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十五話:雪融け


季節の移り変わりは非常に速く、何か釈然としない思いを胸に引っ掛けたまま冬を過ごし、気付けば一日に日の射す時間が長くなり、気温が段々と高くなってきていた。雪が降ることはなくなっていて、じきに雪解けも始まることだろう。


今日も高くなった陽が森の奥から顔を出し、空を暁に染めている。雪の白が暁の僅かな光を反射し、ほの暗い世界なのにキラキラと輝いて見える。


転生したばかりの頃は毎日のようにこの幻想的な美しさに心躍らせていたのだが、今年の冬は、俺の心も冬らしく低温だった。というか、意識を眠らせている時間が異常に長く、まるで引きこもりのような生活だった。意識を起こすことすらサボる怠惰な日々だ。


そんな生活だからこそ、季節の移り変わりが異常に速く感じるのだろう。そもそも起きている時間が少なすぎるのだから当然か。


今の生活を一言で表すと『飽きた』という言葉が一番正しい。見える景色なんて季節の移り変わりくらいしか違いはないし、娯楽なんて全くないと言って違いない。何かの作業に没頭することさえ出来はしない。とにかく、ひたすらに暇なのだ。


以前、俺の生活を苦行と言った覚えがあるが、それで言えば俺は煩悩のせいで悟りを開けなかった落ちこぼれだろうか。


こんなことになるくらいなら、前世の記憶なんてチート能力の枠を一つ消費してまで持ち越すようなものではなかったな。半端に状況の辛さを認識する感性を持っているせいで、孤独を深く考えてしまう。


チート能力付きで異世界に転生してやると提案された時は素直に喜んだものだが、こんなに辛い未来が待っていると知っていれば、俺はあの提案を受け入れただろうか?


きっと、嬉々として受け入れたんだろうな。『異世界生活が大変なのは当然』とか理由を付けて。だからこそ、マリアと出会う前の三年間は平気な顔で独りで居られたのだろう。まったく。愚かしいことだ。嬉々として孤独を受け入れるなど、前世の俺は一体どんな成長の仕方をしたのやら。


自らを殺し過ぎた死刑囚と名乗ったリブルでさえ、孤独を辛いと仄めかす発言をしていたのに。俺は一体何様のつもりで異世界に転生することをよしとしたのか。一体何故、神様は俺を転生させることにしたのか。神様なら、ミスで俺を殺したとしても揉み消して終えばよかったのだ。


こうして考えてみると、俺を取り巻く環境は俺を含めて穴だらけだ。目的すらも不明瞭に行動を起こす、俺や神様。そこに存在する以上の意義のない森。幼く、他人の意思に容易く左右されるマリア。


到底、社会とも呼べないような繋がりが中心もなく広がって、不安定に揺れる。更には崩れていく。


社会で生きてきた俺やリブルだから、社会からはみ出してしまうのがとても不安で、強調される孤独に耐えられない。真実がどうあれ、これはまるで神様に与えられた試練だ。または実験。社会性動物が社会性を失うとどのような行動、精神状態になるのか。


とても下らなく、益体の無い思考だった。俺の考えなんてさっさと忘れてもらって構わない。俺やリブルはきっと前世では、一般的とはほんの僅かにズレた存在だったろうから。ほんの、ミリ単位の違いが。リブルなんて殺人鬼らしいし。


よく考えてみると、リブルって半端なく危険なんじゃないだろうか。死刑になるのって悪意を持って複数人殺さなきゃいけなかったはずだし。一般社会不適合者なんだよな。


何が原因か知らないが、俺の正体がバレたのは非常にマズイ気がする。いつ殺されるかわかったものじゃない。リブル自身も「いくら殺しても咎められない姿に転生した」的なことを言っていたし。


これは本格的にリブルのような対抗出来るだけの手が欲しいところだ。奴はきっとまた来るし。


しかし、リブルはかなりのチート能力保有者だ。新雪に足跡すら残さない隠密性と、目に止まらぬレベルの俊敏性。並みの獣や人間では相手にならないだろう。


つまり、対抗手段は別のチーターということになるのだが……。リブルとは違う転生者となると、いつかやって来た、自称『蟲飼い』の人間の女だ。


いや、確かにアレならリブルに対抗することは出来るだろう。何故、追いかけて来た人間から逃げているのかわからないほどの力は持っているはずなのだから。しかし。しかしだ。


あの敵意丸出しの人間と、その人間が使役する食欲旺盛な虫達が、リブルから俺を護ってくれるとは思えない。近寄ったら有無を言わさず食われそうだ。


むしろ、アレからリブルが護ってくれる可能性の方が僅かだが高い。リブルは悪意はあるが敵意はなさそうだし。三つ巴になる可能性も否定出来ないけど。


やはり、マリアが消えたのは痛いな。今思うと、マリアも転生者だった可能性があるな。『記憶持ち越し』の無いチーターか、記憶があるのを隠しているのかは知らないが。そもそも、チーターではなく、本物の怪物的な生物かも知れないし。


いずれにしても、俺の仲間なのはマリアくらいのものだ。今はもうマリアはいないから困っているのだけど。


こんなに色々と思いを巡らせても、今までにも何度も思考した内容だから、結局答えは出ない。最終的に行き着くところは諦める、だったりするし。


゛気分的に゛溜め息を吐き、意識を世界に戻すと、太陽が地平線から顔を出して、眩しい光が木々の間から射し込んでいた。チカチカと瞬く光に、有りもしない目を細める。眼球はないのに、陽の光は眩しくて直視出来ないのだ。ちょっとしたところでスペックの低い体だ。


春というにはまだ寒いが、冬は終わった雪融けの季節。この時期に今のような強い陽射しが降り注げば、積もった雪の融解も急速に速まる。


木の枝に積もった雪が融け、森の至るところで水滴の垂れる音が聞こえてくる。俺に積もった雪も例外ではなく、冷たい雪融け水が幹を伝い、春の訪れを肌で感じる。


暫くの間、雪融けの音を聴いて楽しんでいると、その音に雑ざって濡れた地面を何かが移動する音が聴こえた。ビチャッ、ビチャッ、と一定のリズムで次第に此方に近付いて来ているようだ。


移動の速度は割りと遅いようで、足音と合わせて唯の獣ではないのが分かる。まるで跳ねるような足音を立てて歩く獣なんて俺は知らない。


………ん?跳ねるように?一本足で?


碌でもない予想しか出来ないというか、まるで悪夢だ。一本足で動く生物を一人だけ知っている。


左腕一本で逆立ち歩きをする災厄が、春と共に藪を掻き分けてやって来た。



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