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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
四章 まず旅立ち、島飛び立ち
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34.真実は暗闇のなかに

 建物のなかに入ると、薄暗かった。

 崩れた天井や窓から光は差し込んできているが、それにしたって照明などは何もないからな。でも、懐中電灯を取り出すほどの暗さではない。


 この博物館は昔は三階建てだったらしいが、いまは崩れて見事に吹き抜けとなっている部分がたくさんある。

 入ってすぐ右側にのぼり階段があったが、途中で崩れてしまっている。


 まああれから何百年もたっているのだし、ダンジョン化でもしていなければこれが普通だろう。こうやって建物のていを為しているだけでもマシというものだ。

 旧国道跡の荒れ具合を見ていればわかる。


 地下に向かう階段にしてものぼり階段の崩れた瓦礫でふさがってしまっていた。いずれにしても向かう気はないからいいけどな!

 だって、その階段の途中から虫らしきものの気配がものっすごいから!


 どうやら正面入口のここは、エントランスホールのようなものらしい。

 崩れたわけではなく、三階まで吹き抜けになっていた。『前時代』のきちんと博物館として機能していた頃は、開放的でおしゃんてぃーな空間となっていたのだろう。


 こそこそと左側の壁際に沿って、むき出しのコンクリート製の基礎のうえを進んでいく。

 階段のほうの大量の気配は、と……大丈夫みたいだな。

 気配をさぐって安堵する。こうして気配を探るだけでもかなり不愉快というか寒イボマックスなんですがね。

 蛾ってだけで僕だめなんだよ。

 あのやたらふさふさした腹に、目のような模様があったりする虫にしてはやたら分厚い羽根、そして舞い散る鱗粉。どれをとっても気持ちが悪い。

 そう、単体でもそれだけ気持ち悪いというのに、それが大量にいるのである。気持ち悪いなんて言葉では到底表しきれないほどの気持ち悪さがある。

 でもそれに遭遇するよりは、気配を探るくらいがマシだ。

 ただし、あんまり仔細に探ってはいけない。この距離だと僕の《気配察知》ってば、足に生えてる毛まで察知できちゃうもんだからね……。うっぷ……。


「壁際に進んで、突き当りにぶち当たったらそのまま壁際に進んでいきます」


 僕は振り返って立川さんに囁いた。

 気配で探ってみたところ、この建物は『L字』を左右反転させたような形だとわかったからな。このまま左の壁際に進んで言っても、奥のTレックスのいる空間にはたどり着けない。


挿絵(By みてみん)


 朝のダンジョンと同じく、立川さんの足音だけが響く。

 蛾の群れに気づかれても困るので、先導している僕はなるべく速足で進んでいく。ゆっくり進んでいった方が足音は小さくなるがそんなのは雀の涙だ。

 早く通過してしまった方がいい。


「わかった」


 立川さんが後ろでうなずいた気配を感じて、僕は速度を上げた。

 すぐにコンクリートの壁が目の前に現れる。僕は宣言通り、右に曲がって、その正面に現れた壁沿いに進み始める。

 僕が先に言っておいたからか、結構な速度がでているが、立川さんも慌てることなく僕のあとについてきた。そういえば立川さんが『栄光の散歩道』に僕をパーティーに入れた理由の建前として「俺の速度についてこれるやつはめったにいねえからな」的なことを言っていたような気がする。

 それは僕も常々思っていたことだ。立川さんってば、でかい図体のくせしてかなり素早い。

 僕はもちろん全力では走っていないけど、僕の小走りについてこられる人なんてこのへんじゃ立川さんくらいなものだろう。

 左際の壁から出ている正面と並行したその壁はすぐに終わった。

 僕はそこで立ち止まる。


「立川さん」

「なんだ?」

「左側に曲がって奥にスケルトンTレックスがいるのですが、その前に、動物の《ミイラ》が大量発生しているんですよね」

「ああ、博物館だからな」


 博物館には結構な割合で動物のはく製があったものだから、『旧博物館』にはかなりの確率で動物の《ミイラ》がいる。

 ここの博物館はそのなかでもかなりのはく製を所蔵していたらしい。本当に群れってレベルでたくさんの《ミイラ》がいる。


 どうします?


