10.和菓子を食べたいのよ
関東地区で三月も活動をしていると、僕のランクはすぐにDに到達していた。これも立川さんのおかげだ。
何たって僕はモンスターを一匹も倒していない。
そのおかげで、はじめの頃は立川さんとパーティーを組みたかった連中に『たかり』だ、『寄生』だなんだとよく罵られた者だが、ゴミくず扱いが常であった僕には何の攻撃にもなっていなかった。
それに、《気配察知》Lv.4とか言う自分で言うのもなんだが、化け物じみたスキルを持った僕を闇討ちなどできるはずもなく。
立川さんが容赦なく僕をモンスターの群れの中に放り込む姿が、何度か他の冒険者に見られたりしたあたりから、その風当たりも弱くなった。むしろ追い風ってくらい同情されたりする。
弱くても回避で盾役もどきくらいは出来る奴、みたいなイメージがギルドでもついたらしい。
わー、立川さんはすごいな。こうなることを狙って僕を群れの真ん中に投げ込んでいたに違いない。さすが立川さん。
そうだと願ってます。
そうだと思っておいた方が僕の精神衛生上いいから。何と言われてもそういうことにしておくんだ。だから、そんな同情的な目で僕を見るんじゃない。
「いい感じの依頼がないな」
立川さんがギルドの依頼掲示板のタッチパネルをいじりながら渋い顔をした。
確かにいい依頼はない。立川さんは目立たないように行動していたのだが、僕が記事を書いてからそういう遠慮はしなくなった。
要するに自重なく、ここの依頼を受けまくった結果、古くから残っていた依頼含め、僕たちのパーティー『Add and halve』が達成してしまったのだ。
「それにここは一応都会ですしね……」
今僕たちが暮らしている横浜は、貿易港に近いということもあって古くから人口過密地域だ。人が少ない場所につれてモンスターは強くなる傾向にあるので、正直言ってここのモンスターはBランクの立川さんにとって弱すぎるものとなっていた。
僕にしたって、このあたりのモンスターじゃ倒すことは不可能であっても、翻弄して遊ぶくらいなら余裕な相手くらいしかいないのだ。
「じゃあ、ちょっくら田舎に行ってみるか?」
立川さんが気楽な調子で言った。僕は少し考える。パーティーで活動するようになって、僕も名前を変えてこそこそすることもなくなったため、貯金はかなり溜まっていた。それにさっきも言ったようにもうこのあたりじゃ物足りなくなっているし、このままではこの辺で活動している他のパーティーの仕事を奪ってしまうような事態になりかねない。
拠点を横浜からどこかに移すのは確定事項だろう。
そこまで考えて、別に立川さんは拠点の話だとは言っていないということに気がついた。むしろ、今の場合依頼の話をしていたのだから、ちょっくらとは依頼をしに行くという意味である可能性の方が高いんじゃないだろうか。
自分の中で思っていたことの延長で考えてしまっていた。
「それは拠点を移すということですか?」
「いや、それは考えなきゃいけないだろうし、俺は各地を回るつもりだから、いずれにせよ出てくる話だが。今はとりあえず下見がてら近場の田舎に少し遠征と言ったところかな。どっか行きたいところでもあるか?」
やはり。僕の早とちりだったようだ。
でも立川さんも拠点の移動は考えていたみたいだ。まあ、それもそうだろう。あれだけ強いのだから、僕以上に横浜なんて雑魚しかいないこの場所じゃくすぶっているのかもしれない。
しかし、遠征か。
僕は生まれてこの方関東圏から出たことはないし、はじめての遠征だ。あまり遠いところに最初から挑戦することもあるまい。
交通の面でも太い道路が通っている車で通れるような場所がいいだろう。
ついでに言うとせっかくどこかに行くのなら、美味しいものが食べたい。
「人形焼きとかどうでしょう」
「それは地名じゃないだろう」
冷静に突っ込まれてしまった。
でも、これで方向性としては間違っていないはず。東京までの道は太いし、バスも出ている。通る人の人数も多いだろうし、間違いなく他の場所に行くより、安全な交通路だと言っていいだろう。
「東京に行ってみたいです。美味しいものが食べたいです。いまの気分は和菓子です」
「お前の食いたいもんは聞いてねえよ」
呆れた様子の立川さん。でもボケにつっこんでくれる。素晴らしい。
この3ヵ月で僕たちパーティーのコンビネーションも向上したからな。ボケとツッコミの切れがあるだろう。残念ながら大阪人には遠く及ばないとはわかっているけど。
「まあ、東京ってのは悪くないな。交通路は安全だし」
にこりと笑って僕のボケを意見として取り入れてしまうあたり懐の大きさが違う。さすがもてる男は違う。しかし、具体的にどこに向かおうか。
今日の僕たちの目的は、半ば遠征の練習と言った具合になっている。それで遠征の中では簡単な東京行きに決定したのだが、そもそもは強いモンスターの居る田舎に行こうというのが目的であって。
そういうことで、東京の細かい地理など知らない僕たちは目的地を決めるべく受付に向かうことにした。
◆
「東京都内で、ここから一番近いド田舎ですか?」
いつかのメガネの真面目な受付嬢が無感動に言った。村山さんというらしいのだが、彼女、僕たちの突拍子な行動に驚きもしない。
最近じゃ、驚かせて表情を動かしてやろうというのが僕のひそかな目標となっている。
「ド田舎という言葉も主観的なものですから判断材料としては曖昧なものになりますけれども、人口の少ない、という意味でしたらが西側の奥多摩方面が選択肢に入るのではと愚考いたします。そこに、ここから最も近いという条件を加えますとまずは『檜原村』が該当箇所になりますね」
何か資料を見ることもなく、村山受付嬢はそう言った。もしかしたら、この人はこのへん全部の地理が頭に入っているのかもしれない。
というかそれは当然として、各地の依頼状況まで熟知していそうで怖い。
「檜原村の依頼状況はどうなっている?」
僕のそんな考えを読み取ったようなタイミングで立川さんが尋ねた。
「数は多くないですが、人口が少ない影響でランクの高いものが残っており困っているようです。確か、Cランクの……こちらの依頼ですね」
まさかの、途中まで空で回答した村山さん。
細かい依頼内容までは確実には覚えていなかったのか、PCでデータを検索して僕たちに見せてくれたのだが。
末恐ろしい。やっぱり覚えていたのか。何者なんだろう、このお姉さん。
僕が内心で恐れおののいている間に、村山さんはきびきびと依頼内容を読み上げてくださる。
「Cランク、《小豆洗い》の討伐。逃げ足が速く、一撃で討伐するのが望ましくなっておりますので、ランクが高くなっています。川沿いのお宅の方が騒音被害に遭われてかなり困っているようで、村の依頼にしては高額な報酬となっております」
高額な報酬。
「行きましょう。立川さん」
即決であった。




