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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
三章 意味加味恨み
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17.信じたくない出来事

 彼らは後悔していた。

 この冒険を夢見て少年の頃に冒険者ギルドに登録してから早10年。

 ようやく念願叶ってギルドのランクがCに上がったことに知らず知らずのうちに浮かれてしまっていたのだろう。

 長年にわたって入念に準備を進めてきたのだから、大丈夫だろうとそんな楽観的な考えを持ってしまったのだ。そして、挑戦をしてしまった。――――『冒険』に。


 『旧国道跡』を通るという冒険は、冒険者の、いやここ日本においての冒険者にとって一つの突破口であり、登竜門である。この関門を通り抜けられれば真の冒険者となれるのである。

 彼らが拠点としていた街は神奈川県南部の片田舎で、それがちょうど国道のすぐ脇にあるところだったので、これならばちょうどいいだろうと国道を使って山中湖を目指そうと計画を立てたのだ。

 距離的には徒歩でも最長三日ほどでつけるだろうという位置情報のネット検索結果から、そんな計画を立てた。


 それは大きな間違いであった。そう、ネットの検索結果というのは結局、距離や道路の話でしかない。

 国の調査員によって数年おきに道路の状況は調べられ、その情報によってネットの地図も更新される。だから、使える道路が使えなくなっていた為に計画が頓挫するなんてことはほとんどない。

 絶対ないと言い切れないからこそ冒険であり、それを行う人たちを『冒険者』といって崇め奉るわけだが。万一というのはどこにでもあるのだ。

 大型の竜や龍でも現れれば、アスファルト製の旧国道跡など一瞬にしてこっぱみじんなのだから。


 そう、路に問題はなかった。

 ならば彼らCランクパーティー『栄光の散歩道』の計画に何の問題があったのか。


 それはひとえに自らの実力である。道を進んでいくには、当然自分が死んではならないのである。そして、死んではならないということは『旧国道跡』に後から後から湧いてくるモンスターたちを戦って、勝たねばならないのである。


 彼らは自分たちが想像していたよりも、実力がなかった。それだけだ。

 Cランクという免許証を持っていても、結局それはペーパーでしかなかったということだ。

 ちなみに彼らの通っている旧国道138線跡の推奨レベルはBからC。

 一応、Cランクであれば戦える(・・・)レベルのモンスターたちの暮らす地域である。

 しかし、そこに『駆け出しの』とついた上に、『どこかを目指して進み続ける=キャンプをする』という行動がくっついてくればそれはもう、無謀としか言いようがなかった。

 そして彼らの拠点のギルドは非常に弱小であり、強者といってもせいぜいがDランク程度。

 そこにぽっと現れた期待の新人パーティー『栄光の散歩道』!

 高ランクの扱いを知らぬそんな職員ばかりであった為、彼ら『栄光の散歩道』の行動を止められる者もおらず。……むしろ『俺らのギルドから何十年かぶりのCランクが出るなんて!』と一緒になって大喜びして送り出していた。


 ああ、無常。


 ぎりぎり戦えるレベルのモンスターとの連戦で、『栄光の散歩道』の面々はすっかり疲弊しきっていた。そんな彼らの耳に、ああ幻聴であって欲しい音が届く。

 それは犬の遠吠え。


「あ、これ死んだわ……」


 呟いたのは誰であったか。

 そう、もう立ち上がって歩くだけで精一杯のパーティーに、野犬のモンスターが襲いかかろうとしていた。






 前時代には免許証だけを取って実際には運転をしないタイプのドライバーをペーパードライバーといったらしいが、いまペーパーと言えばギルド証をとっても冒険をしない冒険者のことを言う。そして真の冒険者とは、街の外に遠征し、拠点をおかず各地を巡る――冒険をする猛者たちのことを指す。

 そしていま、ついさっきまでそのペーパー冒険者であった僕が、何故だかわからないがその『真の冒険者』であろういかついお兄さまたち三名に取り囲まれ――泣いて感謝をされていた。

 わけがわからないよ。

 どういうことだってばよ。頭の中をハテナマークが埋め尽くす。


「えーっと、お兄さんたち……?」


 僕は思わず声を震わせながらお兄さんたちに話しかけた。

 だって、僕は結果的に僕の攻撃力がゼロだったおかげで誰も怪我をさせたりしなかったわけだけど、本当ならお兄さんたちを殺してしまうようなことをしでかした奴である。

 それなのに何故感謝されているのか。

 困惑しかない。……そうか!

 もしかして、これは新手の嫌味なのか。相手を殺しかけるような馬鹿な事故を起こした糞野郎を皮肉って逆に嘲笑うかのように感謝の言葉を述べる。そういうあれか!

 僕は浮かんだ考えに一瞬納得しかけたが、すぐに気がついた。

 それにしては表情が真剣味を帯びすぎてやしないだろうか、と。


「どういうことなんですか?」


 そして結局このように困惑の音を上げるほかなかったのだが。

 感謝の意を表しすぎて涙どころか鼻水までたらしたいかついお兄さんが顔を上げ僕を見つめてきた。


「オレたち、死にかけてたんッスヨ!」


 そして返ってきたのは思いがけない言葉であった。








 話を聞いてみると、なんと彼らはいまちょうどモンスターに追われているところだったのだと言う。

 僕はそれで納得した。

 僕らは思わず彼らいかついお兄さんたちを轢いてしまうほど急いで助けに駆けつけた、と思われたのだろう。それでこの感謝である。


「あの……」


 僕は口を開いてからハッと思い当たった。素直に謝らねばと思っていたが、せっかく好意的に捉えてくれているうえに純粋そうに喜んでいる彼らを落ち込ませるというのも良くないだろう。

