46.飲み会するかい?
『かんぱーい!!!』
無事に《マミー》の群れを殲滅できた祝いに宴会を開くことになった。
僕はジョッキ片手に乾杯の音頭をとった。
「か……かんぱい?その日本語はなんて意味なんだい?」
ひとり酒も飲んでいないのに、すでにハイテンションの僕に引いたのか、若干後退りながらミシェルさんが尋ねてきた。
あらら。
僕ってば、テンションが上がりすぎて母国語が出てしまっていた。
「あれですよ。えっと……」
説明しようと口を開くが、肝心の説明が思い浮かばなかった。いざ説明しようとすると、乾杯だとか何気ない掛け声の意味の詳細を知らないことに気が付く。
そして、僕は『乾杯』の意味にあたる英単語も知らない。
困っていると、立川さんが横から呆れたような視線を送ってきて、ぽつりと言った。
『Cheers……だな』
「へえ、なるほど」
立川さんてばスマート。
立川さんの言葉で一発で納得した様子のミシェルさんに、その単語が正しかったことがわかってしまうし……。
うーん。
おかしいよな。
なんで森で犬に育てられた野生児であるはずの立川さんが、僕よりずいぶんと英語が堪能なのだろうか。
おかしす。
怪訝そうに顔を諫める僕を放っておいて、会話は進む。
「その『かんぱぁーい』ってのも日本語か?」
「えっ? 清水たちは日本から来たの!?」
「いや、俺も詳しくは知らねえけど、たぶんそうなんじゃないかって思ってるだけで……」
トニーさんの質問に立川さんが答える前に、ミシェルさんが驚いて声を上げた。
そういえば、僕たちが日本からことを直接説明したわけではなかったな。
「日本のモンスターだと物足りなくなってきたので、こっちに移って来たんですよ」
立川さんをにらみつけるのをやめて、疑問に答える。
立川さんが世界中を『殺せ』の声の主を探して歩くつもりであるとかいう理由もあるけど、たぶんほぼ初対面のふたりにわざわざそんな事情を言いたがる性質ではないだろう。
何しろ、パーティーメンバーのこの僕にだって、三月経ってようやく打ち明けたくらいなのだから。
いや、そもそも相当な人間不審な立川さんがこの飲み会の場に現れたというだけでも僕にはちょっと驚きだった。僕たちのパーティーにぜひお礼がしたい、せめて飲み会だけでも、と懇願されてこの場の約束をしてきたわけだが、依然小田原の『栄光の散歩道』の皆さんのように見捨てればそこで死ぬというわけでもない状況下で、なし崩しに向かうというわけでもなくアポを取ってわざわざ時間をとって居酒屋に向かうなど、僕には少々驚きであったのだ。
うん。
だって、立川さんってばまあ結構横浜周辺でも綺麗な新人冒険者のお嬢ちゃんとか、旅路の胸部がふくよかなお姉さんとかも助けたりしてたけど、『お礼を』という彼女たちを一切無視して、いそいそとその場を発ってしまうのだよ?
綺麗なお姉さんの誘いを、断るほどの人間不信男がですよ?
