美しい瞳
ほの暗い部屋の揺り椅子に老婆が一人座っている。色褪せたキャメル色のひざ掛けを直すやせて骨ばった手には、いくつもの宝石が煌いていた。
老婆はさっきから自分を熱く見つめる美しい瞳に向かって言う、「甘えるのはお止し」。
ぴしゃりと言われて美しい瞳が一瞬ひるむ。けれども、甘えたりすねたり、自分に向けられる男たちのそんな視線など、老婆は長い人生で慣れっこだった。
「私もね、昔は数え切れないほどの男達から言い寄られたものさ。おや、その目は本気にしてないね。ふん、お前さんみたいな若造に私の何がわかるものか。大抵遊び、本気も少し。楽しかったねぇ・・・」いつもこの件りでそうするように、今もふっと視線を空にさまよわせる。
「気がついたら結局誰とも結婚せずじまいだったが、後悔なんかしちゃいないよ。だけどまさかこの歳で−80だよ、正確には80歳と2ヶ月。ああ、頭はまだしっかりしてるからね。この歳でお前さんみたいな若造と付き合うことになろうとは、さすがの私も思っちゃいなかったね。しかも素敵な目をした自信たっぷりの男前ときてる。だがね」老婆はいくつもの宝石が煌く手をひざ掛けから持ち上げてひらひらさせる。美しい瞳がその手の動きを熱く抜け目なく追う。
「お前さんの魂胆ははなからお見通し」老婆はため息をついてみせる。
「お前さんが外で適当に遊び歩いているのも先刻承知、ああでもそんなこと私は全然かまやしない。お前さんほどの男前ならむしろ当たり前ってものだ。だがよくお聞き」老婆はゆっくりと揺り椅子から立ち上がる。美しい瞳の若者はしなやかにすっと後退る。だがその視線は相変わらず宝石の煌く手の動きを追っている。
「同情だけはお断りだよ。まあおまえさんが同情でこの私にすり寄ってきているとは思っちゃいないがね。おまえさんのお目当てはこれだろ」そう言って老婆は宝石で飾られた手をすーつと差し出す。美しい瞳が吸い寄せらるようにその手を見つめる。その手と、その手がいままさに戸棚から取り出そうとしているキャットフードの箱を。