 うん。絶対そうだ。

 チラリと立川さんを見れば立川さんはその男前な顔をにこりとした微笑みに変え、僕を見た。

 その笑みはどう見たって肉食獣にしか見えないものだった。

 僕はそれで立川さんの意志も確認する。そう、ここは僕らのしでかしたことの意味を隠蔽してしまお――


「いや、俺らは君らに助けを求めて追いかけてきたんだ」


 え、ちょっと待って立川さん。

 焦る僕の眼に映ったのは絶望に染まるお兄さんたちであった。さもありなん。なむ。


「そ、そんなぁ……」


 感動のあまり流されていた鼻水がぽたりと地面に落ちた。

 僕もほろりと来た。大丈夫だよ、お兄さんたち。

 立川さんはスキルの影響かどうか知らないけど。びっくりするほどドSで、なのに天然だけど。

 でも、その実力だけは確かだから。

 僕はあわれなお兄さん(子羊)たちを救うべく、アルカイックスマイルを浮かべながら口を開いた。


「大丈夫ですよ、お兄さん。僕たちは道に迷ってしまっただけです。しかもですよ。なんとなんと……」

「え?」


 俯いていたお兄さんたちが顔を上げる。瞳にほんのりとわずかながら光が灯った。

 それは希望の光だ。


「そう、なんたってこのお方はBランク冒険者の立川様ですから!」


 僕は胸を張って立川さんの横に立った。

 こういうの、一度やってみたかったんだ。出来れば、古典のドラマみたいに『ここにおわすおかたを~』からはじまって『ヒカエオロー』って印籠を出すのをやってみたかったんだけど。

 ……今度からは立川さんのギルドカードを借りておこうかな。


「もしかして……!」


 僕の言葉に一番ごつい体格のお兄さんAが立ち上がって口に手を当てた。

 そして、その言葉に伴って誇らしげに虎の威を借りた僕に向けられた視線は、まさかの尊敬であった。

 僕自身びっくりだ。もっとこう、馬鹿にされた視線を向けられると思っていたのに。


「貴方たちは『アドハー』さんですか!?」


 更に出てきた質問にびっくりする。

 あどはー……? うん。とぼけてみてもわかるよ、さすがに。

 僕たちのパーティ名『add and halve』の略称なんだろうってことくらい検討ついてしまう。

 いつの間にそんな名が知られるようになったんだ。

 ここのところ、主に立川さんに振り回されるせいで、僕の得意技《情報収集》も全然できていなかったからな。世情がわからない。

 でも口がにやけるのが分かる。自分たちが有名になってきているということはそれだけ自分たちの活動が認められているということ!

 他人に評価してもらえるだなんてめちゃくちゃ嬉しいじゃないかっ!

 ……いや、わかっていますよ、わかっていますよ。

 僕なんてただの金魚の糞なんだって。僕がいなくたって立川さんだけで十二分に注目されるって。

 ほら、ね。でも、これでも僕だってパーティのメンバーなわけでありまして……。


「『あどはー』とやらがパーティ名ならば、俺たちは『add and halve』というパーティ名で活動させてもらっている」


 そんな意味のない言い訳を頭のなかで続ける僕に代わって立川さんが返答をしてくだすった。

 しかし、その後の行動が問題であった。

 そう、立川さんはおもむろにみずからの懐に手を突っ込んだ。そして懐からそれ(・・)をひっぱりだし、彼らに見せつけるように突き出したのだ。――――そう! ギルドカードを!


 なんてことだ! それは僕がやりたかったのに!

 ヒカエオローやりたかったのに!

 ハハーって!


「うおお! すげー! 生アドハーだ!」


 ほら、見て? 流石に『ハハーッ』はやってくれなかったけど、お兄さんたち、そのいかつい面なのに思春期の少年がカブトムシを見つけたときみたいに、もしくは憧れの有名人にあったときみたいな表情かおになってる!

 立川さんをキラキラした目で見つめてる!

 そこに! 僕も立ちたかった!


「あぁああ……」


 僕は小さく呻き声をあげた。嘆きの心の叫び(レクイエム)とも言う。

 しかし、彼らはどうやって僕らのことを知ったのだろう。

 情報収集を怠っていたとは言え、さすがに新聞くらいは読んでいるのだが。

 いや、まあ新聞にのれるほど有名になっているとは考えておりませんけどね! そこまでの思い上がりではありませぬ。


「あの、どうして僕たちのことご存知なんですか?」


 気になってまだ盛り上がって立川さんと一緒に携帯で記念撮影とかしているお兄さんたちに質問してみると、お兄さんが僕にもまさかのカメラを向けてきた。


「はいっ! チーズ!」

「えっ!? えっ」


 焦っている間にシャッターが押された音がする。

 いま絶対引きつった顔してたって!

 わんもあ! ワンモアチャンス! プリーズ!

 せめてイケメンじゃないなりにかっこいい写真撮ってよ!


 ノリノリで撮影会に望む僕たちであった。


 結局後から聞いたところ、彼らが僕たちを知ったのは『クチコミ』だという。

 結構、『界隈』では有名なのだそうだ。

 にたにたしてしまうよね。


 僕は立川さんに無理矢理拉致されて旧国道跡に引っ張ってこられたことも、けろりと忘れて立川さんと同じパーティになれてよかったなぁ、なんて現金なことを考えていたのだった。



お久しぶりです。

本当に亀更新でごめんなさい。

それでも読んでくださった貴方に、感謝を(口にくわえていたバラを投げつける

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