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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
四章 まず旅立ち、島飛び立ち
28/62

27.夕食はなんというかなんという

 旅館というと、部屋に食事が持ってこられるイメージだったが、食堂ではないが、大きな座敷部屋に連れて来られた。ここで夕飯を食べるようだ。他にもお客さんがちらほらいる。見るに、冒険者らしき人と、老人数名かがいた。前者は僕たちのように小田原に遠征してきたかもしれない。ご老人方の馴染み具合を見るに、地元の人であるらしかった。地元の人でもわざわざ旅館に泊まりに来るもんなんだな。

 万年貧乏であった僕には縁遠い世界である。

 わざわざ近所の宿に泊まりにくるとか、時間とお金両方に余裕がないとできないぞ。ちなみに、僕が記者として寝泊りしていた宿は本当に寝床と風呂トイレがあるだけのビジネスホテルだ。

 旅館の部屋で懐石料理を、というのもほのかな夢であったが、まあこれはこれでよかったのかもしれない。

 だって、部屋で食事をとるのだったら、食事を持ってきてもらわなくてはいけない。そしてその持ってくる人は女将さんだったかもしれない。あの強烈な女将さんのことだ、どうなっていたか、想像するだけで恐ろしい。

 誤解を解くことすらかなわなかったかもしれない。


 英心さんの案内で席につくと、すぐ近くには『栄光の散歩道』の三名がきていて、もう座っていた。お膳にはすでにご飯が並んでいる。

 夕食は、懐石料理みたいなやつのようだ。

 みたいな、というのも、ハンバーグが紛れ込んでいたり、と微妙に和洋折衷な様相を見せているせいである。

 女将さんが大きなお盆に、小さな皿をいくつも載せて、座敷部屋を練り歩く。

 もうご飯はお膳のうえに乗っているのに何を配ってるんだろう? 何か忘れてたのかな?

 つい女将さんを目で追っていると、僕の視線に気が付いたらしい英心さんが笑った。


「プリンアラモードを、食べ終わった方に配ってるンスよ」


 デザートであるらしかった。

 しかしプリンアラモードって……だから、懐石? と首をかしげたくなるのである。

 おいしそうだけど。

 僕のように細かいことについては考えないようで、立川さんは何も言わずに箸を手に取っている。僕も座布団に正座し直して、手を合わせた。


「いただきます」


 意外なことなくらいにおいしかった。

 魚は新鮮だし、野菜も新鮮だ。そして、優しい味付けがすごくお上品だった。ジャンキーな味に染まり切ってしまっている僕には、驚きの上品さである。

 醤油味のものにしても、つんとくる塩辛さというか、そういうのがない。

 まろやかな感じなのだ。


 ついでに、ハンバーグも普通においしかった。安い宿に泊まると出て来る冷凍のハンバーグが雑巾に思えるくらいおいしかった。


「どうしよう僕こんなおいしいもの食べたのはじめてです……!」


 思わずほっぺたに手を当てて感動していると、『栄光の散歩道』の三名にはやけに生暖かい視線を送られ、あまつさえ立川さんには笑われた。


「お前、それなりに儲けてたんじゃないのか?」

「いくら僕と言えども、フリーの記者なんて足元を見られるのがオチなんですよ! だいたい、立川さんの記事を売ったときだって僕にしては贅沢でもやっすい居酒屋でエールをあおっていたくらいなんですよ!?」


 そう、フリーのなかではずば抜けた実力を持った新聞記者であった僕だが、貧乏であったのだ。だから、がんばって隠れた天才であった立川さんを影からストーキングしてあんな記事を書いたんじゃないか。


「え、あの立川さんのデビュー記事って、清水さんが書いたんですか!?」


 生暖かい目線になっていたはずの浩太さんが目を見開いて詰め寄って来た。見れば、ほかの二人も驚愕を顔に浮かべている。

 あれ、僕たち『アドハー』のうわさが広がっているにしても、結成理由までは知られていないのか。立川さんに視線を向けると、顎でしゃくって了承を示してきた。

 これについては話していいらしい。


「はい。僕はもともと新聞記者だったのですが、立川さんの巨竜討伐の現場を撮影して記事にした結果、立川さんに恨まれてこき使われることとなったのです」

「その言い方はねえだろ……」


 立川さんに突っ込まれた。

 いや、正しい説明であるはずだ。だって、あのとき僕は本気で命の危機を覚えた。地獄の淵から沸き上がってくるみたいな声で詰め寄られて、椅子にしばりつけられたりなんかしたのだ。絶対、立川さんも相当怒り狂っていたに違いない。そうでなければ、素であんな鬼畜な真似をしてくる輩ということになってしまう。

 ……あれ、本当にそんな気もしてきた。

 で、でも、モンスターをなるべく殺したくないという立川さんの説明ができない以上、こういう説明をするしかないんだ……。

 ちらりと立川さんの様子を伺うと、若干ジト目になっているものの、本気で怒っているようではない。よかった。


「ああ……それで……」


 しかし、僕の説明で浩太さんは心底納得しているようであった。

 なぜかわからないが、うんうんと深く頷いてくれているところをみるに、どうやらよほど僕の説明には信ぴょう性があったらしい。

 また視線が生暖かくなったような気もするが、僕はもう気にしないことにする。


「まあ、俺の速度についてこれる奴ぁ、めったにいねえからな」


 立川さんが申し訳程度に、付け足した。



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