九話:話し合い
『お前は……自分から選んでその姿になったのか?』
「まさか。人間になる気満々だったよ。それが、気付けばこんな姿。キモすぎてこの世もあの世も全て恨んだよ。もちろん、神を名乗る変態も」
う〜む。あのロリもどきは、もしかして態となのか。敢えて転生する種族を教えず、異世界に放されているんじゃないか?理由なんて想像つかないけど。
『俺も人間になれるもんだと思ってたんだけどなぁ。なんか知らんが森の中でコソコソ生活してるんだ。誰が予想出来たよ?』
「あの神とか言うのはウザかったねぇー。『アホッスか!?キモいッス!』今でも覚えてる。本気で殺してやろうかと思った」
一体何をしたらそこまでバカにされるんだ?……いや、こういう人に殺されそうになって神様の方が少しは学んだとか?どうでもいいけど。
『そういえば、お前も前世は地球か?』
「同じ地球かどうかはわかんないけど、地球だねぇー。因みにだけど、元死刑囚だよ。殺し過ぎたみたいだ」
どの時代のどの国の出身かは個人情報だから聞かない。俺だって言いたくないし。
「そういえば、お前の姿はどんなの?俺みたいな怪物?」
『いや、流石にお前ほど地球の生物からかけ離れてはいない。自分では結構気に入ってるし。森から出られないのは変わらないけど』
「ふーん……。公平じゃないよな、世の中も世の外も」
流石、この世の外を体験した俺達の会話の厚みは凄まじい。一つの世界に囚われないというのは中々あるもんじゃないだろう。厳しいのは世の中も外も同じだと知っているし。
なんというか、年季が違うよな。俺は前世でもまだまだ若かったけど、時空の壁を超えてしまったのだから生きた時間なんて充てにならない。
辛い経験には事欠かないし。前世でもそうだが、今世だって現在進行形だ。身動き一つ取れない苦行なんて、誰が経験したことがあるってんだ。浮き世から離れて苦行を積んでいれば、悟りだってそのうち開けるだろう。
普通に生きる人間とは、歩む道のりの険しさが違う。俺は歩む足なんてないから比喩だけど。
それはゴッちゃんだって同じ。もしかすると俺以上だ。突然不気味な体に転生させられて、食事は自分で殺した獣にかぶり付く。きっと俺には出来ないことだ。
それが、ゴッちゃんは人間の頭を口に入れて、「マズイ」と味の感想まで言った。
…………どう考えたって頭イってるだろう。
え?なんで人間の記憶持ってるはずなのに人間食べちゃってんの?殺すくらいならまだしも、食べるとかあり得なくない?
「人間の頃より身体能力ははるかに高いから大して文句言うつもりもないけどねぇー。何をどれだけ殺しても犯罪者にはならないし。なんだかんだで楽しめてはいるんだよ」
『俺は全然納得いかないね。既に諦めて細々と生きてはいるけど、楽しいことなんてほとんどない。それこそさっきの殺人ショーが唯一の娯楽だし。でも残念なことに殺人現場を見て楽しむ趣味は俺にはない』
「それは可哀想に。意外とお前の方が不遇キャラだったんだな。それぞれの性格ってのもあるだろうけど」
性格っていうなら、今の俺は随分と性に合っているだろう。元々義務感で動いて生きる努力をしていた人間だから、無駄な柵から解放されて生きることが出来るのは気が楽でいい。
ただ、性に合ってはいるが、楽しくはない。言ってしまえば俺の生きる努力は生き甲斐だった。生きる努力の為に生きるというのは正に本末転倒だが、努力出来る人生が楽しかった。
今の俺にはその生き甲斐がないわけで、生きることは出来るが楽しく生きることは出来ない。本当に詰まらない生に違いない。
「それにしても、前世の記憶のある奴なんて初めて会った。もしかして他にもいるのかなぁー」
『十中八九いるな。こんな森で偶々出会ったんだ。世界に二人しかいないのに出会うなんてことがあったら、あまりにも出来すぎだ』
「それも、そうだね。なら、これから先もチートな奴に出会うことがあるかも知れないねぇー」
『そうだな……』
正直言うと会いたくないけど。前世の記憶がある奴なんて、どうせ皆チーターだ。戦う術のない俺には荷が重すぎる。
「でも、転生したチート能力者だからって前世の記憶があるとは限らないよね」
『……あぁ、そっか』
飽くまで前世の記憶があるのなんてチート能力の一つ、『記憶持ち越し』に過ぎない。その能力がなければ純粋なチーターが出来上がるだけだ。しかも、能力の枠が一つ多い更なるチート。
「有名な怪物とか冒険者とか、もしかしたらそういうのかもねぇー。聞く気にはならないけど」
まったくだ。ゴッちゃん以上のチートに敵認定されたら、生き残れる奴なんていないだろう。それこそ同じ転生チートでなければ。
残念だが俺は違う。転生で能力はもらったが、元より戦意なんてなかったから戦闘力は0。それこそ「ふん。ゴミめ」だ。
木としては他を圧倒するチート木だが、世界的に見れば不思議な木程度。俺はチート能力者じゃない。人間なら喋って不思議ではないのだから。
「そう考えると、何度か出会ったことがあるかも知れないねぇー。明らかに生物の限界を超えた怪物って、確かにいたからね。どんな体の構造してんだって疑問だったけど、なるほど納得」
ゴッちゃんから見ても怪物か。そんなのこの世にいて大丈夫なのか?強さとか、あっという間にインフレを起こしそうだ。
「ん。まぁ、久しぶりに誰かと話が出来てちょっとは楽しかった。でも、この森にも飽きたし、そろそろ次行くわ」
『次って?』
「もうすぐ夏だから、涼しいところに移動してんだよ。山でも登ってみようかなって」
『森から出て平気なのか?』
俺は純粋に疑問に思ったのだが、ゴッちゃんは笑い出す。俺が心配しているとでも思ったのだろうか。
「この森だって通り道だからねぇー」
つまり、この森に住んでいるわけではないらしい。確かにこんな怪物が住み着いていたなら、四年間も存在を知らないわけがないか。
「また来るねぇー」
そう言い残して、ゴッちゃんは人間の死体に土を被せて消えた。本当に速い。
一気に緊張感が抜ける。もう二度と会いたくない。二度と来るな。