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十八話:這う虫

五度目の春である。俺も見事に目覚めを果たし、美しい緑の芽が出てきた。今年も体調を崩さず過ごせそうである。


「暖かくなってきたわね。服が破れて薄着になってたから、やっと落ち着けるわ」


春になり、我らがジムシちゃんも元気いっぱいである。寒さに耐えられず体温を上げる為に四六時中筋トレをしていたジムシちゃんだが、今日は俺に凭れ掛かって日向ぼっこ中だ。


ジムシの筋トレは片腕での逆立ち腕立て伏せや懸垂で、見ていてドン引きな光景だった。しかも、ずっと筋トレをしていた影響で、この一月で左腕は一回り太くなり、右腕からも女性らしさが失われ、腹筋はバキバキである。上半身だけが筋肉の塊のようになってしまった。余分な脂肪、胸とかも削げ落ちている。


「気持ち良い……。久しぶりにゆっくり出来る」


日向ぼっこがそんなに気持ち良いのか、ジムシの顔はだらしなく弛んでいる。最近、ジムシの俺に対する遠慮や羞じらいが薄れているのは気のせいではない。


お花詰みは初めほど遠くまで行かなくなったし、服を脱ぐくらいなら平気でする。そんな行為をしたところで俺は発情しないし、手も口も出さないのだから、ガードが弛くなるのも仕方がないだろうけど。


『……ジムシ、涎が垂れてるぞ』


「ん」


『馬鹿っ。幹に擦り付けるんじゃないっ』


ジムシがこんなにだらしのない奴だとは思わなかった。10年も人とまともに関わらなければ、そういうところがずれてしまうのも仕方がないだろうが、もう少しくらい羞じらいを持つべきだろう。はっきり言って、今のジムシからは女らしさが著しく欠如しているように思われる。


精神的にも、肉体的にも。いや、女らしさというより、人間らしさだろうか。今も日向ぼっこの序でに虫をかじっているし。


「新芽を食べた虫は、やっぱり美味しいわぁ。虫独特の臭みが消えて、新芽の香りと甘みが引き立つんだよね」


『グルメだな。食べてるのは甲虫だけど』


とはいっても、もう大概見慣れてきた。むしろジムシが虫以外を食べる光景がイメージ出来ない。虫は虫でも『鉄挟虫』オンリーだけど。


『ジムシってさ、『鉄挟虫』以外の虫って飼えないのか?『蟲飼い』なんて大雑把な能力名的に、虫ならなんでも飼えそうだけど』


「飼えるわよ。実際、飼ってるし。他の虫」


初耳だ。ジムシの唯一の仲間が『鉄挟虫』だと言うから、他の虫は飼っていないのかと思っていた。


「でも、あの虫嫌いなのよね。『鉄挟虫』と違って可愛げが欠片もないし。戦えないし。食べられないし。気持ち悪いし」


『一体どんな虫飼ってんだよ』


そんなに存在を否定する虫なら、逆に見てみたい。たぶん、気持ち悪いと一蹴するだけだろうけど。


「一言で言うなら、蛆虫よ。うにうに蠢いて、のそのそ這うの。私みたいで気持ち悪い。見てみる?」


遠慮したいところだが、拒否出来ない状況だ。ここで見たくないと言えば、ジムシみたいに気持ち悪い虫なんて見たくない、なんて言っているみたいだ。


「じゃあ、ちょっと待って」


ジムシは右目の穴を曝すと、その穴に親指と人差し指、中指を突っ込んだ。まるで指で脳内を掻き回しているみたいで、地味にホラーだ。背筋が凍る。


「……ん、見っけ」


ズル……と引き抜かれた指には白く柔らかい塊が掴んであった。太さは三センチ程度、長さは十センチ以上ある。


「どう?気持ち悪いでしょ」


『あぁ……これは、気持ち悪いな。まるで白いミミズだ』


「あー、確かに。ミミズと違って畑に居ても害しかないけど。この蛆虫は見付けたら燃やせ、害しかない、って村で嫌われてたわ」


地面に投げられた蛆虫は地面を這って俺に近付いて来る。なんで俺は虫に大人気なんだ。


『おい、ソレを早くどうにかしてくれ。触りたくない。嫌な予感がする』


「あ、分かる?これは木の幹に卵を植え付けて増えるの」


『洒落にならん。俺は意外と潔癖なんだ。そんな虫に卵を植え付けられるなんて耐えられないぞ』


そう言っている間にも蛆虫は俺の根元まで到達する。


『おいおいおいおいおい!ジムシちゃん!?本当に無理だから。鳥肌立つ!』


「カイは鳥肌立つような肌じゃないでしょ。お決まりの゛気分的に゛だろうけど」


『いや、今はそんなことより、その半端なくキモいのをどうにかしてくれ。キモくて仕方ない』


仕方がないわね、とニヤニヤしながらジムシは『鉄挟虫』を出し、蛆虫を襲わせる。ぐちゃぐちゃと汚い音と共に蛆虫は潰れた。


「あ、間違った」


『は?』


嫌な予感を感じつつ『鉄挟虫』を見ると、蛆虫を食べた虫は苦しげに悶えてひっくり返って死んだ。


『おい。なんか、凄く逃げ出したいんだが』


「私も」


バキッと『鉄挟虫』の腹を突き破り、大量の小さな蛆虫が這い出て来る。気持ち悪い。


「増えたね。本当は成長した虫は燃やさなきゃいけなかったんだよね。間違えた」


『おい。こっち来てるぞ。早くどうにかしてくれ。頼むキモい!』


「火なんてここにはないからなぁ。どうしようか。もう奈落に収納したくもないし」


『ぎゃっ!一匹付いた!登って来てる!取って!』


「あぁ、ごめんごめん。ちゃんと潰しておくから」


ジムシは蛆虫を指で摘むと一匹一匹潰していく。五十匹近く蛆虫を全て潰したジムシの左手は虫の体液でぎとぎとだ。しかも、ちょっと臭う。


「汚れた……。川で洗って来る」


ジムシは右腕で逆立ちし、跳ねて川に向かう。これからは右腕も鍛えるらしい。逃亡中は自然と左腕は強くなったが、意識して身体を鍛える余裕はなかったのだとか。


左腕に比べて安定性に欠ける右腕だが、それでも普通の人間には真似出来ないような力強さでジムシは跳ねる。捲れた服から覗く腹筋や背筋の逞しさが痛々しい。妙な能力さえなければ、あんな歪な体型にはならなかったはずなのだ。


「まだ、筋力が足りないな。右腕に信頼を置けないわ。体幹は、もう少し……。やっぱり左が重いかな」


確かに左腕には及ばないが、右腕だって並みの男以上の筋力はあるはずだ。あんなに鍛えても信頼出来ないなら、一体どんな高みにいかないと信頼出来ないのか。そもそもジムシは、左腕と『鉄挟虫』以外に何か信頼しているのだろうか。



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