20.大丈夫なんでしょうか
白鳥たちは空へと飛び上がった。仕方がないので白鳥たちの間を飛び回っていた僕は当然のように一緒に上空へと運ばれることとなり、さすがに焦った。
まあ、しかしこれでもほとんど俊敏値に極振り状態の僕である。
逃げ足だけが取り柄の僕が本気になれば、たかがCランク程度のモンスター《白鳥》に追いつけるはずがなかった。命からがら上空から森に着地した僕は、スキルで人の気配を探った。
立川さんのことだ。
僕を囮に逃げるといっても、絶対に僕が死ぬようなことはしない。
鬼畜は鬼畜でも、良識ある鬼畜なのである。……そもそも良識があったら仲間を囮になどしないというツッコミは聞こえないぞぉ……。
その点は信頼しているので、僕がひとり迷子になり餓死、なんてことにならないようにきちんと僕の《気配察知》の範囲内に潜んでいるはずと確信があった。
そして、スキルを意識すれば案の定森に潜む四つの気配が見つかった。人型だし、若干1名気配の消し方が下手な人(立川さん)がいるから間違いないはずだ。
万一にも白鳥たちに見つかることのないよう、群れから離れる時点で《隠密》も発動させた。
あいもかわらず、《隠密》と《俊敏》だけが僕の取り柄である。
本当、逃げ足一辺倒な冒険者とか、わけがわからない。
……レベルアップで俊敏値だけが一際伸びてたしなぁ……。
あ、そうそう因みに僕のいまのステータスはこちら。
どどん。
◆ステータス
名前:清水 洋介
種族:人間
性別:男
Lv:13
HP:68(56+1×12)
攻撃力:0(0+0×12)
防御力:50(38+1×12)
魔力:224(200+2×12)
俊敏値:604(556+4×12)
特殊能力:《隠密》Lv.4
《俊敏》Lv.3
《気配察知》Lv.4
《慈愛の心》Lv.5
実は僕、立川さんとパーティーを組んで寄生をしたおかげで人生初のレベルアップを果たしていた。
なんとレベルは13。
何だか不吉な感じのする数字になってしまったけど、まあ攻撃力がなくソロではモンスターを討伐しレベルアップを図ることが絶望視されていた僕としては非常に嬉しいことだ。
どうでもいいと過去に割り切っていたことだったけれども、実際レベルが上がって嬉しくないわけがない。
全国の男の子が憧れることだもの。
この点、立川さんとパーティーを組んでよかったなと少しでも思える。思わないとやってられないという現実は見なかったことにする。
……しかし、自分でも思うが、本当狂ったステータスである。
運命の神様イタズラすぎだよ。まるで空き地で野球をした挙句、ご近所様の窓ガラスを割るガキ大将だよ。
割ったのは僕のガラスのハートだったけどね!
普通、レベルが1上がるとステータス値は1〜2上昇する。
だから攻撃力もあがるんじゃないかと一抹の希望は抱いていたんだよね。
それがこれである。
見事にゼロ。
Lv.2になったときの僕の絶望がわかるだろうか。
しかし、俊敏値のステータスのみ4という異常に高い伸び方をしているところを見ると、僕のスキル《慈愛の心》は攻撃力のステータスを俊敏値に変換するような能力があるのかもしれない。……ホント逃げ足に特化しすぎだ。笑える。
「立川さん……ひどすぎますよ……!」
そんなことを考えながらも歩いていた僕は、《隠密》のスキル発動をやめてすぐに話しかけた。
立川さんは僕の声にビクッと震えてものすごい勢いで振り返った。
フハハ、細やかなる僕の仕返しである。
存分に驚きを持って心拍数を上げ、無駄なカロリー消費をするがいい。
「あ、洋か。お疲れさん」
しかし、思ったよりも立川さんの反応は薄かった。
僕と違ってはじめから気配を察知できないからだろう。突然現れた存在にも僕よりも驚きは少ないらしい。
いや、別に僕の反応がビビりのそれだということはないぞ。決してないぞ。
「立川さん! 軽いですよ! もっと深く感謝してくださいよ!」
思わずツッコミを入れた僕の気持ちもお分かりいただけるというものだろう。
攻撃力ゼロの仲間を囮にしたというのに!
その仲間が命からがら生還したというのに!
