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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
四章 まず旅立ち、島飛び立ち
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28.風雲 小田原城 前編


 昨日はあれから、わいわいご飯を食べて、部屋に戻ると宿の温泉に行き、そのあとすぐに寝た。

 僕のセクシーシーンについて何度も見せられても困るだろうから、特に言及はしないでおく。

 小田原の温泉も乙でした。

 今日は街の温泉に繰り出してみようかな。


 そんなことを考えながら、僕は浴衣からいつもの装備に着替える。僕より早く起床して、すでに防具も装備し終わった立川さんに叩き起こされたのだ。

 まったくもう。少しは遠慮というものを知ってほしい。

 せっかく人が気持ちよく寝てたっていうのに。唸りながら目をこすり、壁に備え付けられた時計を見ると、まだ五時だった。どう考えても早すぎる。


「なんだ、その不満げな目は」


 思わず立川さんをにらみつけていると、気づかれてしまった。


「確かに僕は昨日、明日行くとは言いましたけど、いくらなんでも早すぎると思います」

「バカ言え、もう陽はのぼってるじゃねえか」


 陽がのぼったら一日のはじまりって! 野生児か!

 あふれそうになるツッコミをがんばって飲み込んだ。怒鳴るにはちょっとまだ僕は眠すぎるのだ。ツッコミには勢いが必要なのである。

 しかし、今日向かうのは『小田原城』ではなかったか。

 ダンジョン化しているらしいし、どうせ中は外の明るさとかとは無関係であるはずだ。なら朝行っても夜行っても変わらない気がするんだけど。


「……朝の方が体の調子がいいだろ?」


 ジト目を向け続けていると、立川さんが言い訳のように言った。

 確かに一理はある。夜になると、僕にいたっては疲れ目がでてきちゃうし。

 でも、早すぎることには間違いない。


「はぁ……」


 溜息ひとつ。犬のモンスターに育てられたというし、本当に野生児といっていいのだろう。仕方ない。

 着替え終わった僕は、さっさと鞄を背負った。ちいさめのリュックには、昨日のうちにいろいろ道具を詰め込んである。

 装備は、ただの布の服だ。普通の私服である。

 どうせ僕の防御力なんて期待できないので、軽くて動きやすい恰好にしてすべて回避した方がいいのだ。

 立川さんはあのときの巨竜の革を使った黒色の防具を相変わらず使っている。


 しゃくなことに準備は万端。


 仕方がないので部屋を出て、廊下を進む。宿の出口近く左側の帳場には朝もまだ早いのに、すでに女将さんの姿があった。さすが宿の女将さんである。


「あら、もうお出かけですか? おはようございます」


 机に向かって何か作業をしているようだったが、僕たちの存在を認めるとすぐに顔を上げて話しかけてきた。

 立川さんが片手をあげて挨拶をした。決まってる。

 さすがイケメン。憎い。

 僕は心の中で立川さんの顔面がゆがむように願いながら、ぺこりと頭を下げた。


「ああ。少し出かけて来る」


 ついでとばかりに、女将さんの質問に答えた立川さんであるが、おい。

 小田原城はダンジョンなんですよ!? ダンジョンって、そんな宿の朝食前にちょっくら散歩行ってくる的なノリで出かける場所じゃないですから!


「お気をつけていってらっしゃいませ。朝食は七時ですが、お召し上がりになられます?」


 しかし、こうしてみると、英心さんの母もお上品な女将さんである。きっと昨日あれだけ強烈な感じだったのは、旧国道跡という危険地帯へ赴いた息子が無事に帰ってこられた興奮もあったからなのだろう。

 猫をかぶっているだけという可能性については考えたくはない。


「ああ。それまでには戻る」


 戻るつもりなのか!?

