十三話:観念
『食う気だろ!?俺を!』
「だ、だれ?」
奈落のような漆黒の穴を本来は右目のある場所に開き、異形の女は頭を振って声の主を探る。が、自分が今触れて匂いまで嗅いでいる木が声の主だとは思わないようだ。当然か。
「どこにいるの?」
『お前の直ぐ目の前だよ』
そう、普通に答えただけなのに、女は体を震わせる。そして態々俺を背に凭れ掛かり、辺りに目を遣る。
当然ながら、背後を陣取っている俺に気付くはずもなく、女は小さく舌打ちする。端正な顔に似合わないな、とか益体のないことを考えていると、上空の虫の大群がゾゾゾ!と音を立てて面のように拡がり始めた。
犯人は人間の女だろうと当たりをつけて目を遣ると女の右手の指が細かく動いているのに気付いた。操り人形を動かしているように複雑な動きだ。
きっと虫だけに分かるサインなどではなく、指の動きで虫の体自体を操っているのだろう。あっという間に分散した虫達は辺りを飛び回り、隠れていると思われる存在を探しているようだ。
「…………え?近くにいない?」
『いやいや。めちゃくちゃ近くにいるって。直ぐ後ろ』
女が咄嗟に振り向き、目が合う。もちろん、そう思っているのは俺だけで、女は眉間に皺を寄せる。右目の穴が不気味に揺らいだ。
「一体どんな手品を使ってるの?趣味が悪い」
『手品じゃない、才能だ。といっても、才能と書いてチートと読むものだけど。お前もだろ?』
「なるほどね……。確か『遠話』とか『透明化』とかあったね」
『まぁ、俺のはもっと地味な『言語理解』だけどな』
「どうやって『言語理解』で姿を消すのよ。嘘吐くならもっとマシな嘘を吐くべきね。因みに私の能力は『蟲飼い』」
『一応、それらしいな』
どうも、女の口振りからすると女の貰った能力は一つだけのようで、全員がそうだと思っているようだ。いや、それすらもブラフの可能性はあるが。というか、『記憶持ち越し』があるから最低でも枠が二つはあるのか。まったく役に立たない読みだった。
しかし、また転生者か。ゴッちゃんと言い、地味に遭遇……というか来訪率が高くないか?偶々だよな?
『お前は人間に転生したかったか?まぁ、今も一応は人形を保ってはいるのかも知れないけど』
「姿も見せない奴に態々言ってあげない」
おやおや、可愛らしい反応ですこと。どっかの嫌悪感を湧かせる怪物とは違うね、やっぱり。勘違い甚だしいところは同じだけど。
『俺はずっと隠れも出来ずにここに居るんだけど。なのにその反応は酷くない?』
「ふん。この子達に食事させるから。話しかけてこないで」
女が右手を動かすと、散っていた虫が再び集結する。これはふざけている場合じゃなさそうだ。食べさせられる。
『待った待った!勘弁してくれ。食事って、凭れ掛かってる木のことだろう?』
「………だから何?」
『それが俺だ。俺は転生して木になったんだ。食われるのは困るというか、死ぬ。やめて』
俺の必死の懇願に、女は口の端を歪めて笑う。
「え?本当に?まぁ、たぶん嘘だろうとは思うけど。本当にそんなことってあるの?」
『あるある。実際に俺は体感してるし、ちょっと前になんか気持ち悪い獣に転生した奴にも出会った。あれは本当の怪物だったな』
「ちょっと信じられないかな。試してみる必要がありそう。虫もめちゃくちゃ食べたがってるし」
『え?いや、マジで死ぬんだけど。冗談じゃないから』
「別にそれでも構わないよね。あんたが死んだところで私には何の問題もないし」
ごもっともで。やっぱり弱者は強者の餌として扱われる運命なのだな。起死回生の方法なんて只の一つも思い浮かばない。
『環境破壊反対』
「木の一本くらいでそんな変わらないわよ。むしろこれだけの虫がいるんだから、木の一本くらい消費しないと維持出来ないわ。残念だけど、私が生きる為の供物になってね」
『断固拒否』
と言ったところで聞いてくれやしない。これは本格的に終わったな。怨むぞ神よ。
「見つけた!あの虫だ!」
俺が覚悟を決めていると、どこか遠くから人間の声が聞こえてきた。一人ではなく、複数の声が聞こえる。だんだんとこちらに近づいて来ているようだ。
その声を聞いて女は大きな舌打ちを溢す。声の主に追われているのだろう。虫の大群を右目の穴に収め始める。
どういう原理か甚だ疑問だが全ての虫が右目の中に収まり、女は右手で蓋をする。完全に行動を支配しているわけではないのだろうか。
「鬱陶しいなぁ。っていうか、あんたの運の良さ異常じゃない?そういう能力でも……って、いいや。また食べに来るから」
そう言い残して女は去って行く。しかし、その方法は正に異常。
左手だけで逆立ちし、左腕の力だけで跳ねるように走っている。普通の生物に成せる技ではないだろう。きっと『筋力上昇』あたりのチートを持っている。こうしてチート能力を目の当たりにすると圧巻という言葉が相応しい。
ゴッちゃんの敏捷系のチート能力は本当に目に止まらなかったからな。凄まじいのは伝わっていたが、どこか現実離れが過ぎていた。
そう考えると、俺の能力も現実離れし過ぎているのだろうか。木が喋るなんて、やはり可笑しい。あの女が半信半疑になって当然だ。
マリアは頭が少々弱かったからな。俺の言葉をホイホイと鵜呑みにして、俺の異常性に気付いていなかったようだ。
感傷に浸りそうになっている間にも、女は左腕一本で遠ざかって行く。かなり速い。普通の人間が走るくらいの速度はあるだろう。
ただ、力が入らずぶら下がっている両足がとても不恰好だ。まぁ、足を伸ばせば高さが出て目立ってしまうだろうから、逃げる分には好都合だろう。脚で走った方が楽だろうけど。
女の姿がすっかり見えなくなった頃、ぞろぞろと20人くらいの人間がやって来た。全員がそれぞれ斧や鍬、剣等を凶器として手にしている。まるで化け物退治でもしているかのようだ。
実際にそのつもりなのだろうけど。
「くそっ、どこに逃げやがった」
「間違いなくここに虫はいた。まだ近くにいるはずだ。手分けして探そう」
「そうだ。奴は速く動けない。直に追い詰められる」
また、面倒な奴と知り合ってしまったなぁ……。しかも今回は正体を晒してしまった。面倒な。




