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五話:四年振り


「うわっ!喋った!?」と猪が叫んだ。驚いたようで一歩飛び退き、鼻を引っ込めている。まだ渇ききっていない地面に、猪(暫定)の足が滑る。


「おっと」


しかし、流石は四足歩行生物。危なげもなくバランスを取り戻し、目を見開いて俺を見詰める。


猪(暫定)は随分と驚いているようだが、たぶん俺の方が驚いている。むしろ半信半疑と言ったところか。


一体どういうことだ。何故今になって俺の声が届いたのだろう。そもそも本当に俺の声に驚いたのだろうか。偶々他の何かと反応が重なっただけではないのか?


そこんとこどうなの猪くん?


…………。反応はない。驚いて言葉を失ったというよりは、俺の声が聞こえていない様子。やはり何か手違いがあったのだろうか。


「木って……喋るの?……そんなわけないよね?」


キョロキョロと辺りを見回す猪。聞こえたらしい声の出所を探しているようだが、結局首を傾げている。


「気のせい?それとも木の精?」


おやおや、こんな時におやじギャグとは。もちろん、日本語訳がギャグなだけで、猪語ではギャグでも何でもないだろうけど。


俺が一人で猪(暫定)を馬鹿にしていると、猪(暫定)がその長い鼻を俺に向けて伸ばしてきた。恐る恐るといった風で、どうやらさっさと取って食おうという気ではないらしい。


スンスンと俺の匂いを嗅ぎ、「いい薫り」と評価を戴く。それに対して俺は三年間雨ざらしになっていた体臭を嗅がれたこと、その体臭を褒められたことで、羞恥に悶えるのだった。


「あぁ……やっぱり本当にいい薫り。……って違う。喋らないし気のせいだったかな」


マズイ。非常にマズイ。これは食われる。そんな流れになっている。


『待って!待って食べないで!』と懇願すると、また猪は慌てて鼻を引っ込めた。どうやら本当に俺の言葉が届いているらしい。


「むむ……。誰かのイタズラ?」


『やっぱり俺の声、聞こえてる?』


「喋った……」


ふむ。どうやら゛気分的に゛声を出すと、本当に声になるらしい。空気の振動ではないから、゛話す゛というよりは゛伝える゛だろうか。


警戒心丸出しで俺と対峙する猪(暫定)だが、別に警戒なんてしなくとも俺には何も出来ないのだけどね。俺なんて簡単にへし折られるだろうし。


『うん。伝わっているなら問題ない。だから、えっと……君、一つ頼みがある』


「え?え?」


かなり混乱した様子の猪(暫定)くん。混乱してついつい突進してしまったとか洒落にならないから勘弁して欲しい。


『食べないでください。お願いします』


「た、食べ……へ?」


やはり猪は頭がお悪いのであろう。俺の簡単な頼みを訊かないならともかく理解出来ないとは。


「え?木って喋るの?え?そういうものなの?」


いつまでもテンパっているんじゃないよ、まったく。話が先に進まないじゃないか。


『喋る喋る。もう話すの大好き。実は超おしゃべりなんだぜ』


「そうなの?僕もうすぐ10才になるけど、木の声聞くのは初めてかも。意外と低くていい声してるんだね」


『……紳士だからな』


この馬鹿でかい猪が10才……驚きを禁じ得ない。見るからに森の主な威厳ある見た目なのに。……いや、猪の10才は意外と高齢なのか?なんにしろ、内面的に森の主でないのは確定だろう。


「むぅ……喋るのか。なんか食べにくいなぁ」


『だから食べないでくれってお願いしてんだよ』


めんどくさい奴だな。四年ぶりの他生物との会話がこんなに要領の悪いものだとは思わなかった。10才の猪は皆こんなものなのか?


「えー。美味しいのに、もう食べちゃダメ?」


『ダメ』


というか、俺は美味いのか。いい薫りで美味いとか、俺って実は樹木としてのレベル高いのか?なんだかんだで俺はチーターということだろう。なのに全然嬉しくないのは何故だ。


「せめて後一口」


他人の体の一部を奪い取ろうというのに、何故妥協案を提示しているんだ。許すわけないだろう。これ以上部位を失えば栄養の生成が間に合わなくなる。


『秋になったら、ほら。ドングリあげるから。俺のドングリ食いたくない?』


「……ドングリかぁ……。足りないんだよなぁ」


なにデカブツが文句言ってんだ。食糧問題が気に食わないならもっとスリムになれよ。


『あれだ。話し相手とか欲しくないか?森の中だとなかなか話す相手もいないだろう』


「それも……そうだけど。美味しいからなぁ……」


なんて不幸なチートを手に入れたんだ、俺。猪(暫定)の胃袋鷲掴みじゃないか。ついでに鼻孔も。別にいらない。


『今食べてしまえば二度と味わえないぞ。それでもいいのか?』


「だから、一口だけ……」


『本当に一口で耐えられるのか?もう一口、もう一口となし崩し的に全部食べてしまうんじゃないか?』


ぐ。と言葉に詰まる猪(暫定)。現実では「フゴ」と鳴いた。なんとなく可愛いじゃないか。愛でるほどではないけど。


『だから、ほら、な?……えっと、……うん』


もう言うことねぇよ。これが人質に捕られた人間の立場か。正直言って助けてもらえる条件が何も無い。俺の命は完全に猪に掌握されているから交渉にならない。


「そうだね。今食べてしまうのは勿体ないよね。どうせなら大きく成長したところをお腹いっぱい……」


あり得ない。どうやら俺は猪に家畜として育てられるらしい。家畜というか、家庭菜園?なんて屈辱だ。


だが、これは諦めるわけにはいかないな。家畜化される前になんとしてもコイツを家畜にするしかない。木の家畜になる猪とは……つまり木畜!悪くないな。


『あぁ、それでもいいから、食べないでくれ。むしろ、俺を生かしてくれ。ドングリあげるから』


「いいけど?」


『よし、頼んだ。俺が他の動物に食べられないように見張ったり、枯れないように水やりしたり』


俺の力では何も出来ないなら、誰かの力を借りればいい。他力本願でしかないけれど、選択肢はそれしかない。


せっかく転生したのだから、ちょっとくらい何かさせてくれ。別に悪いことでは、ない。たぶん。



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