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恋なんかしてない

恋なんかしてない

作者: マビ

「伊咲ちゃん。」

 ドアからひょっこりと身体を乗り出した女の子に伊咲は微笑んだ。

「佳奈ちゃん。どーしたの?」

 教科書忘れちゃって、とはにかむ佳奈に伊咲はどの教科?と微笑んだまま返す。

「うん、あのね。数学の――」

「なにはなーしてーんのー!」

「!?」

 伊咲の背中に男子生徒が飛び付いて伊咲はバランスを崩す。

「こら、英一!」

「ごめんごめん。」

 たたらを踏んだ伊咲から離れると菅原は佳奈を見つけて目を輝かせた。

「へえぇええ、佳奈って七尾ちゃんとトモダチだったんだな!」

 まぶしい笑顔に伊咲は柔らかく微笑む。佳奈は何がそんなに嬉しいんだろうと不思議そうな顔をしたが、そういえば前にマネージャーがもう1人入ればいいななんて話を菅原がしていたのを思い出して思わずにやついた。もしももう1人増えるとして、それが伊咲ちゃんだったら万々歳だ。


「七尾ちゃん、後で宿題見せてなー!」


 ドタバタと走り去る菅原に、廊下を歩く友達らしき生徒から「うるせーぞ野球部!」なんて野次が飛ぶ。それに伊咲と佳奈は顔を見合わせて笑う。

「えっと、ごめん。数学だっけ?ⅠA?」

「そうそう!あっ、やばい、予鈴鳴っちゃう!」


 佳奈は廊下を走って自分の教室に滑りこむ。

「おい。菅原といいお前といい、廊下は走んなよ。監督に怒られるのはオレなんだからな。」

「ごめんごめん。ね、それよりさ。菅原くんって伊咲ちゃんをマネージャーに誘うつもりなのかな?」

 野球部部長は呆れたように佳奈を見て、それから心底おかしそうに笑った。

「え、なに?何なの?」

「くっ・・・ははは!そっか、知るわけないよな。七尾をマネージャーにしたがってんのは菅原じゃねぇよ。いや、そりゃああいつも七尾がマネージャーになったら喜ぶだろうけどさ。」

「え、じゃあ誰がしたがってんの?」

「それは後でのお楽しみってやつだろ。その内分かるさ。」

 何がそんなにおかしいのか、ツボりすぎてむせる部長に先生のチョップ。

「授業始まってるつってんだろ、野球部。」






 日本史の先生は新任で、一生懸命背中を向けて黒板ばっかり熱心に見つめている。カツカツ響くチョークの音に紛れて泉は前の席の女の子の肩の辺りを人指指でちょいちょいと突ついた。


「七尾。」


 小さい声で呼べば、女の子は半分くらい振り向いて答える。

「なぁに、泉。」

「さっきマネージャーと何か話してたろ。何?」

「あぁ、うん。教科書忘れちゃったんだって。」

「それだけ?」

「うん。」

 はぁあああ。あからさまにガッカリする泉に、伊咲は意味が分からず首を傾げる。それを見て泉はきゅっと唇をへの字に曲げて次の質問を投げかけた。

「……菅原は?」

「お前らトモダチだったんだなー、後で宿題見せてーって。」

「……………………ふぅん。」

 またもや納得いかないご様子。伊咲は何が何やら分からないが、兎に角泉の機嫌を損ねたようだと気がついて様子を伺う。

「何だと思ったの?」

「……何でも無い。」

 ふいっと横を向いてしまった泉に、伊咲はこれ以上聞いても仕方がないなと諦めて「そっかぁー」とか言って流してしまった。だって泉が不機嫌になるのはそう珍しいことじゃない。もうちょっとして機嫌が直ったら、また肩の辺りを不器用な人差し指がノックするだろう。

 七尾。

 泉が自分を呼ぶ声だけはいつもどうしてか優しいから。だから伊咲は泉が機嫌を悪くしたって、ちっとも心配なんかしやしないのだ。






 泉は前を向いてしまった伊咲の背中を目線だけでちらりと見た。

 別に、期待をしていなかったわけではない。泉は佳奈と七尾が親しいのも佳奈がマネージャー業を1人でやるのを寂しがっていることも七尾が帰宅部なのも知っていた。だから、別に、佳奈が七尾を野球部のマネージャーに誘うんじゃないかって思うのは普通のことだ。これはおかしな期待じゃない。七尾がベンチでタオル渡してくれたら嬉しいなとか、そんなことはちっとも思ってない。


