43.発想の転換
わらにもすがるような形相で、赤毛の男は僕たちを拝んだ。
「頼む! 俺についてきてくれ!」
そんなわけで、ギルドで現地の雰囲気を見る前に、僕たちはギルドを飛び出し、あまつさえ街すら飛び出し、草原を駆けていた。赤毛の男に、移動がてら事情を聴く。
「お兄さん、で、どういう状況なんですか?」
「今朝もっ、俺たちは森にっ……」
少し音量を上げて聞いた僕に、お兄さんが息を切らしながら説明してくれる。
お兄さんとミシェルという、相棒の二人のパーティーはこの日もいつものように、森を探索していたらしい。そして歩いているうちに突然地面が隆起し、二人は地面から現れた大量の《マミー》に囲まれてしまったのだという。
「ミシェルが殿にっ……」
ミシェルというのが、お兄さんの相棒の冒険者なのだろう。
《マミー》が街をとつぜん襲ったら大惨事になるから、どうにかして街に知らせなくては、と言ってミシェルさんが殿をつとめて、赤毛のお兄さんだけが命からがら町まで帰って来たらしい。
「お兄さん! ここは僕たちに任せてください」
と説明をしてもらっている間に、お兄さんと僕たちの距離が開いていっていた。もうすでに一度町まで全力疾走してきたのに加えて、僕たちの速度が速すぎるせいだ。息も絶え絶えなお兄さんに僕は言った。
しかしお兄さんは首を振って、何としてでも仲間のもとに案内しきろうという意思のこもった強い目をして、ただひたすら前を見て一心不乱に走っていた。
これは中途半端な説明をしたところで、説得などできそうにない雰囲気だ。
「大丈夫! 僕の《気配察知》はレベル4ありますから、心配しないでください」
だから、僕のステータスの話をした。お兄さんは驚きのあまりずっこけそうになっている。何とか持ち直して走り出したが、その顔は信じられないものを見るようなものになっている。
まあ、普通他人に自分のステータスの話なんてしないもんな。
それか、レベル4というあまりにも突飛な数字が信じきれないか。
「立川さんがBランクなんですよ? 僕はそのパーティーメンバーだ」
そういって自信満々に笑えば、やっとお兄さんは釈然としたようだった。
僕を頼もしそうな目で見ると、徐々に速度を落としながら、僕たちに『どうかよろしく頼む!』と何度も叫んできた。僕も声を張り上げて答えたし、立川さんにしても珍しく片手をあげて返答をしていた。それだけ、彼は必死だったのだ。
……まあ嘘は言ってないからいいよね。
なんかめっちゃ僕が強くて勇敢なベテラン冒険者のようにふるまっちゃったけど。
うん。
と、お兄さんがいなくなったので、立川さんの全力疾走に合わせて速度を上げる。
《気配察知》を意識すれば、先に見える森のなかに何やら群衆が動き回っている地域を発見した。あそこが《マミー》が大量発生しているというところだろう。
そこにミシェルさんがいるらしいが、この距離だとさすがにどれがミシェルさんなのか区別がつけられなかった。何しろ、マミーは人型なので気配だけで区別するのは近くにいたとしても困難だ。遠方の気配は、霞がかったようにぼんやりとしか感知できないので、やっと森が目視できるくらいのこの距離ではつらいものがあった。
「こっちです!」
立川さんを先導して、森に入る。森に入った瞬間、肌に湿気を感じた。湿った土の臭いもひどく鼻についた。日本にいるときと比べてそのギャップが多いように感じる気がするのは、ヨーロッパの方が日本より感想しているからか。
木々を避け、湿って少しゆるくなった土をぐにゃりと変形させながら走っていく。
やっと木が開ける、広場の気配がする、そこに《マミー》は大量発生していた。通常、アンデッドが現れた場合、何で感知しているのかまだ判明していないが、とにかく何かしらの力によって生者を感知して、一目散にそこに向かっていく。その《マミー》の集団はいまだ広場でもみ合っていた。
つまり、まだミシェルさんがそこにいる、ということだろう。
思わず口角が上がった。まだであったこともない他人でも、救える命があるのなら救えた方がずっと気分がいい。何より、間に合えたのが嬉しかった。赤毛のお兄さんに『まかせろ』と言って来たからね。
「立川さん! まだ、生きてます!」
僕は振り返って叫んだ。いくつかの個体が僕たちの存在に気が付いたように、集団から離反している気配がする。
もうそろそろ、だ。
僕たちの視界にちらりと黄土色や黄ばんだ白の包帯が移った瞬間に、僕は爆発的に速度をあげ、立川さんをおいて駆け出していた。
