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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
四章 まず旅立ち、島飛び立ち
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35.ときに素晴らしきは真実かな


 薄暗い空間から、真っ暗な空間に足を運ぶ。

 もうすっかりと瞳は暗順応しきってしまったと思っていたが、まだ猶予があったようだ。じっと見つめているうちに、暗闇の空間がぼやけて見えるようになった。


「おっと」


 じっと見つめている場合ではない。河内さんからの依頼があるのだ。さっさとスケルトンTレックスを倒してしまわねばならない。

 僕はリュックから懐中電灯を取り出すと、前方を照らし出した。

 宙を舞う小さなホコリたちが筋となって照らし出される。思えば、使い物にならなくなってから何百年と経っているのだからそれも当たり前のことなのだろうが、確かにこの館はかなり埃っぽかった。


「さあ! 僕は照明係をいたしますから、立川さんはどうぞ思う存分戦ってくださいね!」


 にっこり笑顔で言えば、なぜか立川さんからは苦笑が返って来た。


 変な立川さんは放っておいて、僕はさっさと歩き出す。この、奥の方の部屋には基礎だけでなく、ところどころにもともとのフローリングと思われるものが残っていた。といってもほとんど崩落仕切っているから、そのうえを歩くわけにはいかない。上に足を乗せたら踏み抜いてしまう。

 僕は細心の注意を払って、そういう床の気配を察知してよけて基礎の部分だけを通って進む。


 さきほどの部屋にはあれだけのミイラがいたというのに、こちらの部屋にはほとんどなにもいない。

 スケルトンTレックスの気配があることから、ここは昔化石の展示室だったことが伺える。もしかしたら、モンスターとして動き出せないレベルの小ささの化石しかなかったのかもしれない。もしくは、先ほどのミイラの部屋に移動してモンスター同士で共食いをはじめたか。


 真っ暗闇には、スケルトンTレックスの、その場から動かない気配があるだけだ。

 しかし、僕には気配が感じられるから先の様子もわかるし、そこまでの恐怖はないけど、真っ暗闇に懐中電灯の光だけで進むなんて、立川さんは怖くないのだろうか。もはやお化け屋敷状態じゃないか。

 べ、別に僕は怖がってなんかいないけど。

 ほら、これは立川さんへの気遣いだよ?

 後ろを振り返ってチラリと立川さんの顔を覗き見てみたが、特になんの感情も浮かべていない平常通りの男前だった。くそったれ。

 そういえば立川さんには《強者の余裕》というスキルがあるのでした。

 普段から気配など感じられないし、そもそも精神攻撃を無効化してくれるのでしたね。

 暗闇に恐怖を覚える生物の根源的な感情とは無縁の強者なのである。それに立川さんはおそらくどんな怪物に襲われても無傷で倒してしまうのだろう。これこそまさに『強者の余裕』だな。

 強者であるからこその余裕の表情だ。

 きっと、女性を前にしても立川さんは男前だから緊張したりどぎまぎしたりしないんだ。男前という男女交際という恋愛世界における絶対的強者の余裕。

 世のなかって不平等である。

 本当に《強者の余裕》って地雷スキルなの? 僕は今度こそ本気で疑わしく思えてきた。だって、立川さんの性格を鑑みるに、気配を探って敵の存在を事前に察知していようがいまいがごり押しで進んでしまいそうだもん。


「はあ」


 小さく息を吐いて気分を切り替える。そう、今は世の中の不平等への不満を抱いている場合ではない。

 スケルトンTレックスを退治してもらって、ささっとお金をもらう時間なのである。


「立川さん、もう十メートルもないです」


 僕は小声で報告した。

 スケルトンTレックスの気配が僕たちの目の前まで迫っていた。

 別に小声である必要はないのだが、なんとなく気分。これだけ近くに骨だけとはいえ、巨大な恐竜がいるのだ。緊迫感だって覚えてしまう。

 懐中電灯を点けている以上、向こうがこちらに気づかないなんてことはないはずなのである。万一、Tレックスに視力がないということであれば気づかれないかもしれないが。

 でも、スケルトンになっている時点で物理的な視覚ではない、魔力的な何かで視界を確保するようになるらしいので、そんなことはありえない。


 しかし、スケルトンTレックスの気配はその場から動き出すことはなかった。

 手を目の前に突き出し、今にも進みだしそうな前傾姿勢のまま、動きを止めたままだ。

 本当にどういうことなんだろう。


「ま、ここまで来たら、やるしかないだろう」


 立川さんは気軽にそう言うと、大剣を手に持ち歩き出した。


「お前は照明係をきちんとやって、なっ!」


 そう言うやいなや、立川さんは爆発的なスタートダッシュを決めて走り出した。一気にスケルトンTレックスに向かって駆けていく。

 僕は慌ててその後姿を追いかけながら、懐中電灯でスケルトンTレックスの方を照らす。そうやって、やっとスケルトンTレックスに光をあてられたときだった。


 僕はすべてを理解した。

 立川さんもわかったのだろうが、そのままの勢いでスケルトンTレックスの頭上まで飛び上がると、大剣でその頭蓋骨を叩き割った。

 軽い硬質のものがぶつかり合う音がして、スケルトンTレックスは地に崩れ落ちた。というか一発か。さすが立川さん。


「……なるほど」


 僕は頷いて納得しながら、その様子を半ば呆然と見ていた。

 スケルトンTレックスは、おそらくは『前時代』の化石であったころの展示用に態勢を維持させるための『固定具』であろう金属によって固定されていたのだ。

 その証拠に、まだその金属具が天井や床にくっついたままである。

 何百年も経っているうえに、スケルトンTレックスを固定し続けるなんて、すごい強度だ。大体、ほかの博物館の固定具などは復活点のときに、復活した恐竜の化石たちによってことごとく破壊されたはずである。

 そう思って、その床の拘束具の方へ駆け寄って懐中電灯で照らし出すと、異様なことに気が付いた。


 思わず両腕で自分の腕をさする。


「すごい魔力だな」


 いつの間にかそばに寄ってきていた立川さんが珍しく顔に驚きを浮かばせて呟いた。僕は声をだせずに、無言で頷いた。

 そのスケルトンTレックスを拘束していた金属片は大きな魔力を孕んでいた。僕や立川さんみたいに魔法を扱えるわけではない人間が、肌で感じ取れるくらいの。


「長い年月をかけて、魔道具のようになった、ということでしょうか」


 やっと落ち着いた僕は、なんとかその言葉を口に出した。そばで立川さんが頷いた気配がする。

 もしかしたら、このあたりだけ天井やフローリングが残っていたのも、その影響であったのかもしれない。何百年も経てば、放棄されている建物のフローリングなど腐れてなくなってしまうのがふつうだからな。


 |河内さんからの高額報酬《正義感》に目をくらませて、急いでここまでやってきた僕ではあったが、どうやらそれ以上のものにぶち当たってしまったようだ。

 ごくり、と僕はつばを飲み込んだ。


「こんなすっごい魔道具……いくらになるんでしょうかねぇ」


 だらしない顔になりながら呟いた僕に、立川さんが大きなため息を吐いた。


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