40.旅立ち
インターホンを押すと、すぐに河内さんの声が聞こえてきた。
「おお、立川さんと清水さんじゃないか!」
インターホンのカメラから通してみたのだろう。僕たちと認めるとずいぶんと嬉しそうにしている。
ぷかぷかと浮かぶ無表情な人形からハイテンションな声が聞こえてきてギャップがすごい。
そんなことを思って人形をつい凝視してしまっているうちに、静かに大きな門が開いた。これも自動とはさすが金持ち。こういうところにハイテクを使う、見せびらかさない感じがガチのセレブという感じがします。
僕ならきっと門を金ぴかにするとか、成金趣味に走ってしまう。
門を通って相変わらず豪華な屋敷に入ると、出てきた家政婦のおばさまに前回と同じ応接間らしき部屋に通された。すでに河内さんは部屋に待機していた。座っていたソファから立ち上がると、わざわざ僕たちを向かいに備え付けられた入口側のソファに座るよう勧めてくれた。
すっごい会社の社長だろうに、こんな冒険者を丁寧に扱ってくれるなんて、心まで余裕あるセレブイケメンである。さすが河内さん。いろいろな面で乙女の憧れになるだけある。
「そちらの風呂敷が?」
わくわくとした表情の河内さんに尋ねられて、僕はすぐにTレックスの骨を渡した。喜んだ河内さんが握手していた手を引いて立川さんをハグした。おお……喜びの表し方が欧米だ……。
僕は何となくさっと振り返った。あの日の思い出が僕の背中にぞっと何かを走らせる。
大丈夫大丈夫。もう《餓鬼》はいない……ホモォはいないんだ……。
なんとか自分を落ち着けて、河内さんと立川さんの会話を聞く。
「――という感じで大丈夫かな?」
「十分です」
僕がホモォの影におびえている間に、一番大切な報酬の話題が終わってしまったらしい。
なんということだ。
いまさら蒸し返すというのもなんだ。僕は結局黙っているしかなかった。
「――それでね、私はもう明日には海外に行くつもりなんだけども、今回はいきなり無茶な依頼をしてしまったからお詫びをしたいと思って。どこかに行くときは私に声をかけてくれ、いつでも船のチケットを手配する」
そして、唐突な河内さんの話題転換に僕は目をむいた。
『それでね』っていま前後のセリフになんのつながりがあったの? 接続詞の使い方間違っていませんか? 接続詞って何かいまいち把握してないけど。
でも、素晴らしいね! とっても素晴らしいね!
「ありがとうございます!」
棚ぼたな檄レア報酬に立川さんが驚いて言葉を失っている間に僕が立ち上がって頭を下げた。
もらえるものはもらっとけである。
河内さんの気が変わらないうちに、もらうことを確定させてしまおう。船のチケット――それも『河内貿易社』のもの――なんて、今のご時世ものすごい価値を持つ。そもそも大昔と違って海外に行ける手段が船旅しかないから、普通に富裕層が海外旅行に行こうとチケットをとろうと思っても、予約が一年先まで埋まっているとかそういうレベルなのだ。つまり、貴重。ということはそれに応じて、めちゃくちゃ高価。そのチケットをぽんとくれるだなんて。
さすが河内さん、太っ腹!
僕は瞳をきらきらさせて河内さんを見た。
「ちょうど僕たちも拠点を移そうかと考えていたところなんです! ね、立川さん!」
ばっと立川さんの方を振り向けば、立川さんはちょっと引いたようなポーズで曖昧にうなずいた。曖昧とは言ってもうなずいたもんはうなずいているのである。
「あ……ああ、でも次の拠点はまだ決めてなくて……」
ちょっと立川さん! バカ正直にそこまで言わなくていいよ!
これで船のチケットがもらえなかったら残念ってどころじゃないよ。僕は慌ててフォローに回る。
「あああああ! でも、とりあえず強いモンスターがたくさんいるとこならどこでもいいって話をしていたんですよ! ね! 立川さん!」
「……そうだな」
僕のフォローは功を奏した。幸いにも立川さんに否定されることはなかったのである。まだ具体的に拠点の移動の話をしたことがなかったが、これまで雑談としては『立川さんのレベル上がりませんねーもうちょっと強いところ行かなきゃですねー』という話題くらいは出ていた。基本的に空気が読めない立川さんであるので、普段の雑談に感謝するところである。過去の僕、ぐっじょぶ。
「うん。それなら、私はこれからヨーロッパに向かうところなんだけど。護衛も兼ねて、ご一緒にどうかな?」
こうして河内さんに、嬉しい提案を受けられた。なぜだか苦笑しているが。
僕はもちろんものすごい勢いで頷いた。
◆
僕たちは立川さんのところを辞すと、すぐに荷物をまとめにかかった。
宿に置いている荷物は少ない。というか、記者としてすぐに移動できるようもともと僕の荷物はほぼない。なのですぐ終わった。
荷物はボストンバックひとつにまとまってしまった。重要な小物はリュックに放り込んだ。
出立は明日10時頃だ。ヨーロッパに行くとのことだが、南を回るルートを通るらしい。アジアの方を通って行く、いわゆるバスコダルートである。大昔の偉人が由来らしいが、詳しいことはわかっていない。
なんでもこの航路を切り開いた人物なのだとか。
しかし、早々に準備が終わってしまった。どうしよう。
暇になってしまった。耳を澄ましてみると、立川さんも荷物をまとめ終わったようだった。僕はひとあし先に部屋を出て、ロビーで待機することにした。この調子では、立川さんもすぐ出て来るだろう。
と、その前にフロントで宿を出る手続きをする。ちょっと先の予約のキャンセル分が無駄になってしまうが、船代に比べたら屁でもない。
手続きを終えて、ロビーのぼろいソファにもたれる。
三十分もしないうちに立川さんの姿が現れた。彼もフロントに向かうと手続きをしているようだ。その肩には僕のボストンバックより少し大きめのサイズのものがかけられていた。でも、それでも十二分に気軽に持ち運べるサイズだ。
立川さんのこれまでの行動からして、きっと彼も僕と同じようにすぐにどこかに旅立てるようにしているのだろう。
僕に報道されるまでは隠れて活動していたようだし、生い立ちから人を襲わせようとする声の主を探しているようだし。ああ、世間に見つかってしまわせてしまったのはちょっと申しわけないかなとは思う。
僕はやることがなくて根無し草で、立川さんはやることの為に根無し草であった。
結局は似た者同士なのだろうけど。
でも僕には攻撃力がなくて、立川さんには詮索能力がないという真逆の性質を持つのだから、やっぱり『|Add and halve《足して二で割る》』で間違いない。
改めて立川さんの無駄にいいネーミングセンスに感心しながら、僕は思った。
それなら、僕もその目的に乗ってみるのも楽しいのではないかなって。




