36.仕返し
ありがとうございます、固定具さん。
僕たちは貴方のおかげで非常に楽にスケルトンTレックスが倒せたばかりか、貴方を売ることで高額なきゃっしゅーを得られそうです。ワンダフル。
貴方との出会いに感謝します。
僕はるんるん気分で固定具さんたちを、鞄から取り出した風呂敷に詰め込んでいく。
もちろん、固定具さんを床や天井から取り外したのは立川さんだ。僕には攻撃力がないので、それらを壊すことなどできないのである。立川さんはというと、飛び蹴りややくざキックで周囲のコンクリートを砕いて金属部分とそれにくっついた周囲のコンクリートを削り出してしまった。
Tレックスを繋ぎとめておける強度のあるコンクリートであるはずなのに、蹴りのひとつで粉砕してしまうとは、さすが自他ともに認める人外の脚力である。
「これで全部ですね」
僕は気配を探りながら言った。天井に四つ、地面に四つの固定具が備え付けられていたが、そのどれもがすでに回収済みだ。
Tレックスに出会う前、固定具の存在に気づいてなかったくせに今になってなぜ気配を感知できるのかと問われると耳が痛いが、早い話僕が勘違いしていただけだ。
スケルトンTレックスなんて大物にこれまでの記者人生で出会ったことなどなかったため、どんな姿形であるかなんか詳細に知っているはずがない。
僕は固定具まで含めてスケルトンTレックスの骨の一部だと勘違いしてしまっていたのだ。
ただ、今はもうスケルトンTレックスは崩れ落ち、持ってきた風呂敷のなかに回収されているので、固定具かそうでないかの判別は用意なのである。
「んじゃ、ギルドに行くか」
床を見て固定具を探していた立川さんが顔を上げた。
「行きましょう」
感じる魔力からして固定具はどうやら魔道具化しているらしいし、ギルドに行ってこれが本当は何なのか、どんな機能を持った魔道具になっているのかを鑑定してもらった方がいいだろう。
万が一、呪いなんて持っていたら長時間所有しているうちに何が起こるかわからない。
「立川さんがそっちお願いします」
念のため、精神攻撃を無効化できる立川さんに、固定具の方の風呂敷の包みを持って行ってもらうことにした。結構重い金属片たちだったと思うのだが、立川さんは軽々と片手で持ちあげてしまった。そのまますたすたと歩き出してしまう。
僕も慌ててもうひとつの風呂敷包みの方へ駆け寄る。
「よっと」
スケルトンTレックスの骨を包んだ風呂敷を背負う。うう、背負った瞬間によろけた。
この骨にしても意外と密度が高くて重いのだが、固定具よりは軽かったはずなのだが……。
背中の方にかかるように片手で風呂敷を提げている立川さんは何の負担も感じていないように軽やかに歩いて行くというのに、僕はというと重心が安定しなくてあっちにふらふらこっちにふらふらしてしまう。
なんというギャップ。
僕がどれだけか弱いかがわかってしまう。
この状態で襲われると悲劇しか起きない気がするぞ……。僕はひとり顔を青ざめた。立川さんは上機嫌に鼻歌なんぞを歌っている。
「立川さん」
「なんだ?」
硬い表情で話しかけた僕に、上機嫌なまま立川さんが答えた。
「車までは別行動で行きましょう!」
「え? ちょ……待……」
立川さんの静止の言葉を聞き終わらないように、僕は一気に加速して駆け出した。へっへーん! いつも立川さんだって僕の静止を聞かずに僕を投げ飛ばすもんね!
心の中であっかんべーをするのと同時に《隠密》のスキルを全力で発動する。そして、気配を探りなるべく何もいない方向を目指してひた走る。
立川さんと行動をともにしていたら、ミイラたちに気が付かれる可能性がぐっと上がってしまうのだ。
こんなふらっふらな足取りじゃそれは命取りなのである。
さっさと博物館から退散するに限るのだった。
すぐに車にたどり着いた僕は、スケルトンTレックスの骨を後部座席に置くと運転席に乗り込んだ。
そうそう、それにギルドに行ったらスケルトンTレックスの骨を除霊してもらう必要もあるよな。また復活されたら困る。
リュックからスマホを取り出して、マップアプリを立ち上げる。目的地を『冒険者ギルド 小田原支部』にセットしておけば、あとは出発アイコンをタッチするだけでいい。
なんて便利。
なんで湖に向かうときにこれを使わなかったのか。普段使うこともないからその発想がなかったんですよ……ええ。僕は今まで徒歩移動しかしてこなかったのだが、徒歩移動といっても僕の俊敏値なのでとてもGPSだったかなんだったかが位置を検出するのが間に合わないのだ。徒歩にするんだったら、地図の縮尺は割とアップじゃないと意味がないしね。だから、僕のなかにマップアプリを使うという選択肢は生まれなかったのだ。
ではどこでって?
そりゃあ『栄光の散歩道』の英心さんに引き攣った笑顔で教えてもらいましたよ。
これまではどうやって過ごしていたんだという顔をする彼に、僕は『記憶』と答え、立川さんは『堪』だと答えた。これにはちょっとばかり僕も驚いてしまったのだが、『栄光の散歩道』の彼らの顔は見ものだった。
まあ、僕には気配察知もあるしね。市街地なんかで迷うなんてことはなかったのである。
と、そんなことを考えているうちに、立川さんの気配が猛烈な勢いで近づいてきた。
さっき通ったルートと同じルートで立川さんも帰ってきたらしいな。建物の向かって左側から駆ける気配が、ズザザとスライディング気味に砂煙を上げて、博物館の入り口から現れた。
その顔を見ると、めっちゃ眉毛がつりあがってますけど。
……お怒りですね。で、でも、僕だって毎回それやられているんだからなっ!
怒られたって僕は反省しないぞ。
肩を怒らせてゆっくりとこちらに歩いてくる立川さんからは、覇気のようなものが立ち上っているように見えた。
「ひぃいい! やっぱりごめんなさい!」
僕はそう叫ぶと、勢いよくアクセルを踏み込んだ。
うわあああ。立川さんが怖い。
車は急発進する。――――立川さんのいる方向とは真逆に。
「待ぁああてぇぇえやぁあああ!」
立川さんが地をうならせるような低い声で叫んでいる。
え? なに? 聞こえません。これは僕の本能だからしかたないんです。




