48.地下墓地狩ったもんね
崩れた瓦礫が積み重なって、ちょうど階段のようになっていた。
進んでいくと下は黒く塗りつぶされた暗闇になっていた。成人男性がひとり通れるくらいの瓦礫の隙間ができており、ここからマミーが外に出てきたのだとわかる。
しかし、ああも大量に外に出てくるまで発見されないとは。
むしろ、トニーさんたちに発見されてまだマシな状況だったのかな? ギルドの職員さん曰く、ここの港町はものすごいド田舎で、立川さんがダントツのトップの実力者だというし。というか、立川さんの戦闘を直接見た職員さんにいたっては、この地方単位で言ってもトップの戦闘能力だとか言って震えていた。
ヨーロッパまできても立川さん無双とは。
まあ日本より人語を解するモンスターはやっぱり多いみたいだから、目的は果たせてるんだけどね。強者の国ヨーロッパってイメージがあったからさぁ……。
「気配は?」
前を歩いていた立川さんが振りかえって聞いてきた。僕は首を横に振った。
この先に、少なくとも10m以内に気配はなかった。
意外なことに、この間のあれでここいらのマミーは全滅したらしい。
ただ、モンスターがいる可能性がまったく潰えたというわけではない。
「地下二階に続く縦穴みたいなのはあるみたいなので、その先にはまだいるかもしれません」
「わかった」
僕の言葉に、立川さんは警戒もなくぐんぐんと瓦礫のなかを進んでいった。
信用してもらっていると考えて良いのか、立川さんのスキルのせいなのかわからないけど、僕にはできない芸当である。いくら《気配察知》で何もいないことがわかっているといえど、ここはカタコンベ。
墓地なんだよ?
ゴーストもモンスターの一種として捉えられているし、僕の《気配察知》で察知できるとわかっているけれども!
でもやっぱりなんか超自然的なさ? 心霊映像的なさ?
古典的なそういうイメージがあるじゃないですか。夏場にはレトロ特集とか言って、心霊特番がやっているじゃないですか。
ああ、立川さんはそういう存在自体知らないのかもしれない。
廃れた神社の跡で犬に育てられたとあっては、テレビ番組なんてものを見られたはずもないし、大人になってからテレビを見ようという気にはならないからね。立川さんの生い立ちではきっともう余裕のできたころには、冒険者をしていたのだろうし。
と、ひとりで考えているうちに立川さんはぐんぐんと進んでいってしまっていた。
またたくまに暗闇のなかに消えてしまった立川さんの背中を慌てて追いかける。
目が暗順応する前に、リュックから懐中電灯を取り出す。立川さんの前に躍り出て、懐中電灯で先を照らすことにした。
電気をつけたはいいが、立川さんの背中が大きすぎて灯りが遮られてしまったのだ。
背中で余裕を語りすぎている。ぐぬぬ。
地下墓地の内部は、二メートル弱ほどの幅の廊下のようになっていた。
しかし、両側の壁はというと、規則的に穴が空けられており、それがちょうど人がひとり入りそうな大きさをしていた。つまり、ここに一人ひとり遺体が埋葬されてたのだろう。
ここに……大量のマミーがいたのだろう。
背中に何かぞくりとくるものがあった。ところどころ横穴のなかに蜘蛛の巣なのか埃なのかわからないが、何か汚いもので埋まっていて内部が見渡せないものなんかもあって、そこにマミーの生き残りがいるんじゃないかとか想像してしまったり。
勿論、僕の《気配察知》がそこには何もいないと言っているのだけどね。
そこ、びびりとか言わない。だってさ、懐中電灯で照らしているって言ったって光の当たらない先はまったく見通せないし、何かかさかさという音は聞こえるし。虫だってわかってるけど!
つまり、何が言いたいかというと、……雰囲気満載なのです。
とビクビクする僕に反して、立川さんは何の抵抗もなくさくさく進んでいるようだ。後ろから聞こえてくるのは一切躊躇ない足取りの音である。ちょ……いまパキッて乾いた音が聞こえてきたんだけど。
立川さんの足元から! 絶対骨とか踏んだ音だってー!
「で、その下にいける穴ってのはどこだ?」
僕がその音にぞわぞわしていると、立川さんが後ろから尋ねてきた。
いかん。
怖がっている場合じゃない。僕は冒険者として、クエストを受けて、パーティーメンバーとともに調査依頼をこなしにこの場にやってきているんだ。きちんとメンバーを補助できなければ、攻撃力ゼロの人間なんてただの足手まといだ。
僕は回復魔法が使えるというわけでもないしね。
と、気を取り直して、改めて気配を探りなおす。廊下はいくつか分岐しているようだったが、どうやら僕たちの進んでいる筋をまっすぐに進めば、ちょうど正面に下の階へ続く穴があるようだ。
昔は梯子でも取り付けられていたようだけど、いまとなってはただの縦穴となってしまっている。
まあ、ちょっとした冒険者に一階や二階程度の高さなら関係ない。ジャンプすれば届く距離だ。
「このまままっすぐ進んでいきます」
確認はさっさと済まして僕は早足で歩き出した。埃っぽい廊下を、天井からぶら下がった木の根っこなんかを避けながら歩いていく。
そのまま進んでいくと、すぐにたどり着いてしまった。
何事もなくたどり着いてしまった。
なんということだ。
気配察知をしようと、下の階に続く穴を見下ろすとゴオ、と強く風が吹いた。
そして続くのは、まるで叫び声のような風の抜ける、弱弱しい音。
思わず、小さく肩を跳ねさせた瞬間であった。
「ひぃ……!」
「どうした?」
僕はつい後ずさった。背中が立川さんに当たる。
怪訝そうに聞いてくる立川さんに応える余裕はない。階下からは、凶悪なくらい莫大な魔力を負った気配が、ものすごい速度で上がってきていた。
穴の下に待機していたんだ……!
僕がその考えにいきつくのと、その大きな気配が穴からワインのコルク栓のようにスッポーンと飛び出してきたのは同時だった。




