四角関係(未満)
四角関係(仮)も読んでくださると嬉しいです。シリーズです。
「よろしく」
「あ、よろしく…お願いします」
差し出された手を緊張気味に握った。同級生にも敬語を使った。それぐらい、あの時の私には余裕がなかった。
挨拶だけで顔面の温度を上げてしまった私に、未都くんは可笑しそうに笑った。
「緊張してんの?」
「…そう、ですけど」
中学校という義務教育期間の中で育まれた交友関係をあっさりとリセットされ、不安や期待やその他もろもろで頭がいっぱいだった私。それに加えて、今現在私の隣の男子生徒にはチャラそうな感じ。苦手なタイプだった。
「俺もだよ。中学んときの友達ほとんど別れたし」
「そうですか…」
「敬語いいよ。同級生なんだし」
「え、」
敬語という大きな壁があるから会話できるのに、それがなくなったら喋らなくなりますよ。
そういう意味を込めた視線を送れば「まあ、無理にとは言わねーけど」と然程気にしていないのか、未都くんは笑った。
…笑顔が絶えない人だな。きっと、友達も沢山いたのだろう。
それから、未都くんと私はよく話すようになった。
未都くんはみんなの方へ行かず、私に話しかけてきた。それに私も甘んじていて、未都くんと話すことは苦ではなかった。むしろ、私は浮かれてしまった。
気づいたら、好きになっていた。会話を持ちかけてくれる彼も、私に好感を持っていてくれてるんじゃないか。そんな有り得ない妄想を、入学したてで若干浮かれていた私の脳みそは不覚にもしてしまった。
だから、しばらく経って席替えをして、隣じゃなくなってしまった時の私の落胆ぶりは今思えばとても恥ずかしいものだった。
でも、また彼は話しかけてくれるんじゃないか。
ひと握りの期待は、あっけなく粉砕してしまった。
あぁ、そうだった。彼はそういう人間だった。
次の席替えで隣になった人とも、私と同じように接していた。
私と話していた時と同様の、人懐こい笑顔を振りまいていた。
胸が痛かった。
期待をしていた。恥ずかしい思い違いをしていた。好きだった。
所詮は未都くんの中で私は隣の席だったクラスメイト。友人未満の存在だったのだ。
そんなの、当たり前のことなのに。
それ以来、私と未都くんは会話なんて一切しなかった。
席だってそれ以来一度も隣になったことはない。
もう彼は私のことを覚えていないかもしれない。
…それなのに。
一年が経っても、私はまだ未都くんのことが好きだった。
幸いクラス替えでも再び未都くんと同じクラスになれて、心の中で大喜びをしてしまった。お母さんにも何かいいことあったの、と聞かれてしまった。口元が緩くなっていた。
一年生の時に同じ委員会になった緒原くんという、大事な友達で相談相手もできた。
が、しかし。
未都くんには可愛くてしっかりもので明るく隙のない幼馴染がいたのだ。
元々告白する勇気もないのであまり関係ないのだが、それでもショックは大きかった。
直様クラスの違う緒原くんのところへ泣きついた。
どうしたの?と文句も言わずに優しく私の話を聞いてくれた緒原くんは本当によく出来た男だと思う。ハンカチもくれた。もちろんちゃんと洗って返した。
「…あれから一年か…」
「何が?」
誰もいない図書室で委員の仕事にはげむという名の読書をしていた私と緒原くんは、私の一言により読書を中断した。
「…ハンカチの思い出が…」
「……あぁ、あれね」
緒原くんは爽やかに笑いながら「あの時は驚いたよ。いきなり泣きついてくるから」とある意味黒歴史な私の過去を話した。恥ずかしい。
「だってあの時は本当に驚いて…うわー思い出したくない」
「はは…でも、可愛かったよ」
泣いてた広瀬さん、意地の悪そうな笑みを浮かべながらそう言葉を吐いた緒原くんに、私は赤面。
基本それほど異性に耐性の無い私だ。本当にやめてくださいお願いします。
「本当のことだし。…けど」
「…けど、なに?」
「こんなに広瀬さんを一喜一憂させる未都に、ちょっと嫉妬しちゃうな」
「……は、」
全身が熱くなった。
え、なにこれ。なんかの少女漫画であるような、そんな小っ恥ずかしいセリフを涼しい顔して言ってのける緒原くんに心臓が持たない。
というか、そういうセリフは私なんかじゃなくてもっと別の可愛らしい女の子に言ってあげるべきだと思う。
「そういうことじゃ、ないんだけどね」
そのことを伝えればそう返された。
苦笑いを浮かべる緒原くんに、私の謎は深まるばかりである。