逃走3日目
−−どうして私がこんな目に。
彼女の頭の中に浮かんでいるのは、もう何度目かわからないほど繰り返した言葉だった。日頃から口癖のようなものではあったが、ここ数日で飛躍的に使用頻度が上がった。
「ふむ、Rt58AAか…パトリシアよ。これはいささかマズい状況なのではないかね?」
その原因たるこの男。危機的状況であることを伝えながら、まるで自分には関係ないと言わんばかりの態度だ。
男の頭を全力で殴りたいとは思って止まないものの、慣れない″ハンドル"の操作でそれどころではない。そこで男に対しての苛立ちは言葉の暴力となって表れる。
「お陰様で死にかけてるわよ!アンタのせいで私の人生台無しだわ!脳天ぶち抜かれてくれない!?」
ハハハ、と男はわざとらしく声を上げて笑い、自分を指差して言った。
「パトリシア、生憎私は脳がないんでね。君たちの言う『能無し』ってやつか」
「ええそうね!とっても楽しいわ!アンタが死んでくれたらもっとハッピーなんだけどね!」
「おやおや、随分な言いようじゃないかパトリシア」
悲しそうな顔を作りながら男は言う。彼女は何度したかわからない訂正を叫ぶ。
「つーか私の名前、パトリシアじゃないから!」
″ルームミラー"にRt58AAの姿が映ったのを見て、彼女は慌てたように"アクセル"を目一杯に踏んだ。
二人の乗った"旧式自動車"は、速度をあげて走っていく。