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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
三章 意味加味恨み
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19.静かな湖畔

 なんやかんやあって、なんとか山中湖に到着した。

 なんやかんやというのも、主に毒蛇の群れに遭遇した際に僕が立川さんにその群れの真ん中に投げ込まれたり、カナブンの群れに遭遇した際に僕が立川さんにその群れの真ん中に投げ込まれたりといったことくらいだ。

 特にどうということはない。

 いや、それを繰り返すたびにお兄さんたちの視線が生暖かくなっていったなんてことはないよ。

 別に僕がいま現在進行形で哀れみの視線を向けられているなんていうこともないよ。

 『まさかパーティーメンバーに本当にあんなことをしているだなんて……!』

 『噂は本当だったんだな!』

 とかお兄さんたちが小声で盛り上がっているのを、僕の地獄耳が捉えたということもない。

 ないったら、ない。

 ……噂ってどういう風に噂されてるんですかね。いや、別にどんな目で見られているかどうかが気になるとかじゃなくて元記者として気になっているだけですけどね。

 この分だと、お兄さんたちが『アドハー』が界隈では有名だと言っていたのも『冒険者のなかで強いと有名』なのではないかもしれない。非常に疑わしい。

 一度きちんと調べねばならないようだ。


 僕は真剣な顔をして、湖畔を見つめた。

 モンスター溢れる旧国道跡とは打って変わって、森に囲まれているはずの湖は静かなものだった。

 時折ぴしゃんと何かが跳ねるような音が聞こえるくらいで、小さく波打つ湖は太陽の光を反射してキラキラと輝いている。

 しかも、真ん前を見据えれば、薄く雲がかった向こう側に富士山が悠々と構えている。

 素敵だ。

 ここがモンスター溢れる旧国道跡付近でなければ、絶対ピクニックをするアベックで溢れかえっているだろう。

 モンスターがいいか、アベックがいいか。

 僕の精神衛生上はこのままの方がいいか。だって、アベック、最強だもん。

 何なのあいつら。僕がもてないのを知ってて目の前でいちゃついているの?

 モンスターからは全力疾走で逃げればどうってことはないが、恋人たちを見てしまったが最後、その後姿を見せない間もチクチクと僕の心に精神攻撃をしてくるのである。恐ろしいことだ。


「のどかですねぇ……」


 しかし、目の前の湖にそんなアベックはいない。

 僕は心底和んだ表情でそう呟いた。

 誰とも返答を求めることもなく呟いた発言であったのだが、意外にもイカついお兄さんの1人、――僕がお兄さんAと呼ばせてもらっていた――英心さんが振り返って僕を見た。英心さんも楽しそうに湖畔を眺めていたのだ。


「そうですねっ。あ、向こうの方なんかには花びらが浮いてますよっ。綺麗ですねーっ!」


 英心さんに言われて僕も彼の視線に合わせて身体の向きを変える。

 本当だ。

 湖畔沿いのずっと遠くに白い花びらが漂っ……ん?

 向こう岸にあるにしては花びら大きくない?

 ちょっと縮尺がおかしいよね?


「えーしん、あれ花びらじゃないよ」


 イカついお兄さんその2の浩太さんが僕が思っていたことを呑気そうな調子で言った。

 僕はもう一度目を凝らして花びら(仮)を見つめる。お、どんどん近付いてきてる。

 気配察知の範囲にも入ったし……あれ、羽根が見えるんだけど。ピンクがかった黒いクチバシが見えるんだけど。

 《気配察知》がアレは鳥型だって言ってるんだけど!?