もうちょっと、こう感動的な何かがあってもいいはずだ。
「お疲れ様です! 清水さん!! 本当お疲れ様ですぅっ」
そう考えていた僕の思考を読み取ったかのようなタイミングで、英心さんが涙ぐんだ声で労ってくれた。
ありがとう英心さん。
ごついお兄さんが鼻水を垂らして瞳を潤ませているのは、正直見るに堪えない絵柄だけど、君のことばだけで僕の心は立ち上がったよ。
「英心さん、こちらこそ心配してくれたみたいでありがとうございます」
嬉しくなってはにかんでお礼を言うと、何故だか英心さんは予想外のことを言われたといわんばかりの鳩豆な顔をしていた。
「別に心配はしていませんけど……」
そしてすぐに戻った真顔でそんなことを言われた。
ひどいよ。
せめて、顔を赤らめて語尾を強めてくれればツンデレっぽくなったのに!
誰得だけど!
マッチョメンのツンデレとか誰得だけど!
そんな真顔で言われると、さすがの僕でも傷つく。……泣いていいですか。
車の位置を目指して森の中を懸命に歩きながらも僕はしょんぼりと眉を下げてしまう。
「英心、それじゃオレらが清水さんのことどうでもいいと思ってるみたいじゃんか」
そんな僕の様子に気づいているのかいないのか。
浩太さんが苦笑してそう言った。
僕はその言葉に思わず俯かせていた顔を上げた。
「あっ、違うんですよ! オレたちが清水さんのことをどうでもいいとか考えてたわけじゃなくて、その」
「……清水さんを信用していたんだ、僕たち」
慌てて手をぶんぶんと振り回して矢継ぎ早に話しはじめた英心さんの言葉を、三瓶さんが繋いだ。
……信用?
「ここまでの道中で、清水さんの実力はわかってたから。絶対生きて戻ってくるって信用してたんだ」
「……っ!」
口数の少ない三瓶さんが珍しく長い台詞を言ったことに驚けばいいのか、『僕の実力』が評価されたことに驚けばいいのか。
僕は吃驚して言葉が出なくなった。
我知らず、口元に手を持っていってしまう。口の端が持ち上がったのがわかる。
……そんなこと、はじめて言われた。
「に、逃げ足の、実力ですよね!」
僕はついつい照れ隠しするように自虐ネタを言って大声で笑った。
そうそう、そういえば結局、お兄さんたち三人組も僕たちの冒険についてくることになったらしい。
今ここで別れたら、彼らを見捨てて見殺しにするようなもんだもんね。
なんだかんだで立川さんも優しいところがあるんだよなぁ。
ニヤリと笑ってしまう僕であった。
◆
「温泉?」
車に戻ってきた僕たちは、さてこれからどうするかというところで、立川さんからの提案にみんなで揃って首を傾げた。
「なんでお前まで首をひねってんだよ。出発前に言っただろ」
立川さんに苦笑を向けられてしまったが、はて。
全く聴いた覚えがない。
「立川さん絶対言ってませんよ。だって僕、本当にいきなり連れてこられましたもん。ここに来るまで何の説明もありませんでしたよ、せいぜい行き先が山中湖だってことくらいです」
「あれ? そうだっけ?」
僕の反論に今度は立川さんは首を傾げた。まったく。
しっかりしていただきたいものですよ。
僕は深く溜息をついた。
後ろから「うっ……うっ……」と小さな呻き声が聞こえてきた気がしたので振り向いたら、英心さんが目をゴシゴシこすっていた。
「英心さんどうしたんですか?」
車酔いとかだったりするのだろうか?
心配になって尋ねたのだが、何でもないと首を横に振られてしまった。しかし、終いには顔を覆っている。本当によろしいのだろうか。
「本当に大丈夫ですか? 車酔いとか、遠慮しないで言ってくださいね?」
「清水さんこそ、大丈夫なんスか?」
僕が心配して聞いたのに逆に尋ねられてしまった……。
もうわけがわからないよ。
「何がですか?」
「いえ、清水さんが大丈夫ならいいんです……!」
なんだか拳を握って強く主張されてしまったので、仕方なく僕は振り返るのをやめて前に向き直った。
立川さんも不思議そうな顔をしている。
「なんなんだろうなあいつら」
「わかりません。とりあえず、温泉、ですか?」
「ああ、お前行きたいっつってただろ。遠征のついでにはいいかなって」
「立川さんっ!」
僕は思わず感動して手を顔の前で合わせた。
あの立川さんが、まさか僕の要望を覚えていてくれて、しかもついでとは言え叶えてくれようとしてくれるなんて!
……でも僕、温泉に行きたいなんて言った覚えないです。
寝ぼけて言ったのかしらん。
「まあ、嘘だけどな。俺が行きたかっただけだ」
再び首を傾げた僕に立川さんはニヤリと言い放った。
……立川さんェ……!
本当自由人だな!
「これで誤魔化されるとは。思ってたけど、洋はちょろいな」
「……!?」
天然で、意外と間抜けな立川さんにだけは言われたくない。
がっくりと項垂れる僕であった。
スマホからなので、スペースを入れられていないです。後ほど修正します。




