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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
四章 まず旅立ち、島飛び立ち
33/62

32.ちょうどいいのはちょうどよくない

 ダンジョンも攻略してしまったので、やることもなくなったらしい。

 立川さんは部屋でごろごろしている。せっかく小田原まで来たのだから、なにもせずに帰るのはもったいないだろう。そう主張した僕により、ちょっとだけ時間をもらうことにしたのだ。二時間くらい観光したって、どうせ横浜にはたどり着ける。

 と、いうか真夜中に出発したところで、迷いさえしなければ苦も無くたどり着けるだろう。今度こそは迷わない。スマホのマップアプリを立ち上げたままゆっくり進むつもりだ。

 なので、観光する時間をとっても問題ないのだ。


 と、僕はいそいそと部屋に戻ると、財布をとって外に出かけるとする。

 浴衣で温泉地をぶらぶらするって、ロマンだよね……。

 実はあこがれていたのである。僕は観光地にきたことはなかったからな。冒険者以外で旅行に行く人間は、皆リッチマンなのである。僕のような一介の新聞記者には遠い世界であった。

 それが今日は、高級そうな宿に泊まって、浴衣で観光地をぶらりできているのだから、人生何がどうなるかわからないものである。

 女将さんに挨拶をして、宿を出る。

 宿は街より少し低い位置にあるので、ゆるい坂道をあがり、街のメインルートへ入る。少々くたびれた商店街だ。だが、これはこれで風情もあるというものだろう。

 僕は少し先に見えた、『まんじゅう』というのぼりを目指して、ぶらぶらと適当に歩くことに決めた。

 しかし、まだ朝が早いせいで、全然店が開いていない。……いいんだ。浴衣でお散歩ってだけで乙でしょ?

 幸いにも『まんじゅう』のお店からは、湯気らしきものが立ち上っているから、開いているらしいことがわかるし。


「いらっしゃい」


 『まんじゅう』の旗のお店の前に行くと、頭に手拭いを巻いたおばちゃんが出迎えてくれた。


「温泉まんじゅうを、一パックくださいな」


 僕はいそいそと財布から硬貨を出す。一パック五百円であるらしい。

 観光地で売っているものにしては、お手頃価格な気がする。

 といっても、温泉まんじゅうが四つ入って五百円だから、ひとつ百二十五円と考えるとちょっと微妙な気もしないでもないけど。

 こういうのは気分の問題だから、いいのだ。


「はいよー」


 おばちゃんから受け取ったまんじゅうのパックを開けて、嬉々としてまんじゅうを食べようとしたときだった。


「おい」


 なぜか目の前に立川さんがいた。え、部屋でごろごろしてたよね?

 防具を外して、浴衣でお茶を飲みながらスマホいじってたよね?

 なんで防具をきて、楽しそうな顔をしているんですか。


「博物館跡に、行くぞ」


 やけに目を輝かせた立川さんから告げられたのは、絶望的な宣言であった。





 なんで完全にオフモードだった立川さんが準備万端で僕の前へと現れたかというと。

 なんでも、連絡があったからだという。それも、小田原の博物館跡にいるとかいう『スケルトンTレックス』の素材を所望するとかいう。

 依頼をしようと電話をしたら、ちょうど僕たちが小田原にいたもんだから、すごい偶然もあったものだと嬉々として依頼をされてしまったらしい。もちろん、立川さんは嬉々として依頼を受けたのである。僕が嬉々として食べようとしていた温泉まんじゅうはおあずけになった。うらみます。

 そんな依頼をしたやつはどこのどいつなんですか!

 ちょうどいいって、僕にゃちょうどよくないタイミングで電話なんぞしてきてくれちゃって!


 ぷんすか怒りながら、立川さんに詰め寄った。


河内こうちさんだ」

「なら仕方ないですね!」


 僕は笑顔になった。困っている人がいるなら、それを助けるのが冒険者の在り方というものだ! 最高にクールでかっこいいだろう。

 え?

 河内さんがあの大企業『河内貿易社』の社長だっていう事実はまったく関係ないよ? お金持ちっていうのも関係ないよ?


 高額報酬。

 顔がにやける。


「さ、早く行きましょう!」


 困っている人は早く助けないと! わざわざ僕たちに電話をかけてきたってことは、僕たちだけが達成できる依頼だと思われた、つまり信頼されたというわけなのである。

 さっさと宿に向かって歩き出した僕を、立川さんが呆れたような眼で見てくるような気がするが気のせいだろう。

 べ、別に高額報酬が期待できるなぁ……なんて考えていない。



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