26.誤解にダメージを重ねる
ごついお兄さんを危うく車で轢きかけ……ゴッホン……もとい、助けたら恩返しとして、そのお兄さんのひとりの実家へと招かれることとなりました。
お兄さんの実家は旅館だということで、泊まらせてもらうことに。
せっかく小田原くんだりまで来たことだし、観光とか温泉とか行きたいよね!
僕はそう思ってテンションを上げていたのだが、何やら立川さんから不穏な気配。
和風な部屋にたどり着き、二人きりになった途端にニヤリと笑った。そしてこう言い放ったのだ。
「小田原城、攻略行くぞ」
そんなわけで、僕たちは神奈川県最大のダンジョンに挑むこととなったのである。
やっぱりね、と思ったのはもう僕が立川さんに慣れきってしまったからだろう。
冒険者に染まりきってしまったのだ。
新聞記者としての僕を最近忘れがちな気がする。そうそう、『栄光の散歩道』の彼らに僕らの噂とやらを教えてもらうまで、その噂についてまったく知らなかったとか。
それではいけない。
情報収集が疎かになりすぎだろ僕。
でも、ここ最近突然危険な目に合うようになったんだからしかたないよね。
具体的に言えば、モンスターの群れに放り込まれたりモンスターの群れに投げ込まれたりモンスターの群れに置き去りにされたり。
つまりは立川さんのせいである。
いくら立川さんに事情があると言えど、元新聞記者の僕にやらせるにはちょっといきなりハードモードすぎやしないだろうか。案外僕はチョロいタイプであったらしい。
富士見の温泉では雰囲気で安請け合いしすぎた気がする。
僕は立川さんを睨みつけた。立川さんは飄々とした顔のまま崩れない。
くそ……。
「せめて明日にしません? 僕はもう限界ですよ。それにせっかく『栄光の散歩道』さんたちが宿にご招待くださったんですから、ここは高級宿を堪能しましょうよ!」
僕は色々理由を並べ立ててせめてもの抵抗をすることにした。
一日くらい伸ばすならいいだろうと思ったのか、特に迷うことなく立川さんはうなづいてくれた。
これで否定されてたら、僕はいい加減ストライキを起こしていたかもしれない。
了解をもらったからには、覆されないうちに覆されない状況に持ち込むべきである。僕はスッポーンと服を脱ぎ捨てると、押入れに設置してあった浴衣を着込んだ。呆れたような目で僕を見てくる立川さんだけど、意外とこういうのにノリノリなのを僕は知っている。
案の定、立川さんはすぐに防具を外すと、いそいそと浴衣に着替えていた。
よし、こんな装備で冒険に出ることなんてあるまい。安堵とともに僕は、畳の床に胡座で座り込んだ。
「じゃあ、僕はごはんが来るまでは久々の情報収集といきますか!」
ルンルン気分で思わず口に出すと、立川さんに苦笑されてしまった。む、なぜだ。
「情報収集でそんなにはしゃぐか?」
「何を言うんですか! 僕にとっちゃ生きがいですよ」
といっても部屋の中で調べられる方法など少ない。というか、スマホくらいしかない。
僕は手始めに英心さんたちから聞いた噂とやらが実際はどんなもんなのか確かめることために、スマホの待受画面からグチッターのアプリをタッチして起動した。
自分としてはあまり発信用に使ったことはないのだけど、世界から街まで、巷の噂を集めるには良いシステムだ。
立ち上がったグチッターの、右上に浮かぶ虫めがねの検索マークをいそいそとタッチする。
検索ワードは……。
「アドハー……って、言ってたよね」
ポツリと呟いて入力する。僕らのパーティーの正式名称は『Add and halve』だが、グチッターに書き込むのにわざわざ英字を打つ日本人は少ないだろう。
おそらくは、カタカナか、ひらがなのどちらかで略語になっているに違いない。
というか、略語が生まれるほど僕たちの名が売れてきてるってことだよね?