「は、はなびらじゃない! 白鳥だよ!」

「リバース・バタフライ……」


 反射的に叫んだ僕に立川さんがローテーションで返してきた。


「……そうそう『吐く(リバース)バタフライ』……って違いますよ!? いまボケてる場合じゃないですよ!? 《白鳥》が群れでこちらに向かってきています!」


 思わずノリツッコミしてしまった。ノリが良すぎる自分が憎い。


「そうか」


 必死に叫んだ僕に返ってきたのはまたも冷静な立川さんの声。

 しかし、その声が聞こえてきたのが、何故か僕の背後からであった。

 そして背中には、確かに立川さんの腕のぬくもりを感じる。

 嫌な予感がする。振り返るのが怖い。しかし怖いもの見たさで振り返ってしまうと、そこに広がっていた予想図と同じ光景に僕は絶望の淵に叩き落とされた。


「た……立川さん……」


 そう、そこには立川さんが仁王立ちしていた。片手で僕の背中を、(つか)んで。


「さ、行ってこーーい!」

「待っ、……ぁぁぁあっ!!」


 そして案の定、ニッコリと笑った立川さんによって僕は敵地のど真ん中へと投げ込まれるのであった。







 水面が、地面が遠ざかる。

 いや、違う。僕が地上から遠ざかっているのだ。

 揺れる視界のなかで一瞬呆然としながらすぐに持ち直す。もう何度も投げられてきた。

 野犬のモンスターが今日はやけにしつこく追いかけてくるから、時々現れる毒蛇やら虫やらのモンスターの合間にもこれでもかというくらい僕は投げられてきたのだ。

 さすがに慣れる。

 僕は空中でくるりと一回点して体勢を安定させると、軽やかに着地し――ようとしたけど、これ下水面じゃん!

 下を見たことでやっとその事実に気が付いた。慌てて周囲を見回す。

 さすがの僕でも水面に着地なんて人間卒業した技は会得していない。

 僕ほどの俊敏値があれば水面を走るくらいはできるかもしれないけど。

 って今はそうじゃなくて!


「ここだっ!」

「クァッ」


 そこしかなかった。

 僕は舞い飛ぶ白鳥さんたちに着地した。僕の体重が加わったことで白鳥さんは呻き声を上げたが、ダメージを受けた様子はない。

 そりゃそうだ、僕の攻撃力はゼロだもんな。

 それはつまり、僕に攻撃手段がない、ということになる。

 要するに僕はずっと白鳥さんたちを足場にしつつ逃げ回らねばならないということである。

 なにその鬼畜な所業。思わず白鳥さんから第二の白鳥さんに飛び移る瞬間に、遠くにいるであろう立川さんを睨みつけてしまう。

 湖畔に佇むのは、立川さんと『栄光の散歩道』の皆さん-―英心さんと浩太さんと三平さんの合計4名のいかついお兄さんたちだ。激しく景観を損なう人物たちであったが、それ以上に僕の心をささくれ立たせるものがあった。


「くっそぉっ!」


 二番目の白鳥に着地すると同時に白鳥たちは事態を把握しはじめたのか、いっせいに羽根をばたつかせはじめた。僕にでもわかった。彼らは飛び立とうとしているのだ。

 僕というやっかいな獲物にんげんを追い詰めるために。

 僕は雄たけびを上げながら第二の白鳥から飛び立った。第二の白鳥さんは少々細身であったようで、僕が飛び立つ瞬間にかけてしまった体重を受けて少し沈み込んだ。

 あ、やばい。

 僕はスローモーションになる世界で自分の身体が傾いていくのを認識する。……水面に、落ちてなるものかー!


「僕は泳げないんだぞぉおお!」


 僕の情けない叫びが湖畔に木霊した。

 飛び立ち始めていた第三の白鳥の足につかまって難を超える。即座に手放して第四の白鳥の上に飛び移った。またも、水面から僕が遠ざかっていく。

 白鳥たちが飛んでいるからだ。僕は白鳥たちを飛び石がわりに延々と跳びはね回った。

 それで、いまは何とかしている。

 周囲に視線を向ける余裕が生まれてきた。


 あ、そうそう、僕の心をささくれ立たせたもの。立川さんの表情である。

 にっこりと笑って、僕にグッドラックをしてきたのだ。ぴんと立てた親指をへし折ってやりたい。


 で、いま一度立川さんたちを見られた僕ですが、あっれー。おかしい。

 『栄光の散歩道』の方々がこちらに背を向けて、森に向かって歩きはじめてませんか?

 立川さんも翻して、こちらに半身だけを向けて手を振っていませんか?


 立川さんの口が動く。僕は新聞記者として当然読唇術も会得しているので、声は聞こえないものの、立川さんが何と言ったのか理解できた。

 

『がんばって、なんとかしろよ。その間に俺らは逃げるから』


 くそおおお!

 立川さんはげろ!




 





『栄光の散歩道』という実質足手まといがいる以上、

守りながらの戦闘はきついという言い訳をw


読んでいただきありがとうございます。


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