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三十一話:寿命


思い返せば春先にジムシ、梅雨時にリブル、夏の終わりにレインボー君、秋口にユーマ氏一行、更に黒狐君と、現れた生物がやけに多かった。特に黒狐君顕現事件は内容と結果が濃すぎて脳の許容量ギリギリだ。ジムシの生死に関わるレベルだったし。


そんな濃密で気の抜けない日々も無事に過ぎ去り、季節は移って冬になった。まだ寒さはそこそこ程度だが、既に森の生物の気配は希薄である。あからさまに存在をアピールしているのは筋トレ中の人間くらいだ。


冬になると冬眠する動物は多いが、それは体温調節が苦手であったり、冬になると食べる物の無くなる種族だ。つまり、野獣的ではあるが一応は人間であるジムシは冬眠しない。というか、生態的に出来ない。


それでもやはり、寒いものは寒いのだから、人間は耐寒装備や暖房設備が必要になる。こればかりは気合いや鍛練でどうにかなるものではない。寒さというのは異常に体力を消費するし、あまりに寒いと凍傷を負う。


だから、日頃から筋肉を強靭に鍛えているジムシでも、冬の備えは入念に行わなければならない。これから本格的に気温が下がり、雪も降ってくるのだから。


ということで、ジムシも越冬の準備は既に済ませている。これが想像を遥かに超えるものだったのだが、俺としては思ったより安心して見守ることが出来る。


俺の側に作られているのは極小さな家。木箱や板や蔦を組み合わせただけの簡素で狭苦しいものだが、防寒の為に壁は二重、雪に潰されない為の合掌造りなど、意外と多機能だったりする。ジムシが10年の逃亡生活のうちに身につけたスキルらしい。天才だと思った。


しかも、食料の問題も全て解決済みだ。


食事は虫があるから問題無し、水は水筒に入れて異次元に収納している。ついでに毛布や着替え、焚き火用の薪も顔の穴に収納済み。


並みの貧乏人以上に安全が確保されていると思う。衣食はほぼ完璧で住も十分な水準。少なくとも雪山に遭難した時よりはずっと充実している。


『すごいな、ジムシは。家の造りなんて、サイズはともかく相当レベル高いだろ』


二重の壁の間に保温として藁を詰めてるところとか、雪融けを意識した高床とか。


「前世の知識があったから、年の功って感じだけどね。何度も試行錯誤して死にかけたから、流石に学んだしね」


高床式にすることを思い付くまでは、何度も睡眠中に浸水して死にかけたらしい。煙突を付けずに窒息しかけたこともあるとか。


厚着をして俺を枕に横になるジムシは笑って話すが、聞いている側は全く笑えない。よく生きていたものだ。


『まぁ、その様子だと、ある程度なら心配する必要なさそうだな。冬越えが近頃で一番の不安だったから、ちょっと安心した』


「だてに逃亡者やってないからね。死なない努力は生物を高速で進化・成長させると思う」


なんか説得力あるなぁ。経験則の言葉なんだから当然だけど。でも、あんまりジムシにはして欲しくなかった経験だ。生きていてよかったなんて、どう転んでも結果論でしかないし。


『まぁ、油断してこの冬凍死したとかないようにな。本当に洒落にならないから』


「ん」


ジムシはしっかりしているし大丈夫だろう。油断はしないが、不安もない。


そういえば、もう冬だ。ということは、極端な寒さと暑いのが苦手な怪物がそろそろ山から下りて、この森に訪れるだろう。特に理由も無いのに、何故か俺に会いに来る奴だし。会話出来る存在が貴重とか言っていたが、今の俺はジムシとイチャイチャするので忙しいのだから、ちょっとは気を利かせて欲しいところだ。来るなとまで言うつもりもないけど。


「そういうカイは大丈夫?冬を明けたら枯れてましたとか、絶対止めてよ?」


『大丈夫だと思う。俺も一応冬眠するし。意識は普通に起きてるけど』


これについては未だに原理がわからない。体は確かに栄養の吸収も水の摂取もしていないのに、朝起きて夜寝るスタイルだけは崩れない。それも超早起き。健康的なのは悪くないと思うけど。


「正直、カイは喋ってないと生きてるか死んでるかわからないから、毎日ちゃんと生存確認するからね。っていうか健康診断するから」


心配性だなぁ、と言いそうになったが、ジムシの言葉を良い案だと思った俺も同類だと気付く。ということで、俺も毎日逆健康診断をすることにした。


「せっかくだから今から健康診断ー」


ギュ、と抱き締めてくるジムシ。そんなことしても健康状態はわからない気がする。けど、悪い気はしないので黙っておく。


これはたぶん、最終的には自己申告になるんだろう。健康診断とは名ばかりの只の愛情表現だ。非リア充にはさぞかし目の毒になるだろう。


いや、そうでもないか。俺は木だし。ジムシは覆面レスラーだ。事情を知らない人間には女子レス選手が森の木で技の練習をしているように見えるかも知れない。……それは流石に言い過ぎだけど。


「カイ、今なんか失礼なこと考えなかった?」


『いや全然。ちっとも失礼じゃない。悪口なんて考えてない』


俺が考えていたのは飽くまで客観的に見た時の事実だ。そこには悪意も軽蔑も誹謗もない。


「その発言が物凄い失礼だったような気がする。……折るよ?」


前々から疑問だったが、なんでジムシは俺の考えが読めるんだろう。正確な読みではないけど、読めるのは可笑しい。俺は表情も目線も素振りもないのだから。


あ、いやいや、墓穴を掘りそうだったが、ジムシは俺の考えなんて殆ど読めていない。俺は本当にジムシに対して失礼なことなんて考えていないのだから。ジムシの筋肉を褒めただけだ。


「………カイ、太くなったね。前はもう少し腕の中に収まってた気がする。大きな違いじゃないけど」


『まだまだ成長期だからな。そのうち御神木みたいにバカでかくなってるはずだ』


喋る千年樹とか、ファンタジーまっしぐらだ。きっとエルフ的な森人とかが俺の上で生活を始めたりするのだ。夢はでっかく、だ。


「そんなになる頃には私は死んでるだろうね。私はあと60年も生きられたらいい方だから」


考えたくなかったことではある。そしてとっくに気付いていたことでもある。俺は木、ジムシは人。根本的に寿命が違う。俺とジムシのどちらが長生きかは知らないが。


「一緒に逝くけどね」


………あー、…………そう。



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