30.風雲 小田原城 後編
「うし、じゃあ上の階に行くか」
立川さんの掛け声で、僕たちは階段を上ることとなった。
本当にすぐに壊れそうで恐ろしいので、僕はそろりそろりと慎重に足を差し出した。階段に足を乗せ、徐々に体重をかけていく。片足に体重を乗せ切ったところで、意外なことに、階段はみしりという嫌な音は立てなかった。
「お?」
驚きの顔で立ち止まっていると、ほら言ったろとばかりの呆れた表情の立川さんに追い抜かれてしまった。
いや、だって、僕これでも初ダンジョンですから!
冒険者初心者ですから! しかたないじゃないですか。
誰だって、はじめてのことをするときには慎重になるはずだ。……いや、立川さんがはじめてのことをするときにまごまごしている姿などまったく想像できないけど。
でも、一般的にはそうなはずなのだ。そう、僕は一般人。ついこの間までこそこそと新聞記者をやっていたような、まごうことなきパブリック・ピーポーなのである。
だから、問題ない。
おそるおそる階段をのぼっていけば、二階層も相変わらずの真っ暗であった。
先にたどり着いていた立川さんはリュックから頭に装着する懐中電灯を取り出して装備していたようだった。
やばい。一階層では僕は完全に迷路のナビと懐中電灯で照らす係しかしていなかったと思うのですが。
懐中電灯で照らす係はお役御免になりそうである。
迷路のナビだけが僕のお仕事に? なんという足手まとい……。
いや、いいんだ! 僕は立川さんの希望でくっついてきてるんだから。いくら他の人に文句を言われようとも、そもそも僕は半ば拉致のような形で立川さんとパーティーになったのである。文句には知らんぷりできるのである。
二階もコンクリート製の通路だ。僕がやってきてすぐにスケルトンたちのカロンカロンという骨と骨、骨と鎧のぶつかりあう音が聞こえてきた。
「カタッタッ」
一体のスケルトンが現れた。このスケルトンには珍しく髪の毛が生えていた。頭頂部には一切の髪の毛がないので、あれだな。『落ち武者』スタイルというやつだ。
別にだからと言って、強いわけではないらしい。
立川さんが剣を持つのもめんどくさいようで、やくざキックみたいなのをお見舞いするとそれだけで骸骨は粉々に崩れてしまった。
一階層と同じように、僕が先導していく。次の会談はちょうど正面に気配があるのだが、気配を察知するにどうやら二階層を時計回りに一周しないとたどりつけない構造になっているようだった。
しかし、道中あまりにも暇なので適当に胸ポケットからギルドカードを取り出して見てみると、まさかのレベルアップをしていた。
昨晩確認したときにはまだ13レベルのままだったから、さっきの立川さんによるスケルトンの粉砕行為のうち、どこかでレベルアップしたのだろう。
◆ステータス
名前:清水 洋介
種族:人間
性別:男
Lv:14 1up!!↑
HP:69(68+1×1)
攻撃力:0(0+0×1)
防御力:50(50+1×1)
魔力:226(224+2×1)
俊敏値:608(604+4×1)
特殊能力:《隠密》Lv.4
《俊敏》Lv.3
《気配察知》Lv.4
《慈愛の心》Lv.5
本当にちょっとだけだけど、期待した僕がバカだった。
やっぱり攻撃力はゼロのままだった……。
「立川さん、僕レベルアップしてました」
「お? 骸骨は経験値がおいしいのか?」
立川さんも胸ポケットからギルドカードを出して、確かめた。しかし、肩を竦めている様子から見るに、どうやらレベルアップはしていなかったようだ。
というか、僕と立川さんとでパーティーを組んでから四か月くらいになるのだけど、立川さんのレベルアップはいままでに一度もない。本当に僕が寄生って感じである。
きっともう首都圏のモンスターでは、立川さんにはぬるすぎるということだろう。すぐに地方に遠征するか、拠点を移すことになるのだろうな。
いくら僕でも申しわけないような気がしてきたよ。
それからは特に何もなく、四階層にのぼるための階段に到着してしまった。
え? 三階? 何もなかったよ?
うん、本当、スケルトンを粉砕するだけの作業と化してました……。
僕? 僕は道案内をするだけの係でしたね。『立川様ご一行』と書かれた旗でも持って「右手に見えますのがスケルトンでございます」とか言った方がよかったのだろうか。
「またお前は」
立川さんが心底呆れた目になってしまったが、僕はペースを乱さない。
さきほどと変わらず恐る恐る階段を昇っていく。なんの抵抗もなくさくさくとのぼっていく立川さんの感覚がおかしいんだい。だって、こんなにぼろぼろなんだ。いくら壊れないとわかっていても壊れそうでこわいじゃん!
あれだよ。昔の『東京タワー』にあったとかいうガラス張りの床みたいなもんだよ! 壊れないとわかっていても足がすくんでしまうのである。古典のラノベみたいに『きゃーこわい!』と言ってすがりついてくれる普段は強がりな癖に急によわよわしくなっちゃってそのギャップも最高に可愛い女の子はこの場にいないけどね。『ああ、こわいね』と笑いあうなんてことは立川さんには望めない。
そもそも笑ってる立川さんとか、腹黒い笑みか、嗜虐的な顔しているときくらいしか想像できないし。
さらには『こわいね』なんて共感すると見せかけていちゃいちゃするなんて真似、立川さんとしたって何にも面白くないというか、気色悪い……。
なぜこのパーティーには可愛い女の子も、綺麗なお姉さんもいないのだろうか。
僕はパーティーメンバーの追加を希望する。
四階層は、これまでの一~三階よりも随分と明るかった。そして、迷路にはなっていない。低めの天井の、大きな一部屋しかない。
天井を照らしてみると、黒い梁が交差している。壁には、木製の格子がついた窓があった。そこから入り込む光のおかげで部屋が明るくなっているのだ。気配を探ってみるが、これより上に行く階段はないようだった。
「最高層みたいですね」
あたりを見回しながらつぶやく。なんか、この階だけ見ると、普通の天守閣って感じだな……。
しかも、懐中電灯を下に向けたことでわかったのだが、ここの階はこれまでのコンクリート製の床ではなくて、木製の床になっていた。和風フローリングだ。
なんという。
ちょっとかっこいいじゃないか。そのまま、懐中電灯を下に向けながら、部屋の中央の方へシフトしていくと、そこで何かを見つけ、光がそれを照らし出した。
それは、甲冑であった。
黒い甲冑は、これまでのスケルトンの装備していた鎧と違って、綺麗な状態で残っていた。顔の下半分だけのお面が、怪しげににやりと笑った表情をしている。そして、この距離でも肌がぴりぴりするくらい、うちに魔力を秘めていた。
「あれがダンジョンコアでしょうね」
本能的に察知できた。あの魔力の塊は非常に危険なものだ、と。
僕は弱っちい最弱の者なので、そういう小動物的な本能にあふれているのである。
立川さんに視線を向けると、彼もこくりと頷いた。
「行くか」
と、歩き出そうとしたときだった。
黒い甲冑が、カタリ、と小さな音をたてながら、動き出したのだ。




