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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
一章 決死結果結成
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2.モンスターに食わせるべきもの

 気がつくと、僕はわき腹を圧迫されていた。しかも、ものすごい速さで視界が上下に揺れる。


「ぐふっ」


 変な声が出るのも致し方ないというものだろう。しかし、その漏れた音で敵方には僕の状況が伝わってしまったようであった。


「ん。やっと起きたか」


 上方から声をかけられた。

 そう、僕は今なぜかあの男前さんに小脇に抱えられて、夜の街を疾走していた。

 どうやら僕は男前さんのツッコミによって意識を失ったようであった。本日2度目の気絶である。

 今日は気絶デーか。

 なんのお得感もない酷い記念日だな。ビールジョッキ片手に「今日は素晴らしい日だ」とか騒いでいた数分前の自分を殴り飛ばしたい。

 しかしやはり、あの巨竜を切り裂ける大剣を持てる腕力は尋常じゃない。僕という成人男性一人抱えているくせに何ら負担を感じていないみたいだ。しかもちょっと暴れてみたのだが、びくともしない。

 何てこった。

 絶望しかない。僕が成人男性の平均より大分(、、)小柄だとか言うことは別に関係ないだろうが。いや、ないに決まっている。

 この男が馬鹿力なだけなんだよ、本当。


「ぐぇっ……はっ、はいっ」


 僕は変な声を漏らしながらも何とか返事をする。振動の度に脇腹に食い込んでくるお兄さんの腕が痛いです。


「テメェ、親に習わなかったか? 約束は守りましょうって」

「な、ならいまし……ぐはっ……なら、いまし、たよっ」

「さっき自分で何でもしますと言っておきながら、そのあとすぐに断るたあどういうことだ?」

「ちっ……ちがぁっ……」


 何だってこの男も一緒に揺れているはずなのに全く声も弾まないのだろうか。

 頭の中で文句を垂れ流しながらも僕は必死に弁明を図る。


「嫌なん、じゃなくって、無理っ! なんですっ」

「言い訳はききたくない」

「だからったぁっ……ちょ、これ、とまって!」


 脇腹に絞め技かけられたような状態では、ひ弱な僕にしゃべる余裕なんてない。 故に、男に停止を希望したのだが即座に却下されてしまった。これじゃ何の説明もできないじゃないか。

 自分から質問してきたくせして!

 ……言い訳はききたくない、との彼の言葉から、僕にしゃべらせないようにしているのかもしれなかったが。性質たち悪いよお兄さん。

 いや、でもこれは困る。僕のは別に言い訳でも何でもないのだ。だから、説明をさせていただかないと本当に困ったことになる。

 それは僕にとってというのもあるが、彼にとっても不利益をこうむってしまうような事情なのだが。

 止まっては、くれません、よねえ。……はあ。


「とまれねえな! テメエが逃げねえうちにさっさとパーティ組んじまうから。冒険者ギルド直行だぜお客さんよ」

「やめっ……僕、攻撃力、ゼロなんだよっ!」


 今度こそ焦った。最悪の事態が迫っているじゃないか!

 これ登録してから彼に切れられたらどうしようもないよ! でも絶対切れられるよ! 同時に俺の上と下も斬られるかもね! ……確定だよ!


「はっ! 別に文屋に戦闘力なんて求めちゃいねえよ」


 鼻で笑うときまで彼は男前なわけだが。

 くそっうらやまし……って、今はそんなことはどうでもよくてだ。


「僕の弱さを舐めんなよクソォォオ!」


 僕の渾身の叫びは夜の街に空しく木霊こだました。







 さて僕が今から立ち入らねばならない冒険者ギルドなのだが。


 僕は知らず知らず冷や汗を垂らしていた。ここには良い思い出がない。

 そもそも22世紀のはじめに地球上に恐竜やら妖怪、悪魔、妖精やら――俗に言うモンスターの姿が現れ出してからかれこれ1世紀ほどで完全に組織として確立されたのがこの組織である。

 つまり、この組織はモンスターを倒すという一点に重きを置いた評価基準を採用しており、単純に言えばランクが上がれば上がるほど戦闘力が高くなる。その社会も強いものほど偉いという意識になっており。

