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十二話:虚無感


生物が誰かの歯車から外れようが世界とは変わらず時を進めるもので、置いて行って欲しいのに、見たくもない現実を見せるかの如く未来に進む。それは時に快楽を伴う怠惰なものでもあるけれど、心の傷を癒せるほど万能ではない。


結局、マリアが戻って来てくれなければ、俺には新たな友人など出来るわけもない。大切な友人の安否すら分からないのに、誰が楽しく生きることが出来るだろう。マリアがいなくなった穴は、マリアでしか埋めることは出来ないのだから。


無情にも、やはり変わらず時は進み、季節は秋になった。俺の咲かせた花はとっくに散り、その跡は実を付けるばかりでなく、実ったドングリまで地面に落ち始めた。


マリアに食べさせると言った今年のドングリだ。それを、どこの誰とも知らない動物が勝手に拾って食べていく。


マリアに食べさせてやりたかった。花が咲いた俺を見せてやりたかった。以前にも自慢したが、俺の花は本当に良い香りがして、美しいのだ。


その全てがマリアがいなくなったことで御破算となった。マリアを主軸に考えていたことなのだから当然だ。


マリアが消え、誰も俺に話しかけてこなくなった。そもそもマリアしか話しかけてくることがなかったのだから当然だ。


誰かをめんどくさいと思うことがなくなった。マリアしか俺に絡んでこなかったのだから当然だ。


失って初めて気付く、なんて月並みな言葉だけど、マリアは正に大切な友人だった。絶対に失いたくないと、この世界で思えるたった一つの存在。


それが、俺が手を伸ばせないばかりに、隣に居てやることが出来なかったばかりに、目の届かないところに行ってしまった。本当に、何の為に存在しているのか分からないな、俺は。何も成せないと自覚していたはずなのに、それを目の当たりにしただけで落ち込んで。馬鹿馬鹿しい。


俺は比喩でもなんでもなく木なのだ。光合成と呼吸くらいしか自発的で建設的な事象は起こせない。それが当然なのだ。喋る程度のことで調子になるなんておこがましい。


枝の一本を自分の意思で動かすことの出来ないなら、マリアのような大きな存在を捕まえておくなんて不可能に決まっていた。せめて甘い蜜でも出していたら話は変わっていただろうが、その前にマリアはきえた。


マリアは死んでしまったのか。今もどこかで笑いながら生きているのか。失ったことを嘆くなら、それくらいは明確にしてからにするべきだ。何も知らない者が、知った振りして一喜一憂するなんて可笑しなことだ。


とりとめもなく自己嫌悪しマリアのことを思い出すのを止められない。もう一度マリアのことを『めんどくさい』と思いたい。


その思考を遮るように、ガサリと近くの藪が揺れた。また俺のドングリを食べに獣でもやって来たのかと、そちらに目を向ける。が、影を見る限り違うようだ。


「こっち……?え、あっち?」


この言葉は、どうやら人間のようだ。何が目的かは知らないが、人間が通っているらしい。


そちらをボンヤリと眺めていると、ズズ…と何かを引き摺るような音と共に人間が姿を現した。一人の女が、右手で右目を覆って辺りを見回している。


「こっちで…あ、あっち……あれ、かな?」


その人間は確かに誰かと話しているにも関わらず、側に何かがいるようには見えない。頭の可笑しな人間なのだろうか。


人間はブツブツと何かと会話をしながらこちらに向かってくる。


ただ、その人間は五体満足ではなく、歩くことが出来ないようだ。小枝のように細い右足は完全に役に立たないらしく、爛れて見るからにまともに動かないであろう左足でぎこちなく地面を蹴り、体を地面に這わすように進んでいる。その補助に使っている左腕は丸太のような太さになっている。


左半身は進行の為にそんな状態に変化しているのに、右腕を使うことはない。女性らしい細さを保ったままの右腕は、自身の右目から離そうとしない。


こんな森に人間の女が一人で来るなど妙だと思ったが、なんてことはない。この女も、獣達とほとんど変わらない異形な存在だ。


「えっと、あっち?」


ズズ…ズズ…と存外速い速度で女は地面を進む。ほとんど左腕だけの力で、とてつもない力だ。


女は何かに誘導されるかのように時折止まっては方向を確認して進む。俺の前を横切って行く。


近くで見ると女の異常さは更に目立つ。女の纏っている布はぼろぼろに摩りきれ、その布の隙間から覗く肌はボコボコと内部で筋肉とは別の何かが蠢いている。


本当に人間なのか怪しいほど、薄気味悪い生物だ。黒く長い髪の美しさや隠れていない女の顔が割りと端正な作りをしているのが、余計に気味の悪さを増している。


女の後ろ姿を見送っていると、女が動きを止め、グルン!と左目を見開いて俺の方を振り向いた。気味の悪さに内心で小さく悲鳴が漏れる。


体を這わして方向転換し、女は真っ直ぐに俺に向かってくる。


「これ?……これかぁ」


俺の幹を左手で撫で、顔を近付ける。そして鼻を動かし、俺の体臭を嗅いでいるようだ。


「うん。流石に私にも良い香りってのは伝わる。え?もう?」


女が何と話しているのか知らないが、とても嫌な予感しかしない。特に隠している右目から嫌なオーラがビンビンに伝わってくる。その右手を離さないで欲しい。


残念ながらそういう予感は的中するもので、女は勿体振ることもなく右手を下ろす。


…………。この女の異形はやはりというか、その右目の辺りに集中していた。


「はい。出て来ていいよ」


その言葉と共に、本来は右目があるはずの位置から、小さな黒い影が大量に排出された。とても目の前の女の体内から出て来たとは思えない数の、クワガタのような強靭な顎を持った甲虫だ。


それが、黒い雲を形成するほど大量に飛び出してきた。ギチギチと顎を鳴らす虫の音が重なり、一つの巨大な生物の咆哮のようにも聴こえる。


あ、これは、食われる。


頭の中に浮かんできたのはそんな言葉だった。間違いなく女が話していたのはこの虫達で、虫達が目指していたのは俺だ。そして虫が俺を狙う理由なんて一つだけだ。


『待って!ちょっと待って!』


「はい?」


久しぶりに゛気分的に゛話したなぁ、とは思うが、そんなことより。俺の言葉は女に伝わったようだ。


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