表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
四章 まず旅立ち、島飛び立ち
39/62

38.帰還


 ギルドを出た僕たちは、宿へ向かった。荷物はすでに車に載せてあるけど、一晩泊めてもらった恩だ。きちんと挨拶くらいはしたかった。

 もう少しゆっくりするか、とか思っていたのだけど、河内さんからの依頼もあるからな。それに、立川さんは何だかうずうずしているし、そろそろ拠点などいろいろ変化しなきゃいけない折に立っているのだろう。

 宿で『栄光の散歩道』の三人と、女将さんに挨拶をして、僕たちは小田原を発った。


「はー楽しかったなぁ」


 僕は運転しながらしみじみと呟いた。

 いつものちょっとした遠征だと、どたばたアドベンチャーという感じで心拍数が上がっているうちに終わっているという感じなのだけど、今回の遠征は、確かに序盤はかなりどたばたではあったけど、宿に温泉に、と旅らしきものを楽しめた気がする。

 温泉まんじゅうも買えたしね。


「……」


 立川さんが軽口を聞かないので、助手席の方にちらりと目を向ければ、珍しくうとうとと夢の世界へ旅立っているようだった。

 まったくもう。

 うん。考えれてみれば、一日で旧国道を打破して――その間にはもちろんものすごい数のモンスターを屠ってきている――『栄光の散歩道』を助けて富士見の温泉に入り、さらには小田原に誘われて、これはのんびり観光か? なんて思っていたのに、次の日にはダンジョンひとつ攻略した後にすぐ旧博物館を探索することになるんだもんなぁ……。

 いや、そりゃ疲れます。

 そして当然僕も疲れております。……というか、モンスターに追い回されて運動量は俄然立川さんより多かった気もするのですが。

 ねえ。

 僕はいらっときてしまった。眠っている立川さんの鼻をつまむ。……攻撃力がないので、なんの意味もなかった。立川さんは幸せそうな顔で眠っている。

 息が苦しくなって呻きだすとかしてほしかったのに。

 こんなときこそ、自分のステータスが憎い。攻撃に見なされないであろう、顔への油性ペンでの落書きとかをやりたいところだけど、あいにくといまは運転中なのでそんなことをしている余裕はない。

 うっそうと茂った森で結構な速度を出して走っている。

 僕ほどの俊敏値がなければ、こんな速度で運転していたら反応速度も動体視力もおいつかないだろう。

 そして、落書きをするために車を停車させればさすがに立川さんが目を覚ますだろう。

 発砲ふさがりだ。

 僕は唸って肩を落とした。嫌がらせは帰ってからにしよう。そうだ、立川さんの好みはガチムチのおっさんだといういわれもない噂を流してやろう。ふふふ……僕だって腐っても元新聞記者。それくらいできる、……はずだ。

 そんなわけで僕はひとり寂しく、夕暮れに近づく森を運転していくことになるのだった。会話もないので、とても寂しい。

 と、そこでセットしてあったマップアプリがぽーんと音を鳴らした。


「《4km先、右方向》」


 合成された女性の声がナビゲートする。


「……ナビ相手じゃなぁ……」


 ナビ相手に話しかけている自分を想像しかけて、やめた。

 それは本当に寂しすぎる。





 帰って来たぜ横浜ー!

 僕はぶるるとエンジンを鳴らして、宿の駐車場に車をとめると内心で叫んだ。時刻はすでに11時を回っているので、叫んだらご近所迷惑になるのである。

 というかそれ以前に突然叫びだす人とか、ただの不審者である。


「……悪かったって」


 あれからずっと寝つづけて、ちょっと前にやっと起きた立川さんを恨めし気に見ていると、なんと素直に謝った。これは槍が降るかもしれない。

 しかし謝られたら仕方ない。僕は大人だから許してあげよう。

 噂を流すだけにしといてあげるよ!


「僕に攻撃力があれば……」

 

 思わずうなりながら呟くと、立川さんがにやりと面白そうに笑った。


「あったら、今頃殺人者として指名手配されていたな。Cランクパーティーを皆殺し! 凶悪殺人鬼は元新聞記者!? って見出しの記事があがったりして」


 う。

 僕は思い出した。そういえば、助けられたってなあなあになっていたけど、実質僕はあの『栄光の散歩道』の三人をひき殺しかけたんだよな。殺人未遂である。訴えられたらどうなることやら。

 いや、僕には攻撃力がないのでどうあがいてもはじめから殺人なんてできませんよとしれっと言えば大丈夫なのだろうが。

 それをしたら僕は終わりな気がする。なんにせよ、あの出来事は僕がこれまで生きてきてほぼはじめてと言っていい、攻撃力がゼロで本当によかったと思った瞬間である。


 ……ってそうじゃない!

 危うくごまかされるところだった。いまはそういう話をしていたんじゃないだろう。僕がどうやって立川さんにいやがらせをすればいいのかという話であったはずだ。

 攻撃力さえあれば、すねをげしげしと蹴り続けるとか、すねにガムテープを張って一気にはぐとかいろいろできるのに。

 やっぱり、即時的な嫌がらせは顔への落書きくらいしか思いつかない。貧弱な発想力しか持たない僕の脳みそが憎い。

 ののしりだしたくなるのを抑えつけて、僕は不審に思われないよう、自然に切り出した。


「……宿に帰って、寝ましょう」

「そうだな」


 僕はみけんのしわを揉んだ。さっさと寝るのだ。立川さん。

 君には僕の気配を察知できまい。つまり、顔面は無防備なのだよ。ふっふー!


 男前な顔をひどい有様にしてやる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