 したがって、『冒険者ギルド』などという組織は僕みたいな文屋にとってそれこそ敵と言っても良いほどの場所なのである。いや、僕を他の文屋さんとひとくくりにして考えてしまっては他の方に迷惑だ。

 僕の弱さを舐めないで欲しい。

 要するに、僕みたいなクソ弱い者がギルドに行くと、もれなくパシリ決定。社会のヒエラルヒーの最下層にめでたく就任できてしまうというわけである。

一般社会はそこまでいっていないのがせめてもの救いである。

 でも、モテる男の条件第一に挙がってくるのが『強さ』だからな。むなしい。

 情報収集だとか言って、21世紀ごろの所謂『ラノベ』という種類の古典文学を読んだら、学校でモテていたのはスマートで頭脳派の男子生徒であった。いや、あれは創作物だと理解はしているのですがね。

 でも、その価値観に共感できる者が大衆に多くいたからこそ、出版されたわけであって。そう考えると、どうやら僕は生まれてくる時代を間違えたみたいだな。

21世紀から科学技術はほとんど進歩していないのに、モテ男の基準は180度変わっているだなんて裏切りだ。むなしい。


 男前さんに上下に揺さぶられながら世の変化について考えていると、風景はあっという間に様変わりして僕の目にはガラス張りでさんさんと蛍光灯で屋内を光らせたギルドの姿が見え始めていた。

 そして僕を抱えた男前さんはガラスの自動ドアの前に立つと、その扉を開けるべくそちらに注意を向けた。


 その一瞬の隙をついて僕は脳内で叫んだ。


 《隠密》!


 それと同時に僕の身体が透明になった――ように見えただろう。少なくとも彼には。


「さあ、ギルドに登録してもらお……おい!」


 何か言いかけた男の腕からするりと抜け出すと、僕は一目散に路地に向かって駆け出した。これは戦略的撤退である。戦いを挑む気はさらさらないけど。つまりは逃げたとも言う。


 そう、僕はプライドのない男。


 約束を破ることはしないが、抜け目を通り、逃げることに関してはかまわないと思っている。そして無様に降参して一目散に逃げる選択も時に正解となりえるとも考えている。

 古典のことわざで『五十歩百歩』という表現があるが、僕は迷わず百歩逃げたことを誇るタイプの人間である。プライドなどモンスターに食わせてしまえ、だ。


「くっそ逃げやがったアイツ!」


 自分の足元・・に殺気を感じながらも、何とかあの男から逃げおおせた僕であった。命からがら逃げ込んだ先は民家の屋根の上。他の住民たちの存在が僕の気配もごまかしてくれるだろう。


 ふう、とようやく息を吐いた僕はずるずると膝を抱え込んで座り込んだ。


「あー……久々にやってしまったな……」


 小さく呟いて夜空をあおぐ。フリーで記者をやっていると、ときたまあるのだ。こういうことが。

 新聞社にきちんと勤めていればその会社に守られるのだが、僕みたいな無名なフリーだと、新聞社に『僕が記事を売った』という情報が、その新聞社によって売られてしまうことがある。

 そのへんの見極めをきちんとやらねばならないのだが、今回はそこをミスってしまったようである。あの男前冒険者の巨竜の記事を売った新聞社に、僕の情報を彼に売られてしまったみたいだ。


「ま、いっか。次の名前ペンネームは何にしようかなー」


 僕は気を取り直すと、屋根の上で音を立てずに立ち上がった。

 僕は記事を売った金で生活が送れるような、実は割と優秀な記者である。しかし、無名なフリーである理由。

 至極単純。

 僕は毎回、記事ごとにペンネームを変えているのだ。

 料金は足元見られてしまうけど、それ以上に大事なことがある。それは僕の安全度が上がるという点である。

 名前と顔を知られて、豪勢な生活を送りながらも冒険者に狙われる日々を送るより、多少みすぼらしくても悠々と暮らせる方を僕は選ぶ。

 つまり、基本逃げの姿勢なわけだ。

 うん。プライドはモンスターにでも食わせておけ、である。



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