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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
五章 発想創造遭遇
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44.将来の夢と


 僕はごく一般的な家庭に生まれた実に平凡な赤ん坊であった。

 しかし、両親はすぐに違和感を覚えた。例えば、積み木をさせていても手に持った積み木で建築した積み木を叩いたとしても重ねられた積み木が崩れなかったり、父親とプロレスごっこをしていて、殴りかかったとしても叩いた音すらしないだとか。そして、極め付けにはまだ3歳だというのに、駆け足で大人の女性のダッシュを追い抜く健脚を持っていた。

 まったくもって面倒を見るのが大変な子供だっただろう。

 何か興味あるものを見つけて子供ながらに暴走をしたとしても、母親の足では追いつけないのだから。さらに言えば、――いまもそうだが――僕は小さいころから大変好奇心旺盛な性質を持っていた。

 新しいものを発見してはすぐに駆け出し、母親のもとを離れる僕に大変苦労したそうだが、毎度けろりと帰ってくるのを見て、いろいろと考えるのを諦めたらしい。

 そんな妙な子供だったものだから、両親も不思議に思って、早々にギルドに向かったらしい。

 そこでわかったのが、僕のステータスとスキルであった。


 攻撃力がゼロ。


 そのころには子供ながらに冒険者にあこがれていた僕にしてみれば、それはもう絶望した。『冒険戦隊 アドベンジャー』という戦隊モノが当時非常に流行っていたし、いずれにせよ、その戦隊モノのシリーズが終わったところで、子供向けの番組は男女ともに冒険者を題材にしたものばかりだった。

 だから、僕はその結果を聞いて、心底落胆した。

 普通に街で暮らす分には、攻撃力がないことなどなんの問題もないと、両親は逆に安心したそうだが、街から飛び出し世界の各地を飛び回り、冒険を繰り広げ、モテモテの冒険者になるのだという目標をすでに立てていた僕からすれば、もうそれは未来が建たれたようなものであったのだ。

 そんなわけで、僕は幼稚園にも行く前から「ひきこもり」となった。


 部屋に引きこもってキノコのようにじめじめと培養している僕を見て、両親は大変困った。当然、我が子が冒険者にあこがれているのも知っていたからだ。


 そこで両親は知恵を振り絞ったのだろう。


 僕の子供部屋に、ある本を置いた。それはとある新聞記者の伝記のようなものであった。

 それは、新聞記者が命の危機に晒されながらも、モンスターの脅威に日々おびえる人類に夢を与えるために、ただひたすら冒険者の行動を記録に採り続けるという内容であった。

 まさに衝撃だった。

 冒険者が活躍している動画などは僕もネットで見せてもらったりしていた。でも、その映像を得るには冒険者だけでは成り立たないのだ。

 それを撮る人があって、はじめて動画はつくられる。

 僕が冒険に夢を見られたのはその人たちのおかげだった。


 それに、その新聞記者の必死に冒険者の後をついていくさまは、ほとんど冒険だった。それで僕は悟ったのだ。人に夢を与えられて、さらに自分も未知に挑戦できる、そんな職業は冒険者だけじゃないと。

 新聞記者だって、冒険をできるし、人類を間接的にではあるけれど、助けることだってできるんだ、って。


 だから、僕は新聞記者になることを選んだ。

 それに僕の攻撃力を俊敏値に置き換えてしまうという体質は、新聞記者にしてみればメリットのあるものだった。

 まあ、紆余曲折いろいろあって、いまは夢見た冒険者として普通に活動できているんだけどさ。


『……人助け、できちゃいました』


 僕は《マミー》の群れを抜けたところで、ぽつりと呟いた。

 まだまだ僕の頭は固かったらしい。こんな場面になって、ようやくこんな方法を思いつくのだから。

 ああ、思いついただけ、マシかもしれないけれども。

 今までは俊敏値を生かすことだけを考えて生きてきたが、確かに『攻撃力ゼロ』という特徴だって、普通ではありえないものだ。つまり、それだけ人とは違ったことができる余地があったかもしれないということなのである。


「なんていった?」


 思わずつぶやいた一言に、ミシェルさんが首を傾げた。

 無意識に漏れた発言だったので、日本語で話してしまったためだ。


「ああ、すみません。ミシェルさんを助けられてよかったと思って」

「あー! 本当、君たちには感謝するよ」

「いえいえ。困ったときはお互いさまと言いますから」


 ちなみに、群れを抜けてすぐに僕はミシェルさんを抱え直して、いまはおんぶをしてひいこら走っている。

 もうすぐ森を抜けるころだ。たぶん、僕たちの後を追ってきていた赤毛のお兄さんも、あのくらいの速度だとそろそろこのへんにたどり着いているころだろう。そういえば、さっきミシェルさんがトニーと言っていたっけな?


「それはそうと、あの黒髪のお兄さんは大丈夫なのかい?」


 僕に背負われたミシェルさんが後ろから聞いてきた。


「ええ、立川さんは本当に強いですから、絶対大丈夫です。それに、いざとなったら、《マミー》から逃げ出すくらいなんてことないくらい走るのも早いですし」


 と、そんな会話をしているうちに、前方の視界が明るくなっていた。

 駆け抜けていくと、ばっと視界が明るくなって森を抜けた。

 向こうに視線を向けると、姿かたちが確認できるくらいの距離までトニーさんはすでにきていた。


「トニー!」


 ミシェルさんが僕の背中から叫んだ。ちょっと。

 感動するのはわかるけど、もうちょっと音量を下げてください! 僕の耳がいかれます。

 背負っているから、貴方の口元が僕の耳元なの。あんだーすたん?


 ミシェルさんの声に反応したトニーさんが顔を上げた。ミシェルさんの姿を視認できたのだろう。遅れて、何か向こうで叫んだ。

 ちょっと興奮しすぎてろれつが回っていないのか、僕の英語力ではなんといっているのか聞き取れない。

 僕はちょっとよろめきながらも草原を走っていく。

 ああ、ミシェルさん重い。ただでさえ大きい成人男性だってのに、ごついし、硬い革製鎧着てるし、そら重いってんですよ。

 決して僕が非力だからというわけではない。

 なんとかトニーさんのもとにたどり着くと、僕はほとんど倒れこむような形でミシェルさんを地面におろした。


「ミシェル! 無事だったのか!」


 トニーさんは男泣きしていた。ミシェルさんも片側の口角を上げて微笑んでいるが、ちょっと涙ぐんでいるのがわかる。

 僕? 僕はぜいぜいと呼吸音を鳴らしてへばっている。

 感動の場面のところ申し訳ない。


「それじゃあ、僕は急ぎ街のギルドに戻って浄化の魔道具を大量にもらってきますので、トニーさんはミシェルさんをよろしくお願いします!」


 なんとか息を整えると、それだけ言い残して僕はその場を去った。

 だって、何だか二人は感動が行き過ぎて抱き合って泣き出しそうな雰囲気だったから。欧米式?

 うん。僕はごつい漢が二人抱き合って男泣きしている場面になど立ち会わせたくないのでした。




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