。
僕は驚きとともに二人の会話を見守る。会話が可能なモンスターなんて、本当にいたんだ。立川さんの話を信用していなかったわけではなかったが、改めて現実に対峙するとなかなか信じがたいものがある。
でもこんな新発見に心踊らないなんて、新聞記者ではない。まあ、元、だけど。
いろいろ聞き出したい知識欲はあるが、しかしここで突っ込んでいったらカオスな未来しか予想できないから何とか我慢する。
僕はパーティーメンバーの為なら、ぐっと我慢する偉い子なのである。
別に立川さんの嬉しそうな笑みがあまりに野生的でちょっと怖いと思ったとかじゃないよ。
『理性の力よ。何やら常に人間を殺せと囁く声が聞こえてくるが、わしほどの人間になれば……あ、いやいまはアンデッドモンスターだったか、……わしほどの者になれば、理性で抗うことも不可能ではない。むしろ簡単にわしの存在を認めたお主らのほうがわしにとっては不思議だの』
「俺はモンスターに育てられたからな」
『なんと!?』
立川さんの生い立ちはモンスターにとっても、意外なものであったらしい。
リッチは飛び上がらんばかりの勢いで驚いていた。
それはそうと、僕は理性の力というのもにわかに信じがたい思いでいた。それならば、世界中のアンデッドモンスターのなかにもう少し話のできる奴がいてもいいんじゃないかと思うのだけど。
僕の疑わしげな視線が、リッチに伝わってしまったらしい。
『そちらのお方は、信じられないというような顔をしているな。それも無理はない。実はわし、生前から《鋼の精神》というスキルを持っていてな。それの効果なのじゃ』
とばっちりしっくりな情報を頂いてしまった。
なるほど。僕は納得の表情を浮かべて頷いた。しかしそれにしても十分に驚きだ。アンデッドには生前のスキルが引き継がれるらしい。
感心して思わず目を輝かせた僕に、スケルトンリッチは得意げなポーズを取って。カタリとアゴを鳴らした。
『あはーんうふーんな誘惑にも耐えねばならないのが王であったからな。わしは耐えた! そりゃあもう血の涙を流して耐えた! それゆえに得たスキルであったのだろう』
「その情報いらないよ!」
思わずツッコミを入れてしまった。
閑話休題。
とにかく、このスケルトンリッチは、カタコンベでアンデッドとして復活してしまってから、幾多の《マミー》を葬り、管理しているうちにリッチになってしまったらしかった。
ここ最近は何もなかったため、うっかり油断していたところ、地上で陥没が起きて《マミー》を逃がしてしまったのだとか。
いつからカタコンベに埋葬されているのかわからないが、少なくともここ最近のことではないだろう。さすが《鋼の精神》だ。
この間出て行ってしまったマミーたちで、ここのカタコンベにいたアンデッドは最後だという。それを聞いて、僕たちの調査依頼は終わりを告げたことになった。
『鞄に何か聖布でも使っておるのか?』
と、彼の現状を一通り聞いたところで、彼が尋ねてきた。
「普通の革ですけど」
指差されたのは僕のリュック。
僕は首をかしげながら答えた。これは日本の大手百貨店で買った何の変哲もない――セール品のリュックだ。魔道具でもなんでもない。ただ冒険者向けに強度をだすため、革製にはなっているけど。ちょっと重い。
『わしが今言うておるのは魔力のことではないぞ。先程言った声と対なる力をその鞄から感じる。邪なる身だ。その聖の力は身体にはつらいが、気分が随分と楽になる』
僕たちは顔を見合わせた。
「もしかして、これ?」
取り出したのはいつか博物館で見つけた固定具だ。そういえば、封印の概念が込められた魔道具に変化していたんだったな。
立川さんの提案で僕たちが持っておくことになったが、さっそく役に立つことになるとは。
「俺を育てたモンスターも声が聞こえると言っていたが、どこからそれは聞こえるんだ?」
『あぁ、向こうの海の方からな。膨大な力の濁流を常に感じておる。それが我らモンスターに囁き続けるのだ。人間を滅ぼせと』
「海……?」
僕たちはリッチが指差した方を見つめた。
その指は南西のほうを指差していた。
「声の主は、大西洋の方に居るのか?」
400年前、モンスターを作り出した何か。それを見つけられるかもしれない。新たな道が見つかった。
「わしもついて行っても良いかの。その魔道具の近くに居させてくれると嬉しいのじゃ。それにどうやら、主らは諸悪の根源を打ち滅ぼそうとしている様子であるしな。わしにもつき合わさせてほしい」
「かまわん」
「いいですよ」
了承した瞬間、リッチの骨が崩れ落ちた。
驚く僕たちに、追い打ちをかけるように半透明の金髪イケメンが空中に現れた。
『ではゆるりと行こうではないか』
にっこりと笑ったイケメンが、しかも僕の後ろに張り付いた。
なん、なんなんだ……!?
「え、なに、だれ」
うろたえすぎて意味もなく声を漏らす僕を、まったく気にすることなく、後ろでリッチさんがカカカと笑った。
『わしじゃ。ついていくと行ったろう』
「漢字が違う!!」
『?』
思わず突っ込みを入れた僕に、リッチさんは首を傾げた。
これだから外国語圏は!
ついていくって、これじゃあ憑いていく、じゃないか!!
「ていうかお前スケルトンリッチじゃなかったのかよ」
「わしはゴーストじゃな。人型のモノに入れば操れる故、そこらの骨を借りておった」
呆れたような立川さんに、リッチ――改め、ゴーストさんが笑った。
なんということでしょう。
イケメンな背後霊が出来ました……。