そう考えると、ニヤニヤが湧き上がってきてしまう。いかん。僕は慌てて自分の頬を揉んで、にやけようとする口角をほぐす。
そう、期待をしてはいけない。
絶対、話題になっているのは立川さんだ。僕はせいぜいが金魚の糞、良くて引き立て役だろう。
検索を決定、と。一瞬、読み込み中のマークが出たと思ったらすぐに検索語句でヒットした。
英心@ペーパー卒業したい
アドハーに出会ったなう。助かった……
『栄光の散歩道』のパーティ関連だろう呟きが検索結果一欄の一番上に現れた。
『英心@ペーパー卒業したい』というアカウントが『栄光の散歩道』の英心さんだろう。結構、リプライのやり取りが続いてるけど、まあそれは後で細かく見ることにする。
今は、僕たちの噂について調べているからね。目的を見失ってはいけない。
そして、何気なく画面をスクロールしたときだった。
「……ヒィッ!?」
僕は思わず声を裏返しながら飛び上がってしまった。
スクロールして、次に出てきたグチートが世にも恐ろしいものだったのである。
立川さんと僕が掛け算されていたのである。結構ガチで僕たちに似てる感じのイラストが添付されていたのである。
南無三。
そんなグチートをしやがったアカウントに、震える手で『事実無根だ!』とか『タヒね』とかリプライを送りそうになるのを何とか抑えつける。
そんなグチートを、僕のアカウントから送りつけたら余計ことが拗れるのだ。僕は知っている。
ツンデレだ! とか言われてすごいもり上がられるのである。
だから、僕は泣き寝入りするしかない。
「うぐぅぁーー!」
しかし、唸りながら地団駄を踏むくらいなら許されるだろう。画面を睨みつけながら、心から呪詛を贈る。
と、僕が不審な行動をしていたせいだ。僕の情報収集に対する情熱を馬鹿にしていたはずの立川さんが、興味を持ってしまった。
「何みてんだ?」
後ろからひょいと画面を覗き込まれそうになったので、僕は慌てて反転する。
「見ない方がいいですよ」
僕は顔を青ざめながら訴えた。これを見るなんてとんでもない!
僕は立川さんに対するささやかな恨みはあれど、精神をブチ殺したいほどの恨みは抱いていないのである。
しかし、人間隠されると気になるものである。立川さんは詰め寄ってきた。
これは完全に僕の失態である。
「見せても減るもんじゃないだろ?」
「減りますよ!」
「何が?」
「立川さんのSAN値が!」
そんなやり取りをしている間にも僕たちはスマホを巡った応酬を続けている。
僕の手からスマホを奪おうとする立川さんの手から逃れるために、ケツだけブリブリ星人になりながら、後方に飛び退く。
徐々に、徐々に、僕は後ろに下がっていく。
「俺のスキルは知ってるだろ?」
「スキルなんて貫通してきますから! 精神にガツンときますから! ね、やめときましょう?」
そしてついに、僕の背中にトン、と何かがあたった。壁である。旅館の壁である。
僕は壁際に追い詰められてしまったのである。
おまけに、僕が逃げ出さないように立川さんは両手でガッシリ柵をつくってしまった。
こんな壁ドン嬉しくない。
僕は立川さんを守ろうと頑張っているのに。
なんでこんな思いをしなきゃいけないんだ。自分が哀れすぎて、涙目になってきてしまう。
ああ、かわいそう、僕。
自分を憐れんで涙ぐみ、立川さんを強くにらみつけていたときだった。ノックと同時に、宿の扉が開いた。
「立川さん清水さんごはんの準備をし……おじゃましましたー!!!」
顔をのぞかせたのは英心さんであったが、すぐさま去って行ってしまった。
なぜ?
とりあえず状況を把握しよう。
僕は壁際に追い詰められて、立川さんに壁ドンされている。
暴れまわった結果、浴衣がはだけまくっている。
それを突然入ってきた英心さんは目撃、そして逃走。
……うん。
「まっ……待って! 待って誤解! 誤解だからぁっ!」
慌てて立川さんの腕の間から抜け出すと、英心さんの後を追いかける僕であった。
ちなみにこのとき、うっかりスマホを部屋に投げ捨てていったせいで、立川さんは画面を見てしまったらしい。
英心さんの誤解を解いて、部屋に戻ったとき、珍しく顔を真っ青に染めた立川さんの姿があったとさ。
これ以上、誤解をされても困るので――僕の趣味でこんな画像を見ているだとか――グチッター界では僕たちの掛け算が行われているらしいことを立川さんに説明する。立川さんは顔を青くしながらも、呆れているようだった。
「腐海ですね……」
「不快だな」
珍しく、立川さんと意見の合った、夕方のことであった。
お読みいただきありがとうございます。
いかん。一か月に一話ペースになってしまっている……!
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