 七尾伊咲に、恋なんてしてない。



「…………いずみー?」


 とんとん、と背中を叩かれてビクリと肩が跳ねる。

「あ、ごめん。寝てた?授業終わったよ。」

 おわったよ。声の優しさに目眩がするようだ。

「……ンだよ、七尾。」

「菅原がねー、放課後一緒にコンビニ行こうっていうの。泉も一緒に行こう。」

「…………はぁ?何、お前、練習終わるまで待ってるつもりなの?」

「うん。編み物でもしてれば直ぐだよ。」

 そう言って七尾はささっと編み棒を取り出した。あみぐるみを鋭意制作中なのだという七尾は時間を見つけてはあみぐるみを編んでいる。もちろん泉はそれを知っていた。だって休み時間とかに友達と話しながら一生懸命編んでるし。

「ねぇ、行こうよー。」

「…………。」






 練習終わりのロッカー室。部長はにやつく顔を抑えきれずに事態を見ていた。


「あれっ、泉。なんでそんな急いでんの?」

「急いでねーし!」

「着替えはやっ!おま、もう出んの?どこ行くの!?」

「急いでねーから!!!」


 マッハで着替えて部室を飛び出し、グラウンドを心なしか早歩きで突っ切る。待たせちゃ悪いし。窓際に座って手を振る伊咲と目が合った。笑顔が夕焼けに照らされて眩しい。物理的に。表面上はノーリアクションで、泉は走る。走る。走る。先生に怒られた。競歩で進む。

ダダダダダダダダダ バァン!


「泉!おわった?」

 ぎゅう、と完成したらしいぬいぐるみを抱きしめて七尾はふんわり笑った。かわいい。いや、ぬいぐるみの話だけど。

「おわった。」

 大股で七尾に近づく。

「………七尾はさ、」

「うん?」

 いつだって七尾は穏やかだ。

「七尾はさ、部活、入んねーの。」

 ちがう。ちがう。野球部入んねーの、って言うはずだったのに。

「・・・うーん、かんがえたことなかった。」

 わたしってばトロいから運動は苦手だし、手芸部とかってうちにはないし、指折り数えて七尾伊咲は思案顔。あとは、野球部のマネージャーとか?ずっと聞きたかった言葉に泉はぎゅっと拳を握りしめる。


「野球部のマネージャーって、たいへんなんでしょう?」

 泉たちと一緒なら楽しそうなんだけどなぁ。


 口をとがらせて拗ねるような表情をした七尾に、泉はぎゅっと唇を噛み締めて、それでは足りずに額を壁に打ち付けた。

「!?」

 七尾が驚いているが、それにかまってられる余裕は無い。にやけんな、オレ。「だ、だいじょうぶ?」なんておろおろする七尾を手で制して、言葉の意味を冷静に考える。イズミトイッショナラ、タノシソウナンダケドナァ。それってつまりどういうことだ。



 オレと一緒なら楽しそう=オレと一緒に居たい=オレのことがすき



 いやいやオレってば中学生じゃないんだから落ち着けよ。


「ちょっと、泉?」


 ぬいぐるみを抱えたままおそるおそる顔を覗き込んでくる伊咲と目が合い泉は頭がフットーして、

「かわいい!!!!」

 聞きなれた声にわりとガチでブチ切れた。



「英一!」

「伊咲ちゃん!なにそれかわいい!!」


 なにお前名前で呼んで呼ばれてんだよくそが羨ましいわけじゃねーけどほらあれだ男女の風紀が乱れるだろうが!


 でも女子のノリでかわいいかわいいとはしゃぐ菅原はただのバカで、「でしょお」って笑う伊咲とはカレシカノジョというよりは優しい姉とわんぱくな弟といった風で肩の力も抜けてしまう。


「ね、菅原も来たし。いこお、泉!」


 穏やかな声に泉はつられて口元が緩んで笑う。菅原との仲の良さが気にならないわけじゃないが、いつだって七尾伊咲はこうじゃなくちゃ。菅原は素直な、穏やかな気持ちで呼びかける。


「なぁ七尾。」

「うん?」

「伊咲って呼んでもいい?」

「いいよう。」


 何だ、こんなカンタンだったんだ。


 伊咲はやっぱりいつもみたいに優しく笑って、こっちをきちんと見てくれる。泉はそれだけで心からほっとして、傍にいてくれるだけで良いのだと思っ――――いやいや、落ち着けオレ。何ポエミーになってんだ。だから、恋なんかしてないんだってば。

 伊咲と菅原が仲良くするのだって、気にすることなんか、


「なぁなぁ伊咲ちゃん、暑くなってきたし今週プール行こうぜ!」

「いいよ~。」


 伊咲ちゃんてどんな水着着るの?ビキニ?

 ビキニはなー、勇気が出ないかなー。

 えー!着たらいいのに!

 そう?じゃあ今年はチャレンジしてみようかな?



 

 泉は強く決意した。




 菅原、あとで泣かす。





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