そして勢いをつけて、集団の真ん中に飛び込む。
真ん中に、緑色の服を着て茶色の革製の防具を身に着けた金の短髪の男がいた。
気配で察知できていたのだ。その男は、足を怪我したように引き摺って、一応戦ってはいたがもうすでに死にていだった。
ミシェルさんが後ろから襲いかかられそうになっているのを目視できて、僕は息を吸って叫んだ。
「ミシェルさん! 後ろ!」
びくりと跳ねるように、反射的に僕の言葉に前方に飛び込んだミシェルさんがでんぐり返しの要領で地面を転がった。足からは大量の血が出ていた。
もう歩くだけでもつらそうだ。
その動作が負担になったのか、ミシェルさんは立ち上がろうとして、足から力が抜けてしまったようにカクンと座り込んでしまった。
「っつ!」
僕は座り込むミシェルさんの襟元を掴んで、力任せに体を引っ張った。それで何とか、前方からミシェルさんに迫っていたマミーの攻撃から避けられた。立川さんのように軽々とは行かないなぁ……。
自分の非力さが嫌になる。
でも、苦笑しながらも絶望しないのは、すでに立川さんの姿が僕たちのすぐ上にあったからだ。
僕のようにジャンピングしてここまでやってきてくれたらしい。
「なんだかんだで立川さんって優しいですよね」
「うっせ」
思わずおかしくなって口に出すと、立川さんは顔を諫めた。
そんなやりとりをしながらも、立川さんは僕たちの横に降りたった瞬間には、その大剣を自身の身体を軸に円を描くように振るった。その一撃で、周囲二メートルにいたマミーは細切れになった。
「っち、さすがにアンデッドはしぶといな」
立川さんが舌打ちをした。そんな風に細切れになっても、手足がバタバタと動いているし包帯はお好み焼きに載せたかつおぶしのように揺らめいて、自立して動いている。
「君たちは……?」
呆然としていたミシェルさんがやっと声を発した。声はすっかり憔悴しきって、息もぜいぜいと音が混じっている。
「赤毛のお兄さんに呼ばれて、援軍に来ましたよ」
「トニーが……そうか、間に合ったんだな……」
「ええ、安心してください。見てのとおり、立川さんはお化けのように強いですから」
嬉しそうに涙ぐむお兄さんに僕はにこりと笑った。
見れば立川さんは僕たちの周りに近寄ろうとするマミーを連続してずっと切り捨てていた。圧倒的である。
とはいえ、大量発生しているマミーの群衆から抜け出せそうにない。僕については戦力にならないし、武器が大剣とはいえリーチはせいぜい2メートルしかないし、それにアンデッドなだけあってやたらとしぶといから、殲滅しきることができない。
立川さんと僕だけなら、速度だけで切り抜けられるが、この人を担いで、となると少々厳しいものがあるかもしれない。
これはちょっと絶体絶命なのかもしれない。どうする!?
僕はそこでひらめいた。
僕のステータスの特徴は? そう、攻撃力ゼロである。
ついおとといの事である。『栄光の散歩道』の三人を轢いてしまったとき、三人はもちろん無傷であった。そのとき、車はどうだった?
思い出すんだ。そう、車にも何事もなかった。
つまり、僕の攻撃はなかったことにされる。ということはだ。すべてがないことになるんじゃないか?
「これは賭けになるんですけど、いいですか?」
「よろしく……頼むよ。……どっちにしろ、何もしなかったら僕は死ぬ」
ごくりとつばを呑み込んで提案する僕に、ミシェルさんは穏やかに微笑んだ。
ならばよし。
僕は遠慮することなく、むんずとミシェルさんの両手首をつかんだ。そしてマミーの対処をしてくれている立川さんに向き直って、叫んだ。
「じゃ、行ってきますんでここはよろしくお願いします!」
「おお、行ってこい」
僕はぐっと腰を落として、掴んだミシェルさんを右の方向に引き摺りだし、そのまま遠心力を使って、ぐるんぐるんとミシェルさんを回しだした。そしてミシェルさんをぶん回しながら走る。ミシェルさんは僕の金棒である。鬼の金棒のように遠心力を利用してぶん回す。
「へ!? はぁっ!?」
ミシェルさんが困惑の声を上げているが、そのまま走る。
悪いけど、僕の筋力はそんなにないから説明している余裕がないんだ。
ミシェルさんの身体がマミーにぶち当たった。
「はあああ!?」
ミシェルさんが叫んだ。
よかった! やっぱり、ミシェルさんは何事もなく生きている。つまり、そういういことなのだ!
僕は賭けに買った。
20~21時くらいの更新にします。




