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逃げ足最速、新聞記者  作者: ヘッドホン侍
三章 意味加味恨み
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15.富士山を目指せばいいんですか

 そういえば富士山の表面はどちら側なのかという山梨県と静岡県の熾烈な争いはもう何世紀にも渡っているのだったなぁ。

 と僕はそんなことを考えながら相変わらず遠い目をしていた。


 よくよく考えてみれば攻撃力でSランクをぶっちぎりで追い抜く立川さんに、詮索力と逃げ足だけは余裕でSランクを追い抜く僕とが協力しているのだから、Sランク一人分以上の働きはできるんじゃないかな、とあまりの現実に嘆いていようよ!と抵抗してくる自分の心を捻じ伏せて、何とか納得させ心の平穏を取り戻したのが数分前。

 僕は割とうたれよわいが、復活が早いタイプだ。

 何故ならプライドというものを持っていないから。はばかることなく怯えを表していれば、溜め込むこともないから復活は早くなるというわけである。


 そんなわけで、我ながら誘拐同然にいきなり旧国道跡に連れてこられた割にものすごく早く復活したのだけど……。

 いま現在僕は再びげんなりとした表情を隠しきれないまま遠い目をしていた。


「迷ったって。どういうことですか!?」

「はっはっは」


 噛み付く僕に立川さんは大声で笑った。こら! ごまかすんじゃない!

 アスファルトの上を走っていけば迷うはずはないのだが、季節は夏のはじまり。

 それは暴力的に草が生い茂っているので、少し森に近付いてしまえば、地面がよく見えないという悪路になってしまった。

 旧国道138号線跡にたどり着くまでは確かに立川さんが準備はばんたんだというだけあるくらい順調に進めたのだが、旧国道跡に入ってからはもうそれはそれは大変だった。

 そして案の定だ。いま僕たちは完全な迷子になっている。


「あぁぁ……僕まだやっていないことたくさんあったのに……」

「何死んだ気になっているんだ。お前と俺が居れば何とかなるだろう。運良く近くを誰かが通るかもしれんし、そうすればお前の気配察知でどうにかなる。モンスターが出ても俺がどうにかする。更に、当分はあの富士山を目指して進めばいいんだ」

「富士山を……あーはい。わかりましたよ」


 あの富士山を、というとあの先っぽだけちょっと見えている山が富士山ということなのだろう。

 うっそうと茂る森の木々のせいで遠くを見渡すことができないのだ。

 それでも視界に何とか入ってきてくれるってだけでもさすが富士山、といいたいところだけど。

 そんな悠長なことを言ってられません。あれが正面とか背面とかは知らないけど、ちょっとでも森の奥に進んで視界が遮られたらすぐに見失ってしまうよねあれ! しかも立川さん、遠慮なく車の速度出すよね! なに、僕への信頼からの行動というならそれは嬉しいけど、ちょっと期待が重いです!

 僕泣いちゃいます。

 いくらこの僕でも気配を全力で探りながらかつ視界から時々消えてしまう山の端っこを探し続けるなんて芸当、精神的につらいものがある。

 まあ簡単に言えば脳味噌が疲れちゃいます。


 そんなわけで富士山を見失った僕は遠い目をしていた。


「おい」

「元はと言えば立川さんが……!」


 低い声を出してきた立川さんに涙目で訴える。

 だってだって。

 僕が富士山を見失う以前に、立川さんがいきなり山中湖に行こうなんていいださなければこんなことにはなっていなかったはずなのだ。

 僕がジト目で睨みつけると、さすがの立川さんもうっと怯んだ。自分が悪いことは自覚していたらしい。



 しかしここでいがみあっていても埒が明かない。大人な僕はとりあえず怒りの感情を飲み込んでおくことにして、自分の役割を果たすことに専念することにした。


「立川さんは、もう少しゆっくり運転してください。制限速度は80キロです」

「……はい」


 普段の僕たちではありえない形勢逆転は起こっていたが。

 素直な立川さんって、気持ち悪いですね。








 と、それからしばらく僕たちは迷走をつづけていたのだが、太陽が完全に昇りきってから何時間か経過してしまった頃。

 つまりは午後しばらくしてから。

 僕は呆然としていた。


「ふじさん……」

「……」

「Where's Mr.Fuji!?」

「……それは山じゃなくて人間の藤さんかな……」


 遠慮がちに立川さんが僕にツッコミを入れた。珍しいこともあるものだ。

 いつものようにビシッと裏拳のように強烈なツッコミを入れてくださっても、構わないんですよ?

 そう思いながら立川さんを見ればスッと目をそらされた。


 ――あれは20分前の出来事であった。


「立川さん! 一時の方向から急接近してくる気配があります!」


 僕が運転をしながら続けていた気配察知のスキルの範囲内に何匹かの生命物体が侵入してきた。

 その気配はたまたま僕たちの近くを通ったわけではないらしい。

 一直線にこちらの方に向かってくる様子から、すでに何らかの方法でこちらの存在は感知されてしまっているのがわかる。

 そして伝わる気配で人間でないことはわかっていた。つまりそれは僕たちを襲おうと一目散にやってくるモンスターたちの気配ということだ。

 モンスターにこうして追いかけられるのは、もう立川さんと活動をはじめてからというもの、毎度のことだというのにいまだに慣れない。

 何たってこれまでの僕は森に入っても隠密行動をしていたからモンスターに察知されることもなかった。

 つまり、僕は生まれてこの方モンスターに迫られた経験などこれまでなかった。

 だから毎度のように慌てて立川さんに報告をしてしまうというのも仕方がないと思うんだ。

 べ、別に僕がビビリというわけではないのだ。うん。

 

「なんのモンスターだ?」


 慌てる僕に反して落ち着いた余裕の態度で対応してきた。

 僕も何とか荒ぶる心臓をなだめる。


「たぶん……形状からして犬系のモンスターです!」


 僕が紳士のように落ち着いた声で立川さんに答えると立川さんは何かを考える表情になった。


「それは何匹いる?」

「えっと……14匹ですね。結構大きい群みたいです」

「……っち。めんどくせえな」


 凛々しい顔で舌打ちを疲労してくださった立川さんは本当にめんどくさそうな顔をしていた。

 さっき何か考えていたような顔はなんでもなかったのかな。思わせぶりですね。

 そうか。あれか。イケメンならどんな表情をしていてもかっこよく見える現象! 金がないなぁとか思いながら情けない表情をしていても『キャア! 憂いを帯びた、艶やかな表情ですわぁ! ステキィ!』とか言われるアレだ。


 とか無駄なことを考えている間の出来事であった。

 急に傾く車両! 突如増す速度!


「うわぁぁあっ!?」


 僕は咄嗟に悲鳴を上げながら車の座席に張り付いた。

 立川さんの運転する車が突然速度を上げたのである。そして慣性の法則にしたがって僕の体は危うく車の中から放り出されそうになったのである。


「立川さん!? ちょっと! なにしてるんですか!?」

「無駄に戦闘をしてこれ以上時間を食ってもいいことないだろ!」


 と、まあ、そんなわけで何故か大爆走して一応無事に犬のモンスターをまいた立川さんであったのだが――


「迷ったらタイムロスどころの話じゃないじゃないですかぁあ!!」





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