二話:春の息吹き
春になりました。数週間前まで雪に包まれていた森も、今ではすっかり雪解けし、冬眠していた動物達も活発に活動をしています。
冬は雪に包まれる森で、木である俺は当然だが裸だ。なら寒いのかと問われると、全く寒くない。樹木だって冬眠するのだから。
とはいっても、樹木の生命活動は最小限に抑えられるが、俺の意識は冬眠することはない。
その間、冬の間しか観られない景色が一面に広がっているのだが、生命の気配が希薄でとても寂しい気持ちになる。たまに冬眠しない動物を見掛けることもあるが、とても少なく、気を紛らすほどではない。
冬の間は孤独感がとても強く、正直言って辛い。
でも、それも今年で終わり!のはず。
とても嬉しいお知らせです。
この春、兄弟の芽が地面から顔を出しました!
まことに喜ばしいことだ。弟か妹かわからないが、俺の兄弟である。もしかすると親が違うかも知れないが、もし違っても弟扱いするつもりだ。
ただ、一つ懸念があるが、俺はその兄弟と意思を通わすことが出来るだろうか。俺は他の樹木の声など聞いたことがないし、自分が発したこともない。
まぁ、何にせよ。俺の側に芽吹いたこの小さな命が俺の家族であることに違いはない。それに、俺と同じような存在だとしたら、意識を持つのはもう少し先の話だ。
それがとても楽しみで仕方がない。たとえ只の木だったとしても、俺はこの子を可愛がる。そう決めている。
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樹木なんていう自分の意思で移動することも出来ない存在に転生してしまったから忘れがちだが、俺はこれでもチート……かどうかは非常に怪しいが、稀有な能力を神様に与えられている。
そのうちの一つが、『言語理解』。
本来俺は、転生すると人間になる気でいた。今になって考えると、あのロリもどきの神様は一度も人間に転生させるような素振りは見せていない。その辺りをきちんと確認しなかった俺にも非はある。もちろん、説明しなかったあの幼女もどきを許すわけではないが。
まぁ、それは今は置いておいて。人間に転生すると勘違いし商人になるつもりだった俺は、言語の異なる様々な人間と商取引をするのに必要だと思い、『言語理解』の能力を手に入れた。
しかし、俺は予想外にも樹木に転生させられ、能力は無駄になった、かに思われたが、驚くなかれ、木である俺にも、能力は使える。
なんと俺、野生動物の会話が理解出来るのだ。スゲーチート。チートツリーだ。日本語で騙し木。どうでもいいか。
春になると、越冬の為に静閑だった森は一気に騒がしくなる。それが、動物の言葉が分かるといい暇潰しになる。
「腹ペコー!」「お腹へった!」「寒い!」「あ、木の芽見っけ!」
この季節、こういった言葉は2週間近く、ほとんど途切れることなく森中で聴こえる。こうして聴くと、本当に可愛い動物達だ。微笑ましい。微笑む為の表情筋はないけど。
ただ俺も、ぼんやりと森の様子を感じているわけにもいかない。木には木で、きちんと春の目覚めをしなければならないのだ。
しかも、これが意外と難しい。
植物にとっての春の目覚めはやはり、枝に葉の芽を出すことだ。しかし春先だと、気温が安定せず急に冷え込むことがあり、せっかく出した芽が上手く開かなくなる。そうなると、その年は一年を通して体調が落ち込むことになる。
俺は初めの年に失敗し、一年中低血圧で苦しむような気分になった。一昨年は運悪く気温が特に不安定だったから、周りの木々もほとんどが失敗していたようだが。
まぁ、俺としては一度あの苦しみを味わうことで、これから気を引き締めることが出来たので、悪い経験ではなかった。もう二度と失敗したくない。
そんな俺の経験からすると、もう芽を出して構わないだろう。ここから先、気温は安定するはず。っていうか、そろそろ体を起こさないと体力的にキツい。ギリギリまで粘り過ぎた。
ということで、少々遅めではあるが、俺もついに目覚めである。目覚めたところで、枝の一本も動かせないのだが。
芽を出す為に全身に力を入れたり、使った栄養を補給するために根から吸収したり。地味に疲れる活動なのだが、娯楽どころか仕事すらない俺にとっては貴重な意思を持った活動だ。
こうして苦労して広げた葉を冬前には自分で切り落とすのだから、虚しくもなる。まぁ、そんな一喜一憂も実は楽しいことだったりするけど。
「旨そうなもの見っけ!」
またまた微笑ましい動物の声。見れば兎のような少し違うような茶色い毛玉生物が近くにいた。
今さらだが、俺の五感は一体どうなっているのだろうか。
音は勝手に聞こえてくるし、触られる感覚も普通にある。だが、視覚は少々奇妙で、地上に出ている部分なら体のどこでも目になるようなのだ。幹の根元から枝の先まで。葉は無理なようだった。
一応嗅覚もあるが、あまりよくはなく、味覚も使ったことはない。というか、味覚はあるかどうか怪しい。そもそも栄養を吸うだけだから、味のあるものを未だに食べたことがない。
「いただきます!」
そんなことを考えていると、毛玉が口を開けてモゾモゾと蠢いた。コロンと口を下にするように転がり、地面にある何かを食べているようだ。
…………。
とても嫌な予感がする。特にあの毛玉の位置。あの場所には何か大事なものがあった気がする。
暫くモゾモゾとしていた毛玉は転がって体を起こし、意外と速い動きで飛び跳ねて森の中に消えて行った。たまに見掛けていた奇妙な影はアイツらだったのか、と少し和む。
が、目の前で繰り広げられていたのは、和みなど微塵もない。悲劇に間違いなかった。
兄弟の芽がなくなっている。
何故?そんなことわかりきっている。さっきの毛玉が食い散らかして行ったに決まっている。
奴は俺の可愛い弟を、意識すら芽生えない幼いうちに殺しやがったのだ。信じられない。この動かない体が憎たらしい。
あんなに見るからに雑魚の極みな生物から、弟を守ることすら出来ないなんて。何がチート能力だ。
そんなものどこにも有りはしなかった。俺はこの世界では何も成すことが出来ないのだ。
意識があっても、所詮俺は只の木だ。