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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
四章 まず旅立ち、島飛び立ち
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39.芸術の朝


 起床した。


 僕はカーテンを少し開けてまだ外が薄暗いことを確認する。隣の部屋からはいびきが聞こえてくる。立川さんってば、いびきがデカい日はものすごくデカいのだ。

 そしてほくそ笑む。この様子だと、立川さんは気が付いていないようだ。

 昨晩、僕は闇に紛れてミッションをコンプリートした。そう、立川さんの部屋に忍び込み、顔にものすごい落書きをしてきてやったのだ。ふっふっふ……。

 僕は記者として立川さんの行動を観察ストーキングしていた時期があったので、毎朝の習慣についても熟知している。朝起床すると立川さんは顔を洗うのだが、その際わざわざ風呂場まで行って朝シャン並みの豪快さで顔を洗うのだ。その後、髪をぶるぶると振るって水気を切るのだが、あれは事情を聴いたいまなら犬の親子さんの影響なのかもしれない。

 そしてこの宿の風呂場には今回ばかりは気の利いたことに、鏡がない。

 ベッドの横に備え付けられた化粧台には鏡があるのだが、そんなものをわざわざ立川さんが見るはずがないことも僕は知っている。


 そうそうに服を着替えると、僕は部屋の扉の前で靴まで履いて待機した。


 ここで耳をすまして、立川さんが部屋からでるのを見計らって僕も部屋を出るのだ。僕は静まり返った朝の宿で耳をそばだてる。腕時計で時間を確認すると、4時50分ごろだった。うむ。そろそろだな。

 壁越しに聞こえてきていた立川さんのいびきが止まった。そして、すぐにシャワーの音が聞こえる。というか耳を澄ましているとめちゃくちゃ隣の部屋の音がクリアに聞こえてくるのだけど、この宿。こういうときには都合がいいけど、宿としてはどうなのだろう。

 シャワーも終わって、着替えたのだろう。立川さんがドアの方に歩いてくる音がする。そして、ノブに手を置き、扉を開けたであろう瞬間に、僕もノブをひねって外に出た。


「おっはよーございます!」


 ぷーくすくす。ハイテンションであいさつをしながら、立川さんの顔を何気なさを装ってみれば、見事な僕の芸術は残ったままであった。

 顔面の落書きに気づかず部屋を出たのである。しっかり耐水性ウォータープルーフがある油性ペンを使ったので、顔を洗われても落ちない。さすが僕、作戦勝ちである。


「やけにハイテンションだな」


 しかし作戦の成功にテンションが不自然に上がりすぎてしまったようだ。立川さんに不審がられてしまった。慌てて僕は笑った。


「はっはっは! そりゃ旧国道跡から無事に帰ってこられたうえに、今日は河内さんから報酬をいただける日ですからね!」


 僕が金にがめついことは立川さんも承知のことだ。


「そうか」


 案の定、呆れたような顔をしているものの、特に疑問にも思われず納得していただけたようだ。

 よーし、このまま街を歩いて恥をかけー。

 僕は立川さんから見えない角度でにんまり笑った。



 宿から出て街に繰り出した。いつも朝食を食べにいっている食堂を目指すらしい。

 あすこはちょうど大通りを通るんだよな。僕はほくそ笑んだ。

 まだ朝も早い時間ながら、大通りなだけあって結構な人影がいる。そんな人たちは立川さんの顔面の落書きに気が付いたらしい。チラチラと立川さんの顔を見る人や、通り過ぎながら


「おかあさん、あのひと――」

「しっ、指ささないの」


 街のひとにざわざわされて、やっと立川さんは違和感を覚えたらしい。スマホを取り出し、インカメで自分の顔を確認して――


「お前ッ――!」


 ぶちぎれた。


「うっはっはっは! 気が付かないでやんの!」


 爆笑する僕を追い回すが、僕は一気に速度を上げて距離を引き離した。そして途中で《隠密》を発動させた。気配を消した僕を見つけられまい。ふふーん。

 僕は爆笑を抑えるように腹を抱えながら、屋根の上で僕を探し回っていかる立川さんの姿を見下ろしていた。


 ぷーくすくす。





 しばらくして立川さんは僕を見つけ出すのを諦めたらしい。

 肩を落として宿に一度戻った。くっくっく。いい気味でした。

 僕は朝からとても幸せな気分である。


 宿から再び出てきた立川さんは僕の芸術的な落書きを消してしまっていた。

 すごいペンを使ったはずなのだけど……立川さんのことだから、力技で落としてそうだよな。

 それから、気を取り直して食堂に再度向かうようだ。僕は気配を消してその後を尾行していった。


「わが身を振り返りやがれですよ立川さん」


 そして、ズビシと指差ししながら、朝食をいつものところで食べている立川さんのもとに僕はひょっこり帰って来た。


「お前な……」


 おでこに手を当てふっかい溜息を吐いた立川さんであったが、首を振って諦めることにしたようだ。そうだそうだ。悪いのは立川さんなんだからな! 恒常的に命の危機にさらされている僕と比べたら、こんなの可愛いもんである。


 と朝食を食べ終わったところで、さっそく河内さんのところへ向かう。

 昨日は遅すぎてさすがに訪問できなかったのだ。すでに夜の間に連絡は入れてあり、朝には返信がきているのでアポも完璧である。

 街はやっと起きだしたようで、人の往来が激しくなってきた。


 この間餓鬼を退治したときはインターホンというか、インターホン人形にやたらとビビってその周辺に目を配ることができなかったが、冷静に見てみると流石の河内貿易社という感じである。

 こんな豪邸を持つ社長から報酬をいただけるんだよなぁ。

 僕はうっとりしながら、前回とは違って余裕を持って宙を漂う金髪のお人形を指で押した。



19時更新or 20時更新 どちらがいいのでしょうか?

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