42.不謹慎ながらあの日の目標を達成しました
僕はハイテンションのまま街を歩いて行った。
こうして冒険者が拠点を移動する際、最初に訪れるのが『冒険者ギルド』だという。『ハウトゥー冒険者』という本にそう書いてあった。
だから、僕たちはこの街に着いて河内さんと別れてから、実は冒険者ギルドに向かっているところである。立川さんは、別に冒険者ギルドに行かなくても、なんてめんどくさそうな顔をしているような気がしないでもないが、僕は気にせずハイテンションのまま歩く。
「お、見えてきましたね」
中央通りを進んでいけば、盾に剣でおなじみの冒険者ギルドのマークのついた看板が見えてきた。建物の二階部分に木製の大きなそれがつけられていた。
人込みのなかを進んで、冒険者ギルドの建物に入る。
世界中がひとつの組織としてまとまっている冒険者ギルドの支部という形になるわけだが、ヨーロッパのこの建物は僕が今まで日本で見てきた冒険者ギルドと比べて何だかおしゃれに見えた。
太めの板を使ったフローリングだからだろうか。
観葉植物が置かれているからだろうか。
僕に芸術的なセンスはないので、そのへんのことはわからないが、ひどいところだとプレハブのようなやすっちいつくりをした日本の支部と比べるとこれはまた随分とおしゃれな気がする。
受付は……と、視線を向けたところで僕はひとりちょっぴりがっくりきてしまったけど。
金髪の美女が受付にいるかと思いきや、三つある受付にはイケメンのお兄さんと、やたらマッチョのおじさんと、スキンヘッドの人相の悪いおじさんしかいなかった。村山受付嬢の仏頂面を恋しく思う日がくるとは。
とりあえず、マッチョのおじさんは暑苦しいし、スキンヘッドのおじさんは怖いので、消去法でイケメンのお兄さんのもとへ向かうしかなくなった。
「えくすきゅーずみー……」
そう、にこにこ微笑むお兄さんに話しかけようとしたところだった。
『大変だ! 《マミー》が出た!』
突然ギルドの扉をけ破るような勢いで飛び込んできた男がそう叫んで、談笑でざわめいていたギルド内が静まり返った。
「まみー? お母さん?」
マミーとは、ヨーロッパではお母さんのことを指すのではなかったか。お母さんが出たからといって、ギルドが静寂に包まれるほどの衝撃になるだろうか。もしかして、このあたりには、有名な恐怖のおかんが出没する?
困惑のあまり思わず内心の疑問が口から漏れ出てしまったのだが、ギルド内が静まり返っていたため、小声であるはずの僕の呟きはやけに大きく響いた。
『ちっげえよ! さてはお前ジャパニーズだな!?』
飛び込んできた男が、伸ばした赤毛の三つ編みの束を振り回して叫んだ。
この男も冒険者の例に洩れなくマッチョなので迫力がすごい。
眉間からそばかすのある鼻に渡るまで皺をよせて僕を怒鳴りつける男に、やっと認識が追いついてきたのかギルド内が騒然とし出した。
『マミーはミイラだよ! これだからジャパニーズは!』
そうだったー!
僕は自分のうっかりさに嘆きながらも、興奮して詰め寄ってくる赤毛三つ編みの男に若干後ずさった。
そりゃそうだよな。冒険者ギルドでマミーって言ったら、包帯巻かれた乾いた死体の方のマミーですよね! なんでママンの方だと思ったのだ僕。
でも仕方ないじゃないっ!
英語の細かな聴き取りとかは苦手なんだもの! 日本人ならきっと誰でもそうだよ。ね! ふと後ろに立つ立川さんの方に視線を向けてみれば、心底呆れ返ったような顔になっていた。
その顔は優に語っている。
――それくらい、当然だろう、と。
はい、僕なんかの英語力を日本人の標準だとか言って、すみませんでした。
『大変じゃないか! マミーと言ったら最低でもCランクは必要になる』
騒いでいる冒険者たちのなかの誰かが叫んだ。
僕に詰め寄ってきていた赤毛三つ編みがその誰かに向かって叫び返す。
『それだけじゃない。マミーの群れが続々と現れてる! たぶん、未発見のカタコンベか何かがあったんだ……』
『そんな! 群れだなんて……』
赤毛の男の追加情報に、ギルド内の騒ぎは更に大きくなった。
僕が何とか騒ぎの内容を聞き取った限りでは、もともとアンデッドの中でも動きが素早く単体でも強い《マミー》だが、群れで発見される《マミー》はとなると一段と強いらしい。
何故ならば、それだけの群れをつくれるほど大規模な墓がそこにあり数が多いだけあり怨念が溜まりやすく、非常に粘り強いからだ。
更には大規模な墓から大量に出てくるということはきちんと死体が浄化などの処理をされていない時代のものということである。
つまり、長い間発見されてこなかったため、年月をかけ個体として強くなっていることが多い。
近年でも稀に死体の処理が不十分でアンデッドになってしまうこともあるが、それはミスの範囲であり、つまり群れで現れることなどないのだ。
そんな凶悪な《マミー》の群れと対峙するためには最低でもBランクの実力が必要。しかし、こんな田舎の港町にBランクの冒険者などいない。
なるほど絶望的な状況というわけだね。僕はなんとかそこまで把握した。
『情報をギルドに伝えろと俺を逃すために相棒が……ミシェルがあの場に残っているんだ! 誰か助けてくれ!』
必死の形相で赤毛の男が叫んだ。
僕はその時、反射的に立川さんの胸ポケットからギルドカードを奪っていた。
そして、そのカードを掲げて腰に手を当てる。
「そういうことならば! この僕たちのパーティがお助けに馳せ参じましょう!」
立川さんのBランクカードが、光を反射してキラリと光った。
僕の頭の中では、不謹慎ながらもご老公が黄門なBGMが流れていた。




