25.宿へ参る
しかし、今は荷物や車など色々あるのでひとまずは栄光さんのところへお邪魔することとなった。
横浜と違って街の面積が広いため、車のまま門の中の市街地へと乗り入れる。人口過密地域なので横浜では駐車場に停めて移動は徒歩であることがほとんどである。
港周辺に人口を押し詰めた状態だからね。
押し寿司なのである。
栄光さんの案内に従って進んでいくと、小田原駅跡地広場に入ったところで件の小田原城に見えた。
古城ってかっこいいよね。
僕だって男の子なので、歴史のロマンとかにちょっと浸っちゃうのである。
あの中にスケルトンとか妖怪とか色々いるって考えるだけで萎えるけど。
「そこの筋をまっすぐ行くと『洞ノ湯』って看板があるんで、そこで左に曲がってもらえますか?」
栄光さんが前方を指差した。
確かに進んでいくとデカデカとかかれた『洞ノ湯』という文字が視界に入ってきたのだけども……。
「看板……?」
僕は内心の疑問を思わず口に出していた。
僕の言葉を聞いてか、ちょっと笑いながら英心さんが捕捉説明をくれる。
「ぷっ……確かに看板に見えませんけど、ええ、それがウチの看板なのだそうです……」
「板っつーか、どう見ても石柱だろう」
立川さんが真顔で突っ込んだ。呆れてるようですね。
道の角には、それは大きな石柱が立っていた。おそらく、全長は4mほどもあり、直径は1m強はあるし、どう見ても看板を称するには太すぎる。板じゃないよこれ。柱だよ。
「オレもそう思うンですが、母曰く『ウチの看板よ』なのだそうで……」
英心さんも思っていたらしい。
苦笑している。
石柱の立っている角を左に曲がると、アスファルトの舗装が道の端に微妙に残っている、剥き出しの土がそこにはあった。
ここも昔は横浜のように端から端までアスファルトで舗装されていたのだろうが、いまはもう崩れてしまったらしい。『復活点』以降、アスファルトの維持費に回せるほど国家予算に余裕がなくなったのだ。
おかげで海外と通じる窓口となっている横浜の『港』などの主要都市以外の市町村の道はほとんどが剥き出しの土でできているのである。
『旧国道』とか交通網の要はかろうじて維持されているのだけどね。
畦道を進めていく。人も住んではいるのだろうが、周りにはいくつか、半ばから崩れた建物などもあった。
有り体にいえば、寂れている。
まあ、日本の街はほとんどこのようなものだ。
「栄光んとこ、料理が美味しくてけっこー宿以外の客でも繁盛してるんですよ」
街を観察していると、浩太さんが口を開いた。
ご飯が美味しいだと!
それは一番大切なことじゃないか。
うーむ、この季節だと何が出るんだろう?
温泉街なんだし、温泉のある宿なんだよね? 旅館?英心さんのご実家はいい感じの旅館だったりするんだろうか。
ならば懐石料理も期待できる。
魚の、あの反った体に串がブッ刺してある刺身とか食べてみたい。ラグジュアリー。
なんていうんだっけあれ。
「へぇ。楽しみですねー!」
「遠慮なくたくさん食べて行ってください」
ニコニコ笑顔の英心さんにそう言われたが、言われなくてもたくさん食べる所存です。
だって僕は遠慮と恥を知らない男ですから!
……自分で言っといてなんだけど、最悪だな僕。
そこからしばらく進むと、すぐに次の『看板』を見つけた。
洞ノ湯とかかれた石柱である。
「そう、そこがオレん家です」
思わずチラリと英心さんに視線を向けると答えが返ってきた。
改めて看板が立っている敷地の建物を見てみると、ちょっと驚いてしまう。
あの石柱を看板と言ってのけるくらいなのだから、それくらい大雑把で大胆で豪快な感じの宿を想像していたのだが、それに反してかなり繊細でお上品な感じの外観をしている。
木製の落ち着いた暗めの色の外壁に、生垣には笹と竹、そして入り口は一面ガラス張りとなっており、シックな純和風にモダーンがミックスされた感じでめっちゃおしゃんてぃだ。
語ってみたが、僕はインテリア?だっけ?そういうのに詳しくないから実際にはよくわからないんだけど。
まあとりあえずカッコいいってことで。
しかも、その宿の入り口あたりから地面には石畳が敷かれている。アスファルトではないが、これはすごい。
なんだかリッチ。
「意外そうな顔してますね。実はこの石畳、オレらが張ったんッスよ」
「ホントですか!?」
僕の驚いた顔に気がついたのだろう、英心さんがイタズラに笑った。
君たち、職業冒険者じゃなかったの!?
◆
宿の駐車場は向かって左側の細い坂道を下ったところにあるのだそうで、車を進める。ホントに狭い道なので、かなり慎重に運転した。
駐車場に至るまで綺麗に石畳で舗装されていて、開いた口が塞がらないよ。
なんなのもう。
嬉しくなっちゃう。
この調子だと宿の内装にも期待できますよねー。
駐車場に車を停め下車すると、生垣に沿って歩き出す。上り坂は20mもないので宿はすぐそこだ。
古風な和館って感じだから手動なのかと思いきや普通に自動ドアなガラス戸をくぐると、そこにも石畳が続いていた。
といっても八畳程度の話で、右側にはスノコが置いてあり壁際には靴箱があった。
「うちは土足厳禁なんです」
英心さんの言葉にみんなで靴を脱いで靴箱に突っ込む。僕たちが横浜でいつも使ってる宿は普通に部屋のなかまで土足オッケーな洋風なところなのでここまで和風だとワクワクする。
だって、旅館みたいだよね?
靴箱に鍵を掛けようとして、昔ながらの四桁のナンバーを帰るタイプの鍵にちょっとほっこりした。実を言うと安いので僕も使ってる。
僕以外の四人は靴もやたらゴツいブーツなので脱ぐのに悪戦苦闘していた。僕はするりと脱げる、柔らかい靴だよ?
じゃないと非力な僕は速度が出せなくなってしまうからね。重いブーツなんて履けないのです。
防御力? いない子ですねぇ……。
ちょっと遠い目になった。
「ようこそいらっしゃ……あら! 英心じゃないの!」
やっと四人が靴を靴箱に入れたところで、女将さんらしき人が奥から出てきた。
お上品なおばさ……女性という感じだ。着物を着ていていかにもそれらしい。
「ただいま、今日はオレの命の恩人のアド……」
「あらぁー! もしかしてアドハーの方達じゃない!? そちらの男前のあなたが立川さんよね!? 奥の可愛らしい方が清水さんよね!? なぁーに、素敵じゃなぁーいっ」
……前言撤回。
かなり騒がしいおばさまのようです。
っていうか!
立川さんが男前ってのはいいとして、僕が可愛らしい……だと……!?
きっとミニマムでしょぼさが可愛らしいって意味での可愛らしいってことだろう。知ってる。
愛玩動物的な意味で可愛らしいってことだろう。知ってる。
英語の『cute』的な意味の可愛らしいじゃないよね……。せめてそうであってほしかった。
「ちょっ、お袋オレの話聞いて! この人たち、オレらの命の恩人だか……」
「あらぁー! あらぁー! もうステキじゃない! 是非是非無料で泊まっていってちょうだい! いっぱいおもてなしするわぁ」
英心さんが最後まで話させてもらえない……。
かわいそうなんだけど、ちょっと面白くなってクスリと笑ってしまった。
そして、無料。ありがたい。
是非に泊まらせていただきます。
そんなわけで、強烈な女将さんに先導され、宿の廊下に足を踏み入れたのであった。




