3.不思議な力
それから僕はあの男前さんの存在に気をつけながらも、次のスクープを狙って市場で情報収集をする毎日を送っていた。
そんなわけで防具屋の前で物色だ。
ふむ。新入荷のものは、と。
「お、ぬるかべの盾か」
《ぬるかべ》とは、突然ぬるりと道に現れ行く手を遮る妖怪系のモンスターだ。簡単には斬られないほどの固さをもっており、防具の材料として定番となっている。弱点の目玉が非常に小さく、狩るのには相当な技術を要するのだが。
「おじさん、ぬるかべを入荷できるなんてすごいですね!」
店先に出てきていた店員であろうおじさんに話しかける。最近狩られたものなのであれば、それを狩った冒険者がいることになる。こうやって情報を地道に集めるのだ。
「そりゃ俺が狩ったからな」
しかし、僕に言葉を返してきたのは店のおじさんではなかった。
店の奥からぬっと現れた男。
「げっ」
その男の姿を認識した瞬間に駆け出そうとした僕だったが。
「おっと。もう今回は逃がさねえからな」
にやりと笑った男、――そう前のあの男前さんに捕まえられてしまってそれは叶わなかった。
なんてこったい。どうやら僕はまんまと男前さんの罠にかかってしまったようであった。
◆
「なんだってそんな逃げるんだ」
またしても椅子に縛り付けられた僕は、呆れたような様子の男に見下ろされていた。
「だから言いましたよね。僕は弱いんです。冒険者としてパーティーを組むなんて無理ですから」
「だから俺は別に戦闘力なんて求めちゃいないんだよ。テメエの能力を買って言ってるんだ」
「僕の能力?」
「そう。あんな森の深いところに来れる能力が少なくともあるんだろうよ。しかも俺を尾行する余裕まであると」
「だ、それは……」
「ん? それはって? ここまで来てもう逃げはしねえよな? 俺はテメエに死ねと言ってるわけじゃないんだ。虫避けになった上で俺について来れる能力があればいいと言ってんだぞ」
僕は思わず男前さんの顔を見つめた。
そんな条件でいいのだろうか。それでは僕の方に好条件すぎる気がする。これでは僕が所謂『たかり』みたいな状態じゃないか。まったく戦わずに、ただパーティーにくっついて行って経験値だけいただくとかいう。
それに僕は記者だ。森の奥に護衛つきで行けるようなものだろう。森の奥の情報となれば冒険者の誰もが望むものだ。
確かにこれだけの条件を提示されて断るような馬鹿な者は普通いないだろう。うん。そう――普通は。
「む、無理です」
「ああ!? テメエ馬鹿か?」
すごい勢いですごまれた。思わず僕は涙目になる。
でも僕だって、好きでこんな怖い思いまでして断っているわけじゃない。
「違いますよ! そこまで言うなら僕の右胸の内ポケットに入ってるカード見てください!」
意を決して叫んだ。
男前さんは虚をつかれたようできょとんとした表情になっている。しかし、僕の提示したものを見ればそれはすぐに納得の表情に変わることだろう。
「あ? なんだよこれ、お前ギルド入ってんじゃねえか……!」
訝しげな表情で僕の上着の中に手をつっこんだ男は、ポケットから取り出したものを見て驚いた。そう、そこに入れているのはギルドカードである。自動車の運転免許証のような使い方の出来るそれは、冒険者ギルドの一員である証であり、表面には顔写真とともに僕の名前とランクであるGという文字が刻まれている。
当然、Gランクとは一番下の雑魚ランクである。ゴキブリランクとも言われ馬鹿にされる。ゴブリンランクなんて俗称もある。何が言いたいのかと言えば、Gランクの冒険者はゴミのように扱われているということである。……ゴミの頭文字もGだったね。
なんだかGというアルファベットが可哀想に思えてきた。やめろ! 彼には何の罪もないんだ!
そして、このギルドカードの裏側にはステータスが記されており。
当然のように僕のギルドカードを裏返した男前さんは、そのステータスを見るや口を開いた。
「……これ壊れてねえよな?」
「だから言ったでしょう! 僕の弱さ舐めんなって! 攻撃力ゼロだって!」
「……なんか、すまん」
思わず涙ぐんだ声で怒鳴った僕は脅されていたはずの相手から謝られてしまった。
泣くよ。僕泣いちゃうよ。
22世紀のはじめ、モンスターが地球上に現れたのだが、そのときの変化は恐ろしいもので、世界中の博物館などに飾られていた恐竜などの骨がまるで封印を解かれたように動き出したり、動物園の猛獣などが突然変異して――例えばライオンがいきなりグリフォンになったとか――世界が混乱の渦に巻き込まれた。
そのときの変化は当然動物だけに及ばず、人間にも訪れたのだが。
そのひとつが、このステータス。
大昔にはフィクションのゲームの世界にだけあった自分の能力を数値化して見ることが出来る『ステータス』というものが普通になった。
そして、合わせて特殊能力。
俗に言う『スキル』というものに目覚めた。これはステータスに記されるのだが。
冒険者ギルドで発行されるギルドカードは『ステータス観覧』という特殊能力に目覚めたギルド職員によって、発行されるものである。そして、もうおわかりだろう。
ギルドカードの裏面には、その個人の『ステータス』が記述されているのだ。
よって、男前さんが見たのは僕のステータスであり、それがさっきまで怒りを向けていた相手を思わずなぐさめてしまうほどのひどいものだったということになる。
泣くよ! もう僕泣いていいですか!
「《ステータス》ぅ……」
僕は床を見つめながら呟いた。
ほら、久々に見たら変わっているかもしれないしね。……ね!
ステータスが変化しているかもという一寸の希望の光にかけて僕は一応自分でもしっかり確認しておくことにした。
ふわりと視界の真ん中に白色の半透明の文字が浮かび上がった。
◆ステータス
名前:清水 洋介
種族:人間
性別:男
Lv:1
HP:56
攻撃力:0
防御力:38
魔力:200
俊敏値:556
特殊能力:《隠密》Lv.4
《俊敏》Lv.3
《気配察知》Lv.4
《慈愛の心》Lv.5
やっぱり変わってなかったぁー! ええ、わかっておりましたとも。
僕の能力のカスさなど。
「だから言ったじゃないですかぁ……」
ポタリ。目からよだれが垂れた気がした。
Lv.1の成人男性のステータスの平均値は大体50である。もう一度言おう。標準が50である。
モンスターと戦わなかったら『経験値』は得られないので当然レベルは上がらない。だから、街で暮らす一般市民の値は50が平均なのである。それが普通くらいなので、日常生活を送る分には全く不都合がない。
しかし、見よ。この僕のステータスを。
「攻撃力0って……」
男前さんが呟いた。
言うな。わかるだろう。
僕はうなだれるようにうなずく。
「試しに僕の右手だけでも解放してみてくださいよ」
「あ、ああ……」
男前さんが僕をくくりつけていた縄の一部をほどいてくださった。僕は解放された右手の拳を振り上げると、全力で男前さんに殴りかかった。
異様に高い俊敏値でもわかるように、僕の拳は風を切る音を鳴らした。そしてそれは男前さんの顔に直撃。反射で目を見開く男前さんであったが、何も起こらなかった。
殴った音が響くこともなければ、男前さんが痛みに呻くこともない。
「攻撃力0か……」
気まずそうに男前さんは言った。
「はい」
確かに殴ったはずであっても。相手に一切のダメージを与えない。
そんな不思議現象こそが攻撃力0の力である。