 という視線を投げかけると同時に、僕は立川さんに背中の布を捕まえられて、体を持ち上げられていた。まるで子猫である。


「た、立川さん……?」


 僕は震える声で問いかけた。何をするというんだね!?

 もう予想というか、ほぼ未来が見えているのだけど。問いかけずにはおられなかった。

 立川さんはにやりと笑うと、壁の向こうに視線を向けた。


「このミイラの群れの奥の部屋にスケルトンTレックスがいるんだよな?」

「待っ……アぁあああ!!!」


 立川さんがそう言い終わるか言い終えないかの一瞬のうちに僕を放り投げた。静止の声は届かない。悲鳴を上げながら、僕はミイラの群れのど真ん中に、放物線上に落っこちていった。


「くっそおおお!」


 やっぱり、僕は群れに投げ込まれる運命なのであった。

 すっかり油断していましたよね……。僕は心のなかでがっくりとOrzになりながらも、走り出した。僕の役目は撹乱なのである。僕が注目を集めている間に、立川さんがそそくさと奥の部屋に進むつもりなのである。


「あっかんべー! 雑魚ども! 僕はここだぞ!」


 立川さんへの怒りを、ミイラたちへの煽りに変換して、ヘイトを集めます。

 これでこの会場の注目は僕だけに集まる! 僕はスターだ!


「うわぁあぁ」


 こうして、いつものように群れのなかで走り回る僕の逃走劇がはじまるのであった。





 立川さんの気配が奥の部屋に入ったことを察知したところで、僕は《隠密》のスキルを発動させて、ミイラたちから姿をくらました。

 気配を消したまま、進んでいき奥の部屋の立川さんのもとへと向かう。


「くそ……立川さんも強いんだから別に僕をおとりにすることなんかないじゃないか……」


 ぶつぶつ文句を言いながら、立川さんの後ろに立つ。立川さんは振り返るとにっこり笑った。


「ご苦労だったな」

「ご苦労だったな、じゃないですよ! えらそうに! 僕と組む前のように、ごり押しで進んじゃえばいいじゃないですか」

「それじゃあパーティーでいる意味がないじゃねえか」


 地団駄を踏む僕を、立川さんが鼻で笑った。


「……ぐっ」


 何か抗議しようと思ったが、正論すぎてなにも言えない。確かに、懐中電灯が要らない今、僕ができることと言えば気配察知と逃げ回ることくらいである。

 それをなくしたら、僕は本当に『たかり』か『寄生』になってしまう。

 そんな汚名だけは避けたい。……あれ? いや待てよ。

 たしか、立川さんってば僕を誘ったときに、虫よけになってくれればたかりになればいい的な発言をしていたよね?

 むしろそうなれと迫って来たよね?

 じゃあ、僕は虫よけの役割を果たしているんだから、何もしなくてもいいんじゃないの?

 思い出したが、改めて口に出すにはちょっとアレすぎる言葉であるため、結局僕は黙り込むしかなかった。くそう。これじゃあやりこめられてしまったみたいじゃないか。

 どうしたんだ、僕。こういうときこそ、捨て去ったプライドという精神を生かすときじゃないか!

 いいんだぞ。寄生プレイでいいと言ったのは立川さんなんだからおとなしく寄生だけさせといてくださいって。叫んでしまえ。

 ……やっぱりやめておこう。うん。

 別に命の別状はないしね。ちょっと走り回るだけの簡単なお仕事だ。わざわざプライドを捨てて言うまででもないだろう。


「で、Tレックスは?」


 そこまで考えたところで立川さんが聞いてきた。


「この部屋の中央奥です」


 部屋の奥は、真っ暗な暗闇になっていて見えない。この部屋には奇跡的に天井が残っていたのだ。 

 僕は、部屋の中央に目を向け、暗闇になってみえない、そのなかをにらみつけた。


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