 内心で立川さんの発言に疑問を浮かべる。いま五時ちょっとすぎなんだけど、まさかの途中で帰る発言? 偵察だけするつもりなのだろうか。らしくない。らしくなさすぎて驚きしかない。僕としてはすごく朗報なのだけど。

 だって、立川さんといえば、一度はじめたら攻略し終わるまでダンジョンとかでてこないようなイメージがある。いや、もしかして、二時間弱でダンジョンを攻略するつもりなのだろうか。

 靴箱からブーツを取り出し、履きながら戦々恐々とする。


「め、めずらしいですね。偵察だけするのに立川さんも行くなんて」

「何言ってんだ、攻略するに決まってるだろ」


 立ち上がりながら、問いかければ立川さんから何気なく帰って来た返答。

 デスヨネー。

 がっくし。僕は肩を落としながら歩き出すのであった。



 車に乗り込んで運転すると、小田原城にはすぐについた。

 そらそうだ。すぐにそこに見えていて歩いて行ける距離なのだから。

 外は、陽はのぼってるとの立川さんの言があったはずだが、まだ若干薄暗い。東の空が白んでいる程度だ。


「内部はダンジョン化しているので、外観よりもずっと広いそうですね」

「ダンジョンはみんなそうだろ?」

「実は僕ダンジョンの内部にまで入ったことはなくてですね」

「そういえばお前は記者だったか」

「なんだと思っていたんですか」

「いや……」


 そこで黙り込まないでほしい。

 本当になんだと思っていたんだ。すごく気になる。

 ダンジョンに入る前から何だか疲れてしまったが、まあなんだかんだ言って結構楽しみでもある。なんたって、ダンジョンという空間は僕にとって未知のものだからね。

 知識欲がうずうず疼いております。

 小田原城、と彫られた木製の案内板の横に立ち、すうーと視線を上に向けていきながら小田原城を眺める。城のなかでは最小の部類に入る、という資料をどこかで読んだことがあるのだが。

 こう近くでみると、とてもそうは思えない大きさがある。

 そして、ツタが絡みついていたり、罅が入ったり黒ずんでいたりと非常にお化け屋敷っぽい。

 深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。べ、別に怖くなんて、ないんだからねっ!


「い、行きましょうか」


 ちょっと声が裏返ってしまったのはご愛敬だ。

 認めましょう。こわいもんはこわいのです、ええ。

 立川さんは何の気負いもなさそうに歩き出した。スキルのおかげだよね? 心まで男前だからというはずはない。

 石垣が少々()の字のように奥まっているところに、木製の両開きの扉があった。でかい。二メートルくらいある。

 立川さんは手で扉を押したが、開く気配がない。立川さんは翻ると、扉から遠ざかる方向に歩き出してしまった。え、まさか諦めるの?

 はい、そんなはずはありませんでした。

 一〇メートルほど下がったかと思ったら、一気に扉に向かって駆け出し、すっごい蹴りを繰り出したのである。飛び蹴りは扉にジャストヒット。

 あまりの勢いであったので、扉が粉砕されてしまうかと思ったが奇跡的に扉は生き残っていた。しかし、バンっとものすごい音を立てて、内側に向かって開いた。

 さすが立川さん。ダンジョンのあかない扉とか、なぞ解きをするもんだと思っていましたよ。

 まさかの力技でしたね……。

 よくよく扉を見れば、片側の扉のふちがねじ曲がっていた。

 押すドアじゃなくて、引くドアじゃねえか!


 ……これ、思いっきりぶっ壊しちゃっているけど、大丈夫なのだろうか。


「立川さん、これ……」


 扉を指さして訴えると、立川さんはバツが悪そうな顔になった。


「外開き戸だったか……」


 珍しく恥ずかしがってるけど、違う。そうじゃない。

 思いっきり壊していることに対して僕はつっこんでいるのだ。


「そうじゃなくて! 壊れちゃってますよ! なかのモンスターとかが街に出ちゃったりしないんですか?」

「ああ、大丈夫だ。ダンジョンの建物には自動修復機能がついてる」


 落ち着いた立川さんの受け答えにやっと僕ははっと思い出す。

 そういえば、ダンジョン化した建物はほとんど壊れることはなく、重機やなんやらを持ち込んでがんばって壁にひっかき傷をつくったところですぐに消えてしまうのだという研究論文を読んだことがある。

 立川さんの脚力って……。


「そ、そうでしたね……」


 改めて立川さんの超人っぷりを実感した朝であった。


お読みいただきありがとうございます。

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