テオテル村の小さなディルク・3 兄と妹と幼馴染たち
目の前には木の実を練りこんだクッキーと熱々の香草茶がある。
エルゼと俺の妹のアティカがお茶会に招待してくれたのだ。
最近の彼女達はエルゼのお母さんにお菓子作りを習っているらしく、出来たお菓子を試食させてくれる。
しかしながら七歳と六歳が作ったお菓子だ。
正直最初はあまりの形の悪さにびっくりしたが、誇らしげに、少し照れながらクッキーの入った皿を差し出す二人は可愛かったし、意外にも味は美味しかった。
以来、二人が新しいお菓子(主にクッキーとかクッキーとかクッキー)を焼く度に俺の家でお茶会が開催されるようになったのだ。
「ねえディルク。気になる事があるんだけどさ」
ゆっくりとした仕草で香草茶を飲みながらフィデリオが切り出した。
「ああ、奇遇だな。俺もだよ。……なんでお前が居るんだよ?」
俺のトゲ混じりの疑問に答えたのはアティカだった。
「あたしが呼んだのよ。お兄ちゃん」
妹よ。最近フィデリオに懐きすぎではないか? お兄ちゃんは悲しいぞ。
「ディルクはさー。なんでアティの事を愛称で呼ばないの?」
俺の心の嘆きが伝わる訳もなく、元凶のフィデリオはのほほんと話を進める。
「むしろお前はなんでうちの妹を愛称で呼ぶんだよ?」
はっ! もしやうちの妹を嫁にしようとしているんじゃないだろうな?
アティカはまだ六歳だぞ? お前は十歳だろ? このロリコン!
エルゼ? エルゼは七歳だが俺と二歳差なので問題ない。むしろロリコン上等だ。
だが……。
香草茶を一口飲み、カップの湯気を見ながら俺は思案する。
フィデリオの言葉も一理ある。兄妹だったら名前を縮めて呼んだりするよな。
何故今まで気が付かなかったのか?
確か前世では高校時代のクラスメイトが妹の千晶を「チー坊」と呼んでいた気がする。
いかにも『兄』って感じだな!
早速やってみよう!
「じゃあ、アー坊とか?」
「…………」
「…………」
「…………」
何故誰も何も言わない?
ああ、小学校の頃のクラスメイトは姉の春香を「はーちゃん」と呼んでいた気がする。
「じゃあ、あーちゃんだな」
「…………」
「…………」
「…………」
だから何故誰も何も言わない?
あ、この会話エルゼ置いてきぼりで可哀想じゃないか?
エルゼの愛称も考えてみよう。
エルゼ、エルゼだったら……。
「エッちゃん」
俺は真顔でエルゼに向かって呼びかけてみた。微笑んだほうが良かったか?
突然呼びかけたからか、エルゼは可愛い顔のまま固まった。
日本のバカップルはお互いどんな呼び方をしていたっけ?
それをやってみるのもいいかもしれない。
俺が楽しい未来に思いを馳せている間、何故か誰もクッキーや香草茶に手を付けなかった。
もったいないので俺は食う。
木の実が入っているだけでレベルが上ったように感じる。
着実にお菓子作りの腕が上がっているな。
これからのお茶会も楽しみだ。
サクサクボリボリと、静かな空間に俺のクッキーを食べる音だけが聞こえる。
「…………ディルク。ごめん」
しばらくして何故かフィデリオが謝ってきた。
「ええ、誰にだって苦手な事があるわよね?」
エルゼがフォローするかのように言う。
「何がだよ?」
謝るような会話の流れだったか?
「やっぱりお兄ちゃんにはアティカって呼んで欲しい」
「うん。……それがいいよ」
アティカの言葉に頷くフィデリオ。
コロコロ意見が変わる奴だな。
ここは俺が大人になるべきか?
「ああ、分かったよ。今まで通り名前で呼ぶよ」
俺がそう言ったら三人は気の抜けたような笑顔を見せた。
あの頃のヤツらは幼かったなぁと思う。