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六話:マリア


涼しげに吹く風に、俺を含めて森中の木が揺れる。サワサワと鳴る葉の音に、森の中の爽快感が増す。初夏の空気に心が洗われる気分だ。見上げる太陽が美しい。


「暑いー……超暑いー」


『ちょっと爽やかな心持ちになってんだから黙ってなさい。暑苦しい』


風情も何もぶち壊しな茶色い怪物は、長い鼻から短い尾まで、ぐったりした様子で突っ立っている。暑苦しい作りの巨体は、見ているだけで暑苦しい。見ていなくとも暑苦しい。


「暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い……」


『黙れ。暑いならその毛皮を脱げばいいだろうが』


「毛皮じゃなくて体毛です。何度も言うけど脱げないから暑いんですー」


もうすぐ出会って一ヶ月になる。その間になんだかんだでそれなりに親しい仲になった。というか、俺の唯一無二の友人だ。暑苦しいことこの上ないけど。


『まだまだこれから暑くなるっていうのに、今から暑い暑い言ってると本格的に暑くなると耐えられないんじゃないか?』


因みに、この猪(暫定)は雌だ。10才ということを含めて考えると、この猪(暫定)は幼女だ。つまり、どっかの神様と同類である。更に言うなら僕っ娘だ。


なんか釈然としない。


「そうなったら水浴びの為に川とか湖に行くから。それくらいしないと本当に死ぬからね。暑くて死んだ仲間は何頭もいるよ」


『それは大変だ。マリアに死なれると困る』


ん?マリアって誰かって?そんなの俺の友人は一頭しかいないんだからわかりきっているだろう。


俺だって名前を初めて聞いた時は散々文句を言ってやった。いくらギャグでも酷すぎる、と。しかし本人は名前を使うことなんてここ10年ほとんどなかったから気にしていなかったらしい。それにしたってマリアはないと思う。


「いやー……暑いねぇ……。早く秋にならないかなぁ。食べ物も豊富になるし」


まだ夏にもなっていないのに気の早いことだ。まぁ、俺も生命維持の難しい夏は苦手だ。でも、夏のうちにしっかり栄養を蓄えておかなければ、冬は越えられないから夏の大切さも理解しているつもりだけど。


マリアも含めて森の動物達は食糧の豊富な秋が大切だ。植物が夏に必死に蓄えた栄養を動物が横取りするのだ。質の悪いことだ。


動物にとっては食欲の秋だが、植物にとっては運命の秋だ。植物からすれば光合成の夏ってところか。


『今年の秋は俺のドングリがあるしな。冬の備えもばっちりだな』


「うんうん。その前に夏があるのが気に入らないけど。なんで夏なんてあるんだろ」


『俺達植物が旨いドングリを作る為だよ。旨いもん食べたいなら文句言うな』


「……そうだねぇ」


意外と聞き分けがよくて有り難い。本当に幼女の扱いで手綱が握れるから、可愛い奴なのだ、マリアは。名前も含めて。


聞き分けのいい奴ではあるが、やはり辛そうだ。本格的に暑くなると水浴びに行くと言っていたが、なぜ今は行かないのだろうか。まぁ、理由とか特になさそうだけど、本当にヤバくなったら自分で勝手に行くだろう。


それにしても、折角出来た友人だし、俺も何か手を貸してやりたいものだ。手なんてないけど、゛気分的に゛。


だけど俺にも木陰を作ることくらい出来るし、蒸散でほんの少し体感温度を下げることも出来る。その程度しか出来ないが、仮に俺が馬鹿みたいな大木になれば、その効果だって計り知れない。


まぁ、俺が頑張って大木になっても、マリアも同じくらい巨大な怪物になっていそうだけど。それに、いつまで経ってもマリアの性格は変わらなそうだよな。


体長二十メートルとかになっても「お腹へったー」「眠い」とか言っていることだろう。「枝食べたい」は洒落にならないから今は考えないでおく。


一応、俺の命を狙っていた敵であり、俺の大切な枝を食った仇なんだけどな。今となっては微笑ましい友人だ。年齢はマリアの方が上だが、転生時の『記憶持ち越し』がある分、俺の方が大人だ。兄の気分だろうか。


そんなことを思いつつ゛気分的に゛微笑んで、だらけるマリアを見ていると、なんとなく森が静かになった気がする。……この感じは何度か遭遇したことがある。


『………マリア。マズイぞ』


「うん。なんか静か過ぎて気持ち悪い」


今までの俺には、全く関係のなかったイベント。正直に言ってしまえば、森の中で行われる見世物のようなものだった。


しかし、今は違う。俺は今まで通り関係無いが、俺の大切な友人、マリアは無関係でいられない。


とても危険だ。


『人間だ。人間が来た。人間が森の動物を狩ろうとしているんだ。危険だ、マリア』


「人間……?人間かぁ。森を荒らしに来たの」


『危険だ、マリア。逃げろ。人間はマリアの毛皮や肉を欲している。逃げるんだ』


俺は必死にそう言うのに、マリアの耳には届かない。興奮した様子で、鼻息荒く、体毛が立って二回りほど体が大きくなっている。


「とても嫌な臭いがする。木が折れた時の臭い。人間は木を刈ってる」


違う。それは人間の居住地が木材で組まれているから、その臭いが移っているだけだ。今来ている人間の目的は森の動物であり、木ではない。なのに、人間ではないマリアには伝わらない。


『マリア!狙いは君だから!逃げて!今は木は刈られていない!』


僕の叫びも空しく、マリアはドスドスと地面を踏みしめる。後ろ足が地面に刺さる度、十メートルは離れている俺まで地面の揺れが伝わってくる。


「(向こうから振動が伝わってくる。デカイぞ)」


「(待て。大物相手なら準備がいる)」


マズイ。非常にマズイ。マリアの存在が人間に気付かれた。


大物相手の準備と言っているから、何かの罠……いや、この臭いは毒か。こんな臭いのキツい毒を使うなんて、あの人間達はまだ初心者か。だが、興奮しきったマリアは臭いに気付いていないようだ。


『マリア!奴等、毒を使うぞ!マリアも分かるだろう!頼むから逃げてくれ!』


「………っ?毒っ?」


鼻息の荒いマリアだが、努めて冷静に鼻をひくつかせる。まだ薄い臭いだが、意識して気付かないということはない。


マリアがハッと表情を変えた時、無情にも藪の奥から数本の毒矢がマリアに向かって飛んできた。



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