「じゃあこのへんで苦戦するなんてことはなさそうだな」
トニーさんの言葉にはっと現実に帰る。考え事をしすぎてしまった。
しかし、気を取り直して言葉を意味を考えてみようとするが、いまいち把握できない。だって、ヨーロッパのモンスターは軒並み強いという話であるはずなのだ。
それなのに、苦戦することはなさそうなんて。
僕たちの先ほどの《マミー》相手の見事な立ち回りを見て、そう言ったのならまだ納得がいくのだけど。
首を傾げた僕に、ミシェルさんが笑った。
「ああ、このへんは厄介なモンスターが多いからね。戦闘力はそれほどでもないんだけど。……日本には変なモンスターが多いだろう? ほら、強いとかじゃなくてさ」
「な……なるほど」
それはどういう解釈をすればいいのだろう。
まあ確かに、妖怪という伝承に沿って現れるうえで日本のモンスターには変わり種が多い。
そして、明らかにHENTAIも多い。そう例えば、依然河内さんの家で遭遇した『餓鬼』とかね……こわかった……。
どっちの意味なのだろう……。
納得はできたものの、微妙な表情になってしまう僕なのであった。
◆
それから、酒を飲み進めながら、たびたびにミシェルさんとトニーさんから何かお礼をさせてくれと言われた。僕たちとしては、ここで活動していくうえでいい伝手ができたからいいかな、なんて思っていたりするのだけど。
なんせ、この居酒屋、ギルドのある通りに店を出しているだけの居酒屋なのだけど。
ミシェルさんの実家らしいのだ。割引も利くようになりそうですね。しめしめ。
そして、ここで好印象を与えておけば、きっと街のひとにもそれが伝わるさ。何しろ、街の居酒屋といえば、情報の行きかうスポットだからね。
しかし、どうしてもと渋る彼らに、好印象を与えつつ金銭を要求するにはどうすればいいのか、と頭を悩ませ始める僕の前に、立川さんが口を開いた。
「それなら情報をくれないか?」
珍しく乗り気の立川さん。さっきも考えたような気がするけど、立川さんはとんだ人間不信なのであんまり自分から人とかかわることってない。とても意外だ。
どうしたんだろう?
「ヨーロッパには人語を解するモンスターが多いと聞いたからな」
小声で立川さんに囁かれて、納得する。
立川さんは人間を襲えと言ってくる声を探して旅をしていたと言っていたからな。
その声を探すのに、直接モンスターと話せれば都合がいいということだろう。
それに、ここは日本ではないし、僕の馴染みの情報元も頼りにならない。ここで情報源を確保しておくのを有意義だろう。
僕はミシェルさんとトニーさんに自分も同意だということを示すためにうんうん頷いた。
しかしそれでも、それだけでいいのかと遠慮している様子を見せる二人に、僕はにっと笑った。
「僕もそれがいいと思います。これでも、僕、もとは新聞記者をやっていたので、情報マニアなところがあるんですよ」
「マニアって……」
「やっぱり日本人はそういうとこあるのか」
微妙な顔をするミシェルさんに何か小声で言われた挙句、トニーさんに至っては何か失礼なことを言っている気がする。
「そういうとこってなんなんですか」
「いや、ほら、マニアっぽいところがさ」
詰め寄る僕に、トニーさんは若干引いているようだが、別に僕の性質はただの好奇心であって、世界で言われているHENTAI日本人の性質を受け継いでいるとかそういうわけじゃないぞ。
ぶーと頬を膨らませながら抗議する。
「こいつ絡み酒でめんどくせえんだよな」
「か、かわいいもんだよ……うん」
立川さんとミシェルさんが何か小声で言い合っているが、僕の話じゃないだろう。
僕はトニーさんをじっと見つめて、唸った。
「この筋肉男め」
立川さんとミシェルさんをにらみつけ唸った。
「このイケメン筋肉男め」
「いけめんってなんだい?」
ミシェルさんが首を傾げた。
「男前って意味ですよ」
「お前……俺にはイケメンはつけないのか」
僕の説明を聞いたトニーさんがバカなことを言っている。そして僕のこめかみを拳でぐりぐりしてくるが、残念だったな。僕は暴力に屈して自分の主張を曲げることなどしないのだ。
それに、立川さんのぐりぐりの方が強い。
「へっ……」
ぐりぐりされながら、トニーさんを見て笑うと、彼のこめかみがぴくぴく動いた。
「てめえ……」
「へっへー! トニーさんなんて、僕とおそろいのフツメンですよ!」
「『ふつめん』の意味はわかんねえが、とりあえずいい意味じゃないことはわかる……」
彼の腕を抜け出して、逃げ回る。
僕の速度に追いつけるはずもなく、トニーさんはすぐにへばった。
ふは。
「トニーも酔っ払いにバカ真面目に付き合ってあげちゃって……」
「あいつもバカだったんだな」
「……それは言わないであげといてよ」
立川さんとミシェルさんが揃って肩を落としているが。
まったくもう。せっかくの宴会でそんな辛気臭い顔してちゃもったいないぞ!
今宵はいい夜